94・問答というものは
妹たちの遊び部屋。
俺とヴェルバート兄と双子公子で、クッションが敷き詰められた床に座っている。
ズキ兄が王宮に移ってからヴェルバート兄と双子公子はかなり仲良くなったみたいだね。
「そういえば、ヤーガスアが来るのはもうすぐだな」
遊び疲れた妹たちは侍女と共に別室でお昼寝だ。
静かになった部屋で使用人たちを下げ、ギディや僅かな従者と護衛だけが残っている。
「ええ、アイツらの目的は何ですかね」
俺なんかを拐おうとしたくらい、ヤーガスアは国王の跡継ぎ問題で揉めているらしい。
「あそこはずっとあんな感じだよ」
ヴェルバート兄が半笑いで、双子にヤーガスアの事情を話し出す。
「ブガタリアとヤーガスアは元は同じ民族の違う部族だった」
山に囲まれてた魔獣の棲む深い森を開拓し、移り住んだ部族が現在のブガタリアの民である。
「独立した国として周辺国に認められているというのに、向こうはまだブガタリアを自分の国の一部だと思っているらしい」
ブガタリアとしては兄弟国というか、親戚ぐらいの距離感を保ってきた。
取引や護衛、多少は他の国より融通はしていたが、それも知り合いがいるから仕方なくだったようだ。
「ヤーガスアとイロエストの間には、森と平原があって住み分けがされていたんだが」
イロエスト側がヤーガスアの森を開拓し始めた。
「明確な国境線が無かったせいもあり、ヤーガスアは徐々に押されて国土が縮小したんだ」
イロエストは武人の国であるヤーガスアを野蛮な民族と決めつけ、交渉などほぼ行わず侵攻していった。
歴史の本によると、約五十年ほど前の話である。
それほど昔ではない。
清廉な武人の民族は、兵士ではないただの作業員に暴力を振るうことはせずに、何度もイロエストに文書を送っていたが無視され続ける。
「ヤーガスアはブガタリアに応援を求めてきた」
ヤーガスアにすれば、同じ民族であるブガタリアがヤーガスアを手伝うのは当たり前だという。
「仕方なく、当時のブガタリア国王がグリフォンに乗り、魔獣に騎乗した兵を連れてイロエストに向かった」
王都郊外の平原で「これ以上ヤーガスアに迷惑をかけるな」と脅したのである。
実に脳筋らしい収め方だな。
「魔獣を見たイロエスト国民は驚き、怯えた。
その後はヤーガスア方面の侵攻は止まったように見えた」
しかし、イロエスト王族は逆にブガタリアに興味を持ってしまったのだ。
「魔獣の軍隊が魅力的だったのかな」
ズキ兄が顎に手を当てて呟く。
グリフォンは別格だが、大量のゴゴゴの群れは確かに脅威だろう。
「彼らが欲したのは魔獣を操る技術、または魔法ということか」
クオ兄の言葉にヴェルバート兄が頷く。
「または、そういう民族を配下に持つことかもしれない」
魔獣に怯える兵士では役に立たないからね。
それを聞きながら、俺は何かが引っかかる。
ヴェルバート兄が話を続ける。
「イロエストがブガタリアに直接交渉しようにも隣接していないため国交が無かった。
それでヤーガスアに人材を密かに送り込んで操ることにしたんだ」
この辺りはまだ歴史書には出てこない。
ここ三十年以内の、現在進行形の話だからな。
「ヤーガスア王家がブガタリアの王族に婚姻を申し込んだのは最終手段だったのだろうね。
王族の血と国民の命を守るために必死だった」
「え?、イロエストはヤーガスアの国民に何かしたの?」
俺はイロエストが手を出しているのはヤーガスアの王族だけだと思っていたけど。
「イロエストはヤーガスアの民族を野蛮な田舎者だと蔑んでいたからね。
そんな者が田舎の町ですることといえば決まってる」
東の部族のように少しずつ国民自体を変えながら、無骨な武人たちを魔道具で嵌めて操っていく。
俺の中にユラリと怒りが立ち上がった。
「それが戦争というものだ」
ヴェルバート兄の言葉に俺は納得出来なかった。
「それなら尚更、ヤーガスアはブガタリアを怒らせてはいけなかったね」
