98・女王というものは
十日後、ブガタリアの王宮にシーラコークの公女一行が訪れた。
「コリルバート殿下、お久しぶりでございます」
「ピアーリナ様、本日は遠いところを良くおいでくださいました」
形通りの挨拶を終え、俺とピア嬢は打ち合わせに入る。
俺の側にギディ、ピア嬢の後ろにはパルレイクさんがいた。
俺たちは四人で庭の東屋でお茶を飲んでいるが、王宮内はとにかくバタバタしている。
「しかし、よくこんなことを考えつきますな、コリルバート殿下は」
パルレイクさん、それ褒めてないよね。
「上手くいくかどうかは本人たち次第ですけど」
実はお見合いの準備が進んでいる。
この婚姻が上手くいった場合、王弟殿下がヤーガスアを一時的に統括する代官のような立場に着くらしい。
今現在、ヤーガスアは統治する者が居ない状態だからね。
「独身ではダメなのか」というと、ヤーガスア側が王家の存続に拘っていて、嫁を無理やりねじ込んできそうで嫌なんだと。
俺も嫌だわ、あんな魔道具まで使って他人を操ろうとする国。
イロエストの王弟殿下は、父王とさほど年齢が離れていない。
四十歳くらいだが、鍛えられた身体と各国を回っているせいか話し上手で見かけも垢抜けたイケオジだ。
「今まで婚約者はいなかったが恋人は何人かいた」と、こっそりヴェズリア様が教えてくれた。
しかし本人には結婚の意思がなく、相手に振られてばかりいたそうである。
それだけ大国の王弟というのは難しい立場なんだろう。
だけど、もういいんだって。
「この歳になって見合いとはな」
お互いに余程、嫌な相手でなければ妥協する。
王族の婚姻なんて、そんなものだと義大叔父は自分でそう言った。
それでも相性は大事だし、ということで一度会わせてみることになったのである。
「どうせ、お互いに利用するんだから気楽にいきましょう」
俺の企みだから上手くいって欲しいけど、こればっかりは無理強いはしないよ。
ただ、本人たちは良くても周りは結構大変である。
「今回は両方の国が問題ですわ」
心配顔のピア嬢に、俺は「なんとかなるさ」と微笑む。
「もうっ」
少し頬を膨らませるピア嬢も可愛いな。
「わ、私が心配してるのはコリル様です」
俺が取り持ったと知られたら、どこかの国から恨まれそうだ。
それに、ギディが先日の騒動をピア嬢にチクッたらしい。
「あー、んー、ごめん」
ピア嬢は表向きはズキ兄の婚約者ということになっているが、実際は俺の婚約者だ。
俺が彼女を心配しているのと同じように、彼女も俺のことをずっと心配してくれていたらしい。
うれしくて、ちょっと顔がニヤける。
シーラコークの外相の娘であるピア嬢は、ブガタリア王宮での十七年も前の出来事を知っていた。
その時と同じような事件が起こったのだ。
「本当に大変でしたね」
「とにかく、怪我人が出なくて良かったよ」
俺の心はざっくり傷付いたけどね。
その代償は今日、キッチリ返してもらうさ。
「ですが、イロエストはヤーガスアをどうするつもりなのですか?」
いくら外相の娘でも未成年のピア嬢は知らないほうがいいか。
「んー、どうなんだろうね」
俺は笑って誤魔化す。
イロエストの王弟殿下の話では、ヤーガスアに手を出せばブガタリアが出て来ると思っていた。
そこでヤーガスアを人質にして交渉の予定だったそうで。
ブガタリアが一歩も出て来ないから、ヤーガスア王家は壊滅するわ、武人国家のくせに武人がいないわで、イロエストのほうが困ってしまった。
「ブガタリアはヤーガスアとはなるべく関わりたくなかったみたいだしな」
当たり前だ。
ブガタリア王宮内で多くの大切な人が亡くなったのだ。
今でも、そのきっかけとなったヤーガスア国を嫌っている者は多い。
「今回もイロエストの王弟殿下が同行していなければ王宮には入れなかっただろうね」
デッタロ先生がそう教えてくれた。
