96・恐怖というものは
俺が見たところ一行の構成は、王弟殿下を中心にしたイロエストの騎士が五名に従者が一名。
ヤーガスアは高貴っぽいヴェールの女性とその侍女らしい女性が二人。
後は高官にしてはおどおどした小者の爺さんと、魔術師らしい服装の爺さんとその弟子って感じの若者の二人組。
何だかヤーガスアはバラバラな印象だ。
ていうか、ヤーガスアの王族って、この女性だけなの?。
ヤーガスアの武人が見当たらないけど護衛はイロエストに任せっぱなしなの?。
武人の国のはずなのに、自国の姫さえ守る者がいないのか。
「イロエストのお客人の再びの訪問、歓迎しよう」
父王の挨拶は、暗にヤーガスアを歓迎していないと言っている。
ヤーガスアのプライド高そうな魔術師っぽい爺さんがイラッとした顔になった。
いやいや、アンタ何で歓迎されると思ったんだよ。
出入り禁止されてる王宮に入れただけでも有難いと思いなよ。
俺だったら、あんな事件があったらすぐに国交断絶して、ヤーガスア国民、全員叩き出してるわ。
国境辺りに今でもヤーガスア国民が入れるのはヴェズリア様の温情みたいだけどな。
「ガザンドール国王陛下、お久しぶりでございます」
ヴェズリア様の叔父である王弟殿下が一歩前に出て挨拶する。
まあ、王弟殿下は去年も来てるしな。
「この度は、ここにいるヤーガスアの姫の強っての願いで、姪のいるブガタリアに同行することになりました」
言い方!、王弟殿下、ヴェズリア様の顔見てよ。
自分を引き合いに出されて、すごく嫌がってるから!。
「ほお、ご事情がおありのようだ」
詳しいことは後ほど、という合図らしい。
イロエスト側の挨拶が終わり、ヤーガスアの魔術師が前に出て来た。
「ヤーガスア王国宰相、魔術師のツェレイスと申します。
お見しりおきくださいませ」
へー、宰相って国の大臣みたいな人だよね。
ブガタリアには明確な宰相という役職は無い。
強いていえば、ヴェズリア様が宰相?、執務室室長みたいなー。
あー、はい、現実逃避中でーす。
だってね、何か圧というか、すごく嫌な魔力の気配がする。
たぶん、この部屋に入る前に武器や怪しいものは兵士が預かっているはずだけど、魔道具なんかは申告されないと分からない。
向こうはこっちを見てるんだろう。
視線は感じるけど、俺はどうしても気持ち悪くて顔を向けることも出来ずにいた。
「こちらがヤーガスア王国、王女タラリヤ様でございます」
宰相が紹介したが、ヴェールの女性は身動き一つしない。
まるで硬い陶器の人形のようにつっ立っていて、周りの誰一人、注意もしない。
ブガタリア側だけでなく、イロエストの騎士たちも戸惑っている。
後は付き添いだと紹介を省略してヤーガスアの挨拶が終わる。
なんだこれ、舐めてんのか。
そう言いたくなる。
「大丈夫か?、コリルバート」
ヴェルバート兄が背中越しに気遣って声を掛けてくる。
俺の様子がおかしいってことに気付いてくれた。
「あ、はい」
普段ならそれで終わる会話だが、今回の俺は少し違う。
十四歳になった俺は、もしかしたらもう後がないかもしれないんだ。
「気持ち悪くて立っているのがやっとです」
纏わりつく歪な魔力の気配。
目を合わせたくないと、身体が自然と横を向く。
「あの女性は危険です」
俺は声を低くして注意を促す。
その声が聞こえたエオジさんや近衛兵がピリッとした。
父王が頷き、簡単に挨拶をして場を閉じようとした。
「誠に失礼ながら、お待ちください」
ヤーガスアの宰相が胡乱な声を上げた。
俺はエオジさんに目で合図して、ヴェズリア様とヴェルバート兄だけでも部屋から出すように頼む。
「私共はコリルバート王子殿下に直接謝罪いたしたく参上いたしました。
殿下!。
是非、姫様からの謝罪の言葉、お聞きください」
女性からの頼みと言われて断れる脳筋はいない。
「えー、恥ずかしいよー」
俺はバカっぽい演技は得意だ。
