92・告白というものは
ブガタリアの王位の条件は、赤い目とグリフォンの信頼。
若いデッタロにはどちらも無い。
だが、王太子ガザンドールには武力も魔法も負けない自信があった。
目の色はただの遺伝だし、自分は三大派閥の西の部族長の身内である。
「だから、グリフォンさえ操ることが出来れば、王にも成れる」と勘違いした。
暴れるグリフォンを抑えることが、信頼を得ることではないと気付くのが遅れたのだ。
そして、デッタロは王宮内の惨事に間に合わず、まだ若かった王太子用のグリフォンを残して、陛下の死と共に陛下のグリフォンは空へと舞い上がり、姿を消す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「国王陛下他、主要な役職の者が亡くなったため、残った者たちで王宮内を立て直す必要が生じた。
私は必死に働き、王太子の帰還までにすべての準備を終えることは出来たのだが」
ヴェルバート兄は涙を浮かべた瞳で、俯くデッタロ先生を睨んでいる。
「何故、あなたは生きているのですか」
怒りと悲しみが入り混じる声。
デッタロ先生は強く目を閉じていた。
本来なら大罪、その場で処刑されていてもおかしくない。
先生は静かに目を開いて、俺たちを見る。
「グリフォンが、私を許したのだ」
王太子ガザンドールに合わせる顔がないと、人知れず死のうと魔獣の森に入った。
そこに姿を見せなくなっていたグリフォンが現れたという。
「すぐに陛下のグリフォンだと分かった」
陛下と同じ、強く、険しい瞳でグリフォンはデッタロを見つめていた。
この身を引き裂かれても仕方がない。
そう思い、静かにその時を待った。
「声が聞こえたのだ。 【死ぬことは許さぬ】と」
生きて、この国を守ることが償いだ、と。
そして、陛下のグリフォンは葬儀を見送った後、再び姿を消したという。
デッタロ先生は西の部族に戻り、事情をすべて話し、父親から勘当される。
国の部族会議からは国外追放とされたが、必ず戻ることを条件とした期限付きだったのには驚いた。
彼自身がまだ若く、ヤーガスアの者に騙されたこと。
王宮内の事件には直接関与していないこと。
被害を受けたグリフォンが彼を許したことが温情に繋がった。
「その時、いつか国に戻り、必ず国のため、陛下のために働くことをお誓いした」
デッタロ先生はその後、シーラコークから南の小国群へと回り、十年を過ごし、戻って来た。
取り返しのつかないことは、誰にでも起こり得る。
俺には深く暗い海に沈みそうになりながら、必死にもがく先生の姿が見えた。
「それは」
この人は、こんな大きな傷を抱えたまま、その事件があった場所に来ていたのか。
俺だったら怖くて出来ない。
「辛かったですね」
ずっと罪を背負い続けたまま。
死んだほうがマシだっただろうに。
俺は、先生の話を聞いているうちに、前世の俺の事件を思い出していた。
あの事件に関係した生徒たちは、今、どうしているだろうか。
彼らは当然、死刑になんてならない。
だけど、一生、俺が死んだことを忘れたり出来ないはずだ。
直接、手を出していない者でも、彼らは犯人の一人だと周りに居た者は覚えている。
俺が命を落とした事実は消えないから。
「コリルバート、お前はこの男を許すのか!」
ヴェルバート兄が立ち上がり、俺を責める。
「兄様」
俺は慰めるようにヴェルバート兄を見上げる。
「気持ちは分かりますが、時間も死人も、戻らないのです」
「コリル」
前国王陛下も、周りに居たすべての人たちも、前世の俺も。
俺は自然に手と手を合わせた。
静かに祈る。
せめて、安らかに輪廻の輪に乗れますように。
目を閉じると瞼の裏に、あの輪廻の神様の金色が見えた気がする。
穏やかな光だった。
隣でヴェルバート兄がゴクリと唾を呑み込む音がする。
俺が目を開けると異様な光景が見えた。
ギディが膝を着いて、深く礼を取っている。
