10.悪役令嬢ですので。
どうする?
飛び掛かって、鞭を取り上げて殴り倒してやりたい。
泣いて詫びるまで、フルボッコにしてやりたい。
でも、ここで暴れたって、私の癇癪だって思われるだろう。
感情に任せるのは、得策じゃない。
――なら。
「――まぁ。国王陛下が……。流石は国王陛下ですね。ご慧眼に感服いたしました」
「……なんですって?」
メイナード夫人がピクリと眉を上げる。
気味の悪いものでも見るような顔ね。
そりゃそっか。六歳児の使う言葉じゃないもんねぇ。
あんたが国王陛下の推薦を盾に虐待を隠すなら、私は子供を盾にしてあげる。
さぁ。嘘つきと判断されるのはどっちかしら。
「わたくし、びっくりしましたのよ。だって、わたくしにはお母様がおりますでしょ? 我がブランシェル家には、優雅さも気品も優しさも兼ね備えた素晴らしいお手本がいらっしゃるのに、なぜお父様はメイナード夫人ごときを雇われたのか不思議でしたの。国王陛下のご推薦では、お父様もお断りするわけにはまいりませんものね」
怒りを笑顔で隠すくらい、貴族でなくても出来んのよ。
「何を……」
「だってそうでしょう? 幾ら所作が美しくても、メイナード子爵夫人はちっとも綺麗でないもの。心の醜さが表れておいでですもの。淑女というのが皆メイナード子爵夫人のようなら、わたくし淑女にはなりたくないと思っていましたが、夫人の仰る通りですね。わたくしが浅はかでしたわ。お恥ずかしい」
――ねぇ。自分より弱い者を甚振るのは、楽しかった?
「なんですって!?」
だけど私は、大人しく、やられてなんてあげない。
あんたみたいなプライドの塊は、見下してたガキンチョに反撃されたら、我慢なんてできないでしょう?
正攻法のざまぁなんて、私のキャラじゃないわ。
「まぁ、怖い。淑女は大きな声を出してはいけないのですよね? あら? では、夫人はやっぱり淑女ではないのかしら。流石国王陛下ですわ。素晴らしい教師を紹介して下さいましたのね。――ま、そりゃ可愛い息子の嫁があんたみたいな性格ブスになったら困るもんねぇ。……反面教師にはピッタリだわ」
――今度は、あんたの番よ。
「ッッこのッ!!」
――パァ――ンッ!!!
一瞬目の前が真っ暗になって火花が散った。
勢いよく床にたたきつけられる。
頭がぐわんぐわんする。ほっぺたがめちゃくちゃ痛い。一気に熱をもってくる。
痛みと、胸の奥にどす黒く渦巻く感情に翻弄されて涙が出る。
――準備は、整った。
反撃開始だ。
思いっきり息を吸い込んで、一気に解放する。地獄に落ちるがいい。
「うわぁぁぁ――――んッッ!! 痛いよ――っ!! リティ、リティ――ッ!! 助けてぇぇッ!!」
「お嬢様ッ!?」
「あっ!? お、お黙りなさい!!」
我に返った夫人は、慌てて扉へ視線を流し、急いで私の口を塞ごうと手を伸ばす。
バターンッと勢いよく扉が開いた。ビクっと一瞬夫人の手が止まる。
私はその手を搔い潜って、窓の方へとダッシュした。思いっきり窓を開け、叫ぶ。
「フレッド、フレッドたすけてぇぇぇッ!! 夫人がぶつの、助けてぇぇっ!」
「お黙りッ!! 静かにおし!!」
すぐに私の後を追ってきていた夫人に後ろから抱きつかれ、口を押さえられたけど、もう遅いわよ。
「メイナード夫人! お嬢様をお放し下さい!!」
リティは勇ましく扉の脇にあった花瓶を持ち上げる。
「うわ――んっ!!」
必殺、お子様ギャン泣き攻撃!
超音波の絶叫を添えて、びっちびちに暴れてやる。
正当防衛なら、フルボッコも許される。何せ私は六歳児!
足をばたばたさせ、腕をぶんぶん振り回す。
「いっ! この、大人しくなさい!!」
「いやっ! 助けてフレッドーッ!」
「お嬢様ッ!!」
「アリー、大丈夫か!?」
「メイナード夫人!?」
「アリー!!」
「お嬢様ぁっ!!」
大暴れする私。
飛び込んでくるフレッドと騎士数名とお兄様。
少し遅れて飛び込んできたお父様とお母様。
勇ましく花瓶を両手に抱え、メイナード夫人に向かって振り回すリティ。
追い詰められた殺人犯のように、半狂乱のメイナード夫人。
召使達も駆け込んできて、部屋は一気に騒然となった。
あっという間に騎士達に、メイナード夫人は捕らえられ、私はフレッドに救出される。
お母様が、私をかばう様に抱きしめてくれた。
お兄様は、私とお母様を背に庇い、夫人に抜き身の剣の切っ先を向けている。
「違います!! わたくしは何も!! お、お嬢様がいきなり――」
「鞭でいっぱい叩かれた! 怖いよ――、うわぁ――んッ!」
「旦那様! わたくしは躾の為に――」
「わた、私の目が紫色で魔物みたいって! アリーはみにくくてばかだって! ろくでもない子だって! 出来損ないはお母様に似たのねって言った! お母様の悪口言わないでって言ったら、ぶたれた!! うわぁ――んっ!!」
「旦那様!! お嬢様は嘘を言っておいでなのです! わたくしはお嬢様が生意気な口を――」
「……だから殴ったのか。子爵夫人である貴女が。第一王子アイザック殿下の婚約者であり、我がブランシェル公爵家の娘であるアウラリーサを」
ぞっとするほど冷たい声に、私も思わずヒュッと涙が引っ込んだ。
夫人もヒュッと息を呑む。
「まだ、六歳の。年端もいかぬ子供を。頬が腫れるほど強く。大人の、貴女が。……この事は、メイナード子爵に厳重に抗議をさせて頂く。もちろんメイナード夫人を紹介下さった陛下にも報告させて頂く。覚悟召されよ。無論、貴女はクビだ」
「ちが……違うんです、わたくしは、本当に……」
メイナード夫人は真っ青になって震えていた。
両腕を騎士に拘束され、連行されていく。
……メイナード子爵は、とんだとばっちりだよね。ごめんなさい。
だけど、メイナード夫人。あんたにしたことは、一ミリも後悔していない。
だって私、悪役令嬢だからね。
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