93・命というものは
雪が溶け始めた。
「おーい、コリル」
厩舎の掃除をしていたら、困った顔のエオジさんがやって来た。
「どうしたの?、変な顔して」
ポカッと頭を小突かれる。
「うちのゴゴゴが子供を産んだんだが」
厩舎の春は出産の季節だ。
「ちょっと見に来い」というのでついて行った。
薄い茶色の優しい顔付きのゴゴゴが、出産のため分けられた部屋でクルリと尻尾を丸めている。
魔獣の性別は分かりにくい。
ゴゴゴは幼体の間は性別がなく、成体になってから変化が現れると聞いた。
「これ、見ろ」
「あー」
真っ黒なゴゴゴの幼体が二体、尻尾に包まれている。
どう考えてもグロンの子だ。
「スンマセン」
「いやあ、謝る必要はないんだが、引き取り手が心配なんだよな」
そうですよねー。
「二体とも引き取らせていただきます」
「おう、よろしくな」
ニカッと笑ったエオジさんは最初からそのつもりだったんだな。
離れに戻った俺はクオ兄を探した。
ギディと二人で厨房で下拵えをしている。
「悪いけど、手が空いたらちょっと厩舎まで来て」
「はーい」
「分かりました」
あの二人は最近、特に仲が良い。
俺の顔を見ては二人でコソコソ、ニヤニヤしてるので、正直言って気持ち悪いときがある。
厩舎に行くということは、それなりの装備が必要だ。
汚れても良い格好で、長靴じゃないと歩きづらい。
「じいちゃん、連れて来たよー」
「おう」と、奥でじいちゃんの声がする。
キーキー
ガーガー
小さな二体のゴゴゴがじいちゃんの手にぶら下がり、鳴きながらクネクネと動いている。
「うわ、可愛いな」
クオ兄はブガタリアに来てから、俺の弟たちが離れにしょっちゅう来てるので慣れてきた。
「これ、グロンの子ですか」
ギディはじっと二体の様子を見ている。
「もし育てる気があるなら相性を見るけど、どうする?」
「お願いします!」
ギディが食い気味にじいちゃんに頼み、相性は悪くないと言われてうれしそうだ。
クオ兄も一応見てもらい、大丈夫そうだと知ると、
「明日、もう一度お願いします」
と、言った。
翌日、クオ兄はズキ兄を連れて来た。
「僕が大丈夫だったからズキも大丈夫だと思うんだ」
相性に問題は無かった。
「あー、うん、可愛いな」
ズキ兄はまだ戸惑っているみたい。
双子は話し合いながら幼体を見ている。
そこへギディがやって来て、話に加わった。
「コリル様、決まりました」
ギディが手を上げた。
「ん?、で、誰が世話するのかな」
クオ兄が答える。
「三人で」
は?。
ある程度の大きさになるまで三人で面倒を見るそうだ。
「ゴゴゴに選ばせるの?」
ギディが頷く。
まあ、どうせ一番世話してくれた人に懐くよ。
そうなると、一番遠い場所にいるズキ兄が不利になる。
「僕は別にいいんだ、誰かに貸してもらえれば」
ズキ兄はゴゴゴが少し苦手なのかな。
その日は日差しがすっかり春になり、騎獣用の運動場でこの春産まれた魔獣の幼体を遊ばせていた。
「良い子が多いですね」
ただ遊ばせてるわけではなく、ゴゴゴを売買する業者が来ている。
王宮で世話をしているゴゴゴの幼体は評判が良く、引き取り手も多いのだ。
俺はグロンをグロンの子と引き合わせてみた。
キー?