デッタロ先生も俺に向かって謝罪の礼の姿だ。
うおっ、なんだ?。
「何かあったの?」
「コリルは気づかなかったのか、今の波動」
ヴェルバート兄の言葉に首を傾げる。
波動?、意味が分からない。
「なんのこと?」
「セマ様が産まれた時と同じでした」
ギディの声が何だかうれしそうだ。
「あー」
俺が祈ったせいで、王宮内全てが癒されたアレか。
「でも、魔力は使ってないのに」
あの時みたいな倦怠感が無い。
「これは魔法ではないのかも知れないね」
デッタロ先生が顔を上げた。
「ただ、心が軽くなった気がするよ。
ありがとう」
あんなに険しかった先生の顔が穏やかになっている。
「それなら良かった」
俺も何となくうれしくて、顔が綻んだ。
そして、急に空腹感を覚える。
「なんだかお腹が空いた」
俺がボソリと呟くと、デッタロ先生が盗聴防止の魔道具を片付け、ギディが部屋を出て行った。
「今日はパウンドケーキだよ」
厨房からクオ兄がトレイを持って現れた。
どうやら俺たちの話し合いが終わるのを待ってたみたいだ。
「ほお?、聞いたことがない名前だ」
いつの間にかエオジさんが入って来て、空いた椅子を持って来て座る。
「コリルが名付けたんだよ」
クオ兄が切り分けたケーキを皿に載せる。
甘い香りにヴェルバート兄も険しかった顔が緩む。
「美味しそうだ」
ギディが茶器を運んで来て、暖炉の側にあるケトルからお湯を注ぎ、爽やかなお茶の香りが広がった。
クオ兄がデッタロ先生の前にケーキの皿を置く。
「味見してもらえますか?」
「あ、ああ」
先生は肩の力を抜き、木のフォークで口に運ぶ。
「うん、甘いな」
手掴みで口に放り込んだエオジさんが感想を言うと、部屋の中に笑いが溢れた。
「本当にこの離れに来ると美味しいものにあり付けるね」
デッタロ先生がエオジさんに同意する。
「え?、いつもこんな美味しいものを食べてるのか」
ヴェルバート兄がペロリと平らげ、ギディにお代わりを要求している。
「これは試食なんです、兄様。
美味しく出来たら、ちゃんと王宮の厨房にも作ってもらえるようにしていますよ」
料理人たちの試食から始まり、指導して試食を繰り返した後、完成品が王族の食卓に上がるから、だいぶ時間は掛かるだろうけどね。
「うーむ、私も専属の料理人が欲しい」
食べ盛りのヴェルバート兄は二つ目を頬張る。
うん、がんばれ、料理人。
その夜、寝るための準備をしながら、俺はギディに訊いた。
「昼間のアレ、本当に母さんの出産の時と同じだったの?」
俺にはよく分からないけど、身体から出たものが少し違った気がする。
「全く同じという訳ではないですが、コリル様の身体から何かが放出されたのは確かです」
その時、一瞬だけ俺の身体が金色に光ったらしい。
「とても暖かい光でした。
前は魔力を感じましたが、今回は魔力というより見えない波に身体を洗われた感じです」
なんだよ、それ。
俺は人間洗濯機にでもなったのか?。
ぶすっとした顔になった俺をギディは笑いながら慰める。
「それでも、デッタロ先生がスッキリときれいになって良かったですね」
うん、そうだね。
人には皆、辛いことや苦しいことがある。
前世の俺も「ヘラヘラして、悩みなんかないんだろう」なんてよく言われた。
そんなはずないじゃん。
誰だって生きていたら楽しかったこともあれば、後悔することだってある。
苦しいことのほうが忘れられないって誰かが言ってたな。
俺はベッドに入って、天井を見上げて考える。
春になれば俺は十四になって、ヤーガスアとイロエストがやって来て。
さあ、俺は何をすれば良いかな。
元は同じ民族だったヤーガスア。
ブガタリアの国王を手に掛けた『ヤーガスア王族の遣い』だと名乗った犯人たちは、その場で自害した。
当時のヤーガスアは、公式にそれを否定し「自国民ではない」と発表している。
真実はどこにあるのだろう。
ウダウダしてる間に、暗闇に俺の意識は吸い込まれた。 グウグウ。




