95・緊張というものは
廊下を歩きながらギディが俺に声を掛けてくる。
「あれで良かったんですか?」
「仕方ないだろ」
魔道具か、誰かの魔法の気配はあった。
王宮内だし、他国から来た公子がいるのだから警戒のためといえば仕方ないとは思う。
まさか警戒対象が俺とか、ないよな?。
いや、あり得るか。
どうせ俺は問題児だし。 くすん。
「そういえば、ピアーリナ様からいつものお手紙が来ております」
あ、そうなん。
「ありがとう」
少し気持ちが浮上した。
単純だな、俺も。
俺の十四歳の誕生日は離れで静かにご馳走を食べるつもり、だった。
「これは、はふはふ、美味しいな!」
いや、なんで父王がここにいるのさ。
「クェーオ様、この中身の材料を教えていただけませんか?」
母さん?。
「こーにー、これ、おいち」
何故か、俺の膝にはセマ。
クオ兄とギディが給仕に付いて料理を運び、エオジさんが父王と母さんの側に立っている。
今日は餃子でパーティーの予定だったんだ。
俺が前世で母親と一緒に作った記憶がある唯一の料理である。
昼からずっと小麦粉捏ねて、具材切って、酢と魚醤との割合がちょうど良い加減を探したりしてワクワクしてた。
結局、焼き餃子は断念して、水餃子になった。
ラー油が見つからなかったんだよなあ。
クオ兄は「いつか必ず見つける」って言ってくれた。
ありがとう、ありがとう。
水餃子も、このスープも美味しいよ。
最後に丸いケーキが出て来る。
山羊の乳のクリームや、俺の好きな果物をたくさん使って飾られていた。
丸い型を作るのが結構大変で、鍛治師に菓子用だといったら呆れられてしまった。
「この前のパウンド何とかか?」
おや、父王でも知ってるのか。
王宮でも食べられるようになったのかな。
早いな、パウンドケーキ。
「あれを基本にして、さらに膨らませてみました」
クオ兄が料理に関する魔法を使えるのはズルい(褒め言葉)。
すごい能力だと改めて感心した。
魔力を使うのに魔法ではないのは、その現象を他の誰も再現出来ないからだ。
その人固有の魔法というより、その人の能力だということにした。
「コリル様の先日の波動みたいなものも、その一つですね」
ギディが俺の隣に来て、小声で呟く。
あー、そうかも。
あの時、魔力を使わなかったと思ったけど、もしかしたら魔力を使ったという感覚がなかっただけかもしれないと思う。
母さんの出産の時は広範囲に使ったから魔力を大量に消費してしまったけど、先日のアレは狭い範囲内だったんだろう。
なにせ、自分で範囲なんて決めてないんだから、分からないよ?。
それくらい自然に身体から溢れてしまう、そういうモノらしい。
うーん、この世界はまだまだ分からないことが多いな。
満腹になった腹を抱えて王宮へ戻る家族を見送る。
すぐそこだけど、エオジさんが護衛で付いて行った。
「これ、計画したのはエオジさん?」
一緒にお見送りしていたクオ兄が目を逸らす。
俺が自分の誕生日だからと、いつもと違う料理を頼んだのは間違いない。
だけど、誰も呼ぶ気はなかったし、いつもの人数での予定だった。
しかし、昼間の下拵えの材料は明らかに多かったんだよな。
ここには冷凍庫もないのに。
この国では、冷やして固めるっていうのは冬にやることで、普段はやらないんだ。
「もしかしたら、ヤーガスアとの謁見で何かありそうなんですかね」
俺には教えてもらえない大人の事情とか。
国同士の見栄や貸し借りの問題とか。
そこで取引材料になるとしたら、向こうが欲しがってるのは俺だ。
おそらく事情を知ってるエオジさんが考えたことなら、今日が家族揃っての最後の食事になるのかもしれないな。
「大丈夫ですよ、きっと。
お父上様はあんなにあなたを愛しておられる」
「羨ましいです」とクオ兄は少しおどけたように言った。
「ありがとうございます」
俺も冗談のように明るく応えた。