うん、俺もそう思う。
それなのに、ヤーガスアの宰相は完全に俺たちを下に見ていた。
「東の部族のバカ息子並だったなあ」
俺がボソッと呟くと、ピア嬢が反応する。
「それはどういう意味ですの、コリル様。
まだ他にも何かありました?」
おっと、ピア嬢が怖い。
「イロエストの魔道具はシーラコークと違って危ないモノが多いなあと思って」
また適当に誤魔化すとピア嬢が頷く。
「周りを危険な国に囲まれていると、そうなりますわ」
シーラコークは多くの国と婚姻を結び、交易でお互いに利益を上げることで相手国からの攻撃を避けてきた。
ブガタリアは山に囲まれ、魔獣のいる森があるために他国は攻め入ることが出来ない。
しかし、イロエストは平原の真ん中にあり、国土が広いため隣接する国も多い。
国軍には最強の魔法部隊もあると聞く。
「イロエストは、そうやって国を守って来たということか」
デッタロ先生が魔法留学するほど、魔法や魔道具が発達した国。
俺もいつか行ってみたいとは思うけど、この世界は前世ほど気軽に他国へなんて行けない。
普通に密入国、スパイ容疑で捕まるしな。
特に俺みたいな立場の者は、もっとややこしいことになってしまう。
「いらっしゃいましたよ」
ギディの声で顔を上げる。
王宮の建物から、最新流行の服を着た王弟殿下が従者と騎士を引き連れて、こちらにやって来るのが見えた。
俺たちは立ち上がって略式の礼を取る。
ギディたちがサッとその場を整えて椅子を勧めた。
間もなく、今度はシーラコークの公女が兄にあたる双子公子と共にやって来る。
「シェーサイル姫、ようこそいらっしゃいました」
「コリルバート様、ご招待ありがとうございます」
シーラコーク公主国、第五公女シェーサイル殿下。
公主一族の中でも一番国民に人気があり、熱狂的な信者までいる。
自身の母親が早くに亡くなってしまったため、ずっと微妙な立場だったようで、聡明な彼女は問題児という印象を自分で作り、過剰な信者たちから自分自身を守っていた。
さらに父親である公主陛下が特別扱いしていることも彼女はウンザリしていると、ピア嬢から聞いている。
「この度はクェーオ様、ズォーキ様、両公子殿下のお祝いに駆け付けて頂き、誠にありがとうございます」
俺は挨拶を続ける。
「いえ、他国で活躍するお兄様の様子を確認することも大切なことですから」
俺は、ブガタリアから双子公子に名誉称号を贈る授与式というものを勝手に計画し、招待状をシーラコークへ送った。
シェーサイル姫から「行きたい」と強く要求してもらうよう、ピア嬢を通じて打ち合わせ済。
そして、その式典でイロエストから参加した王弟殿下が、シーラコークから来た姫に一目惚れ。
「是非、妃に」と申し込み、姫がシーラコークに戻る際に同行して、正式に公主陛下に結婚の承諾をもらうという筋書きが出来上がっている。
相手は大国イロエストの王弟であり、剣士だ。
いくらシーラコークの公主でも手は出せない。
そのままサラッと連れ帰れるかどうかは義大叔父の腕次第になる。
俺としては、悪ノリした父王が、
「コリルがお世話になっているからな」
と、双子公子に本当に名誉称号を贈ることに決めたのは、うれしい誤算だった。
王弟殿下が姫の美貌に息を呑む。
白い絹のような艶やかな長い髪、透き通る肌に整った顔立ち、紫色の神秘的な瞳。
簡単に折れそうな細い身体ながら、雰囲気はまるで女王陛下のような気高さがある。
「お、おい、コリル。 本当に彼女は十八歳なのか?」
俺が頷くと「あれでニ十歳以上も年下なのか」と頬を染めている。
気に入ったようで何より。
姫の近くに歩み寄り、義大叔父は片膝をついて、さり気なく彼女の手を取る。
「私で良ければ貴女を守らせて欲しい」
と、その手に口付けをした。
「あ、ありがとうございます」
姫のほうも感触は良さそうだと、ピア嬢から合図がきた。