ぐずぐずしながら、戦闘職以外が部屋を出るのを確認する。
よし、行くか。
俺はわざと部屋の隅に行き、そこから壇上を降りる。
しずしずと前に進んでいた姫が立ち止まり、俺のほうに身体を向けた。
父王が姫の射線から外れる。
俺の後ろは壁だ。
これでいい。
「姫様の声が聞きたいなあ。
そこの爺さんみたいな汚い声じゃないよね」
宰相を煽りながら、俺はゆっくりと姫に近づく。
確証はない。
だけど、東の砦で感じた、あの歪な魔力の気配なら覚えている。
俺が射程内に入ったのだろう。
宰相の爺さんが姫のヴェールに手を掛けた。
真っ直ぐに見ちゃダメだと、自分に言い聞かせる。
「さあ、殿下、謝罪の思いを込めた姫様の目をご覧ください!」
胡散臭せーわ、叫ぶな、ジジイ。
俺は何とか微妙に視線を移し、姫の全身を確認する。
「分かった!、こいつ自身が魔道具だ!」
俺が叫んだと同時に、後ろに居たエオジさんが剣を横に薙いだ。
ゴトリと姫だったモノの首が落ちる。
「な、何を!」
「それはこちらの台詞だ。
これは何だ、人ではないではないか!」
血など一滴も流れていない。
「ヒ、ヒイィ。 だからワシは反対したんじゃああ」
見るからに小者の爺さんが叫び、付き添っていた女性たちが恐怖で泣き出す。
俺はすぐさま指輪に込めた魔法を発動した。
父王の前に居た近衛兵たちの防御結界に何がぶつかって落ちる。
その足元に落ちたのは、細くて針のようだが、やたらと丈夫そうなものだ。
十分、人が殺せそうなモノでゾクリとする。
「チッ」
魔術師の弟子のような若者が、王族に向かって火魔法を何度も放つ。
さっきの針もこいつか。
だが、それも結界に阻まれた。
「クソッ、何故だ!。 魔法無効化は効いているはずなのに」
魔術師の宰相が唸り、悔しそうに俺を睨む。
しかし、突然、横から風が起こった。
「お主らは我らを騙したな」
王弟殿下の周りに風が渦巻いていた。
剣は入室時に取り上げられていたので、風魔法でヤーガスアの魔術師と若者を吹き飛ばす。
おれはサッと王弟殿下の前に出る。
「義叔父上、殺しちゃ不味いです」
叔父ではなく、本当は大叔父だが、そう呼べと言われている。
「う、うむ」
散々弟子みたいに剣の稽古をした相手である。
王弟殿下は俺のことも可愛がってくれていたので、なんとか言うことを聞いてくれた。
兵士たちがヤーガスアの全員を捕縛し、地下牢へと連れて行った。
「また、お前に借りが出来てしまったな」
俺はイロエストの大柄な剣士を見上げる。
「ホントにそう思ってますか?」
わざとらしく困った顔をする王弟殿下に俺はため息を吐いた。
疲れた、早く着替えたい。
俺は足早に謁見室を出て歩き出す。
「コリル!」
何も分からないまま部屋から出されていたヴェルバート兄が駆け寄って来た。
俺は振り向かない。
「おい」
後ろから来たギディとエオジさんに両側から腕を掴まれた。
「離せ、触るな!」
俺はたぶんイライラしてたんだと思う。
乱暴な言葉を吐いて暴れてみたが、無駄な抵抗に終わった。
準備されていたお茶会の席に座らされている。
「何をそんなにイラついておるのだ。
今回は怪我人も出ておらず、犯人も捕まった。
お前の手柄だ、コリルバート」
俺は、目の前の席で優雅にお茶を飲むイロエストの王弟殿下の言葉に余計に腹が立った。
「それがなんだ!」
俺はバンッと大きな音を立て、テーブルを叩く。
茶器が揺れ、溢れた茶でそこら中が濡れる。
「落ち着きなさい、コリル」
侍女として給仕に付いていた母さんに嗜められた。
父王もヴェルバート兄も引いている。
立ち上がり、息を荒くして王弟を睨む俺をエオジさんが羽交い締めにした。
「ちゃんと訳を話せ」
エオジさんの冷静な声に、俺は俯いて目を逸らす。
「これが、あなたのやり方なんですね」
俺は、あの人形にイロエストの紋章が刻まれていたのを見たんだ。