ガーガー ガーガー
一体は様子を見ているが、もう一体は尻込みして、逃げようとする。
「ゴゴゴは基本、親が育てるわけじゃないからな」
単体ではなく、群れで育てるのだ。
だから群れから弾かれた幼体は育たない。
幼体たちの様子を見ながらじいちゃんは業者と交渉を続けていた。
業者はグロンの子も引き取りたいと言ったが俺は断った。
もう貰い手は決まったしね。
「それは残念です。
コリルバート殿下のお蔭で黒いゴゴゴを欲しいという客が増えてまして」
へえ、グロンは引き取らなかったくせに。
「それで、ですね。
実は老師にご相談がございまして」
業者の男性がじいちゃんに一つの箱を見せた。
「一応ゴゴゴなんですが、引き取り手がいませんで」
なんで俺を見るのかな。
俺とじいちゃんで箱を覗き込む。
「こりゃあ」
じいちゃんは顔を顰めた。
だけど、俺は思わず叫んだ。
「うわあ、なんて可愛いんだ!」
真っ白な身体に大きな赤い瞳。
前世でいうアルビノだ、珍しい。
俺はそっと箱に手を入れて、その幼体を抱き上げた。
「もらって良い?」
じいちゃんは仕方なさそうに頷いた。
「ツンツン、キミの妹だよ」
俺がそう言うと足元から淡い緑色の小さなゴゴゴが這い上がって来る。
業者の男性がギョッとした顔になった。
キュッキュル
ツンツンがその白い子を尻尾で撫でると、チィチィと可愛い声で鳴いた。
業者が帰った後、俺は自分の専用厩舎に新入りの白い子の巣を作った。
「たぶん、そいつは目が見えておらんぞ。
それに皮膚も弱い。
早死にするかも知れん」
うん、分かってる。
抱き上げた時、この子の視線が定まっていなかったので気が付いた。
だから俺はツンツンの妹だって思ったんだ。
「ツンツンが面倒見てくれるよ」
ずっと俺のことを心配して守ってくれたツンツンなら、この子も守ってくれるだろう。
白い子はチィチィと鳴くから『チィチィ』と名付けた。
グロンの子供たちはまだ群れから追い出されていないので、しばらく様子を見ることにする。
その間、ギディたちがあしげく通ってグロンの子の世話をしていたら、他のゴゴゴたちにも懐かれ始めた。
クオ兄がオヤツを持ち込んだからだな。
ギディは慣れているが、双子の公子は時々ゴゴゴに埋もれて押し潰されそうになって救助されていた。
アホか、と。
悪いけど笑ちゃったよ。
俺が幼体たちと運動場で遊んでいると、弟たちもやって来る。
仲は良さそうだ。
やがてグロンの子たちは群れから追い出されて、俺の厩舎に入った。
正式に育てるには名前がいるので、三人にどうするのか訊いたら、
「コリル様が付けてください」
と、言われた。
しゃあないな。 グロンの子だ、責任は俺が取るか。
二体とも身体も瞳も黒いが、よく見ると、ちょっとボケた一体は胸の辺りに薄い茶色の模様がある。
胸に傷のような模様があり、キーキーと鳴くので『ムネキ』と名付けた。
もう一体は、同じような模様が眉間にあるので『ミツキ』にしたが、こいつはガーガーと鳴く。
面白いヤツらだ。
ツンツンとチィチィはいつも仲良く一緒にいる。
チィチィの体調が悪くなると、ツンツンが俺を呼びに来るので、箱ごと持ち帰って部屋で一緒に面倒を見たりしている。
ツンツンの妹溺愛っぷりがすごい。
そんなわけで、俺専用厩舎は魔獣が六体に増えた。
まだ幼体だから余裕はあるけど魔獣はすぐに大きくなる。
俺は王宮のヴェズリア様のところに厩舎の増築のお願いに向かう。
「コリル、用事は終わったか?」
戻りに、いつも通りヴェルバート兄に捕まる。
「お茶に付き合え」と言われて、妹たちのいる遊び部屋に連れ込まれた。
「やあ、コリル」
「キミも捕まったのか」
双子公子も捕まってたのか。
「こーにー」
「こーにー、きゃー」
セマとアヴェが俺を見つけて駆け寄って来る。
「さあ、お嬢ちゃんたち、どっちがどっちをやるよ」
妹たちは最近、双子を見分けられるか、という遊びにハマっていた。
手荒れで判別出来ないように手袋をして、同じ服で、同じ表情を作る。
「どーっちだー」
「くおーにー、こちー」
「ずーにー、ここー」
当たったり当たらなかったりするのは、ちゃんと区別出来てはいないからだ。
あはは、と笑っていたら、ヴェルバート兄にそっと「判るか?」と聞かれた。
「簡単です、魔術書に書いてありましたよ」
そう言って当てると双子がズルいと騒いだ。
だって、指紋のように個人で魔力は違うんだもん。
魔力さえ判別出来れば簡単なんだけど。
あれ?、ヴェルバート兄は何で出来ないの。
え、なんで急に俺だけが標的のクッション当てゲームになったの?。
ぎゃあああ。