何だか虚しい笑い声が離れの玄関に響いていた。
ベッドに入り、俺はピア嬢の手紙を読み返す。
三ヶ月ぶりかな。
雪が深い間は手紙はお休みになるからね。
驚いたことに、ピア嬢はあれから問題児の第五公女シェーサイル姫と友達になったという。
『やはりシェーサイル殿下には友人が必要でした。
コリル様が言ってた通り、彼女もシーラコークの公主一族の危うさに気付いていて、国から逃げたがっています』
双子が国を出たことで公主一族にも変化があったようだ。
俺はピア嬢が心配だ。
無理しないで欲しいと思うけど、彼女はきっともう公女の味方になると決めたのだろう。
俺が出来ることは祈ることぐらいだ。
ベッドの脇机から指輪の入った箱を取り出す。
金色の太めの指輪に翠の石が嵌め込まれている。
デザインが全く同じで色違いをピア嬢に渡した。
あれには防御結界をセットしたけど、俺はこの指輪に何の魔法を込めるか、ずっと迷っている。
「魔法無効」
東の砦で俺が見た悪意ある魔法。
かなり大掛かりな魔法か、魔道具だった。
なにせ、砦の警報を無効化したのだ。
あれがヤーガスアの魔法だとすれば、普通の防御結界は無効化されてしまう。
それでは意味がない。
「うーむ」
考えながら眠ってしまった。 ぐう。
そして、その日が来た。
非公式とはいえ、他国の王族との謁見である。
俺も、ヴェルバート兄も朝から風呂に放り込まれ、正装を着せられる。
着付けしていた侍女長が、
「コリルバート殿下はやはり大きくなられましたね」
と、うれしそうだ。
俺の正装は黒の長衣に銀の大鷲の刺繍である。
侍女長がシーラコークの晩餐会で着たものより少し大き目を用意してくれていたらしい。
大鷲の首元に赤い羽色も入っているのは、きっと魔獣係のじいちゃんがアドバイスしたんだろう。
ありがたい。 すっごくうれしいよ。
「本日は謁見の後、簡単な昼食会となっております」
今日はギディも今まで見たこともない新しい従者の正装を身に付けていた。
彼も十五歳、社交に出られる年齢になった。
今日は俺と一緒に行動する。
「必ずお守りいたします」
うん、うれしいけど、まだ何も起きてないからね。
何故、ヤーガスアの王族との謁見が非公式かというと、前回のヤーガスアの訪問時にブガタリアの王宮内で事件が起きたからだ。
確かにヤーガスアからは公式にお悔やみや謝罪という名の言い訳の文書は届いたが、使者は門前払いされている。
当時王太子だった父王も、別の場所に居て生き残った者たちも、誰一人ヤーガスアを許していない。
つまり、出入り禁止になっているのだ。
今回はイロエストの王弟殿下が直接、客として連れて来る。
表向きはイロエストの王族との謁見なのである。
「緊張してるのか?」
謁見室の隣の控え室。
白の長衣に金と銀糸でグリフォンが刺繍された正装のヴェルバート兄に声を掛けられた。
「……え、ええ」
俺は椅子に座ることも出来ず、部屋の中をウロウロしている。
「大丈夫だよ。 顔見せだけだから、すぐに終わる」
分かってるけど落ち着かないんですよ、兄様。
気になったのならごめんなさい。
「行くぞ」
父王から声が掛かり、俺たちも一緒に部屋に入る。
今回の謁見室は少し狭くて、窓が少ないせいか暗い印象だった。
もうすでに不安というか、不穏な空気である。
父王と正妃が並んで座り、俺は父王の玉座の後ろ辺り、ヴェルバート兄の陰になるように立っていた。
側妃である母さんは正妃ヴェズリア様の少し後ろ。
周りはすっかり近衛兵に囲まれ、物々しい数がいた。
そして、この部屋の真ん中に待たされていた一行。
うわあ、これはヤーガスア王族は居た堪れないだろうな。
イロエストの王弟殿下は騎士を数名引き連れ堂々としたものだったが、ヤーガスアの面々は恐る恐るという感じだ。
その一行の中心にいるのは、ヴェールを被った女性である。
気持ち悪い。
ああ、もう何か色々ヤバいよ。