ズキ兄がギディが配ったお茶を飲んで、ため息を吐く。
以前の事件は双子公子も知っていた。
あれは一部の暴走した愛国者だったとしても、他国の王族を殺して自害するなど、そんなことで国を救えるはずがない。
おかしい国だと思われるだけだ。
「うん、その通り」
ブガタリアでの国王襲撃事件後、ヤーガスアに一度だけグリフォンが現れ、王族に呪いを掛けたといわれている。
グリフォンの怒り、それは国の滅びを意味する。
「おそらく、ヤーガスア王族にはもう跡継ぎがいないんじゃないかな」
血筋が絶えようとしているのだ。
そりゃあ必死になって俺なんかでも拐おうとするか。
「コリル」
突然、ヴェルバート兄が俺の名を呼んだ。
「はい」
俺は慌てて考え込んでいた顔を上げる。
「お前なら、ヤーガスアをどうする?。
そうだな。
逆に、お前がヤーガスアの王族なら、この危機をどうやって乗り越える?」
うー、嫌な質問ぶっこまれたな。
「そうですねえ」
俺には一つしか思いつかない。
この世界に来てまだ十四年。
理解しようとがんばってるけど、国の政策なんて子供の目線でしか見られない。
「俺なら、どちらの立場でも同じことをしますね」
「ほお?」
ヴェルバート兄がピクリと片眉を上げた。
「ヤーガスアから希望者を募ってブガタリアに移住させます。
後は土地を放棄して終わりですね」
すでに国として終わってるなら、民の命だけでも救いたいと思う。
だけど、長く住んだ土地を離れられない人って絶対いる。
かわいそうだけど、未来を望まない者まで面倒見られない。
「それだと移民の中に他国の危ない者が混ざるだろう?」
クオ兄が眉を顰めている。
「あれ?、シーラコークでは入国審査があるって聞きましたけど」
「あー、審査の魔道具か」
シーラコークの国境の関は税金だけじゃない。
悪意のある者は弾かれる魔道具も作動しているのは知ってるよ。
特に港はヤバいからね。
人や食品、植物なんかでも病気などの悪いものが入り込まないよう苦労してると外相が愚痴ってた。
「諜報員を捕まえる良い機会になると思うんですよね」
俺が照れ隠しで「あはは」と笑うと、何故か全員引いていた。
え、なんでよ。
何だか空気がおかしいので、俺はそろそろ切り上げようと腰を上げる。
「コリル、もう一つだけ。
ヤーガスア国民が移住を希望したとして、ブガタリアは受け入れるかな?」
そんな爽やかな笑顔で難しいことを聞かないで、ヴェルバート兄。
「いっぱい条件を付ければいいんじゃないですか。
例えば、男性は何年か兵士をやってもらったり、子供は将来的に役立つように全員学校に放り込んだり。
女性に関しては俺じゃ無理なんで母さんにでも訊いてください」
人手不足には助かると思うよ。
「それだとブガタリアまで弱体化するんじゃありませんか?」
ギディが俺の側で茶器を片付けながら訊いてきた。
ヴェルバート兄は口を挟んだ従者に嫌な顔一つせずに先を促す。
俺は、ブガタリアはそれくらいじゃ弱体化しないと思うけどなあ。
俺は少しだけ考える素振りをした。
だって、先のことは考えたって分からない、やってみなくちゃ。
「じゃ、ヤーガスアには滅んでもらえばいいんじゃないか」
俺はギディに向かって答えた。
「小さな土地を与えて生活させてみればいいんだ。
魔獣に囲まれた場所で、土地勘のない部族が生きていけるとは、俺は思わない」
無理ならブガタリアに合わせるしかないと分かるだろう。
元は同じ脳筋民族なんだから。
「おおぅ、子供は時に残酷だというが」
「コリルは実にあっさりしてるな」
双子公子は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
俺は軽く挨拶をして、扉に手を掛ける。
「ヤーガスア国民を隔離するならどこにする?」
「北の森」
俺は即答して扉から外に出る。
焦ったー、ヴェルバート兄、急に言わないでよー。




