101.甘ったれてんじゃないわよ。
「……アイザック殿下の醜聞を撒くように命じたのもあなた?」
「……は?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げ、ラヴィニアが目を丸くする。
ほんとにわからないみたい。
「一年前の、魔物の違法取引事件の時のことよ」
「は……?」
とぼけているわけじゃなさそうだ。
「知らなかったの? あの事件で、アメリアが関わっていたのはアメリアも白状しているわ」
「え……? 魔物の、違法取引事件……? ……ぁ」
「何か知っているの?」
わなわなと唇を戦慄かせ、ぶつぶつと考え込んでいたラヴィニアが小さく声を上げた。
思わず食いつくと、ラヴィニアは、一度俯いて、考え込んだ後、顔を上げて不安げに頷いた。
「言われてみて思い出したのですが……。ユーヴィン様から、懇意にしているある方が少々困ったことになっていて、このままだと『あの方』の立場が悪くなるから、協力して欲しいと言われました。わたくしを巻き込むわけにはいかないから、平民の下女を一人紹介して欲しいと……。このことは王弟殿下もご存じだから、何も心配はいらないからと。だから、偶々目についたアメリアに声を掛けて、お給金の他にお金や宝石を渡して、ユーヴィン様に協力するように申し付けたんです……。実際に、王弟殿下にもお会いして、悪いようにはしないから大丈夫と言って頂いたので……」
つまり、ラザフォード殿下の件とアイザック殿下の醜聞は、ユーヴィンが直接アメリアに命じたのか。
「アメリアは学園の生徒ではないわよね? 何故制服を持っていたの? あの子を学園の中に入れたのもユーヴィン様……?」
「それは……。わたくしが、侍女として連れて行きました……。ユーヴィン様が、わたくしの家でしか連絡が取れないのは不便だからと……。アメリアから、ユーヴィン様のご命令だからと、制服を貸して欲しいと言われて、あの子にわたくしの予備の制服を与えました……」
パルエッタ伯爵は、がっくりと項垂れていた。
夫人もぐったりとひじ掛けに凭れかかっている。
漸く、全容が見えてきたかも。
やっぱり、黒幕はヴァイゼ殿下?
それとも、ユーヴィンがそう見せているだけ?
とりあえず、聞きたいことは、聞けたかも。
私は、ソファーから立ち上がると、ラヴィニアを手招きした。
不安そうに肩を揺らし、ラヴィニアが言われるままに立ち上がる。
ビクビクしながら近づいてきたラヴィニアに、私からも歩み寄り、向かい合う。
「歯を食いしばりなさい。舌を噛むわよ」
「……え……」
手を振り上げたのに気付いたラヴィニアが、ぎゅっと目を閉じ、歯を食いしばる。
まだ涙の痕で濡れた頬を、全力で引っぱたいた。
手加減抜きで、思いっきり。
バシィッと音がして、ズダァ――ンッと派手にラヴィニアが床に倒れこむ。
「っきゃぁッ!」
「ラヴィ!」
驚いたように、パルエッタ夫妻が立ち上がる。
王宮の騎士も、家令も、皆驚いたように目を見開き、口を開けてしまっている。
フレッドだけは、静かに私を見つめていた。
床に倒れこみ、目が落ちそうな程見開いて、頬を押さえ私を見上げるラヴィニアの胸倉をつかみ、引き寄せる。
「甘ったれてんじゃないわよ……? 嫌われたくなかった? 邪魔だった?! あんたとユーヴィンの好いた惚れたなんか知ったこっちゃないのよ! 勝手にいちゃこらしてたら良いわ! でも、そんな下らないことに国巻き込んだ騒ぎ起こしてんじゃないわよ!! あんたがユーヴィンに踊らされたせいでフレッドは生死の境彷徨ってビアンカは一歩間違えたら死んでいたのよ!? 言うことを聞かなきゃ好きじゃないなんて、顔色窺ってビクついて、あんた幸せになれんの?! この先一生あいつの言いなりで生きていくつもりだったの!? 悲劇のヒロインでも気取ったところであんたは殺人未遂の犯罪者よ! ユーヴィンと一緒になる? なれるわけないでしょう! 遅かれ早かれあんたはあいつに捨てられていたわよ! 頭沸いてる顔だけのゲス男に良いように使われてんじゃないわよこのあんぽんたんッッ!!」
怒鳴るだけ怒鳴り、手を放す。
ラヴィニアはそのまま床に崩れ落ちた。
手がじんじんする。
ふわり、と私の両肩に、労うようにフレッドが手を置いた。
私も片手を肩の上のフレッドの手に乗せる。
少しだけ気持ちが落ち着いた。深呼吸をして、顔を上げる。
「ラヴィニア・パルエッタを王宮へ。護衛を二人つけて下さい。パルエッタ伯爵。夫人。あなた方にも同行して頂きます」
いつもご拝読・いいね・ブクマ、誤字報告、有難うございます!!
予定よりもちょっと早く投稿できましたー☆
明日も3本くらいUp予定です。




