90・魔道具というものは
シーラコーク公主国の外相から俺に届いた魔道具は結構面白いものが多かった。
丁寧に一つずつ説明書きが付いている。
ピア嬢の字だ、何となくニヤニヤしてしまう。
魔道具といっても魔力が空の状態なので、スイッチらしいボタンを押しても作動しない。
動かすためには、組み込まれている魔石に、ある程度の魔力を溜める必要がある。
シーラコークの人たちはその辺を含めて魔道具を購入して、蓄積された魔力が無くなると新しいものを買うらしい。
なんて勿体ない。
新しく魔力を入れればいいのに、と思ったら、その作業が自分たちで出来ないらしく、専門の人に頼むことになる。
それが割高なので、新しいものを買ったほうがお安いそうだ。
前世でいうと、詰め替えを買うよりパッケージごと買い替えたほうが安いってことなんだろうか。
その辺の感覚がちょっと分からない。
王宮の厨房から食材を受け取りに行っていたクオ兄が、雪を払いならが居間に入って来た。
「ふええええ、さっぶい」
ブガタリアの冬はいつもこんなもんだけどな。
俺は魔道具を使わずに風魔法を使って、この部屋にある大きな暖炉で温まった空気を回している。
廊下を通じて全部の部屋に暖かい空気が回る様にフル回転で風を送っていて、俺が起きてる間だけは暖かい。
それぞれの部屋の扉の上部には空気穴があって、そこから室内に風が入る仕組みだ。
各部屋にも小さな暖炉はあるし、あとは自力で暖を取るようにしてねっと。
俺は膝に毛布を載せているので、どうぞとクオ兄を誘ってみる。
「おお、有難い」
大きめの柔らかい毛布を広げ、居間の低めのテーブルにまるでコタツのよう掛けている。
冬になるとどうしても前世のコタツが恋しくなって、これを始めた。
外から入って来る人には暖炉に直接当たるよりこっちのほうが評判が良い。
クオ兄が毛布に手を突っ込んで、うれしそうに笑った。
誰でも幸せそうにしてる顔を見ると、こっちもあったかい気分になるね。
「コリルは何をしてるんだい?」
ブガタリアに来て二ヶ月。
双子の公子もだいぶ慣れて来たようだ。
「外相からもらった空の魔道具をいじってます」
「おー」とクオ兄は懐かしそうに箱の中に並んでいる魔道具を眺めた。
先日、もらった木箱の中身は、だいたい片手で持てるほどの大きさの物がほとんどだ。
使い道も『明かり』とか、『水やり』とか、効果が限定されている。
俺が熱心に魔道具をいじっているのを見て、
「面白いかい?」
と、クオ兄が訊いてきたので、俺は「はい」と答えた。
「なんていうか、魔力って何だろうなって思いますね」
「え?、何って、魔力は魔力だよね?」
そんな話をしていると、ギディが茶器を運んで来る。
ギディは、部屋の隅にある小さなテーブルを移動させ、クオ兄の横に置くと、そこでお茶を淹れ始めた。
寒い季節はこうやって、すぐ側まで運んで来てから淹れてくれる。
俺が魔道具をいじるのを止めないので、ギディが続きを話す。
「シーラコークでは魔力といえば一種類かもしれませんが、ブガタリアでは個人個人で魔力が違うのです」
「え、そうなの?」
ギディは頷きながら説明を続ける。
「魔法には属性があるのはご存じですよね?」
「あ、うん」
ギディは、王宮でヴェルバート兄と一緒にデッタロ先生に高位魔術の本を使って魔法を教えてもらっている。
「その属性魔法を使うには、その属性に合った魔力を持つ人が一番効率が良いんです」
魔力は誰にでも有り、魔法は誰でも使うことが出来る。
だけど発動条件は属性魔法が使えるかどうか、なのだ。
「ほえ?」
あー、クオ兄の料理の才能は魔力がベースにはなってるけど、本人は魔法を使ってる意識がないから分かりにくいんだろうな。
「例えば、料理って切ったり煮込んだり、基本は同じだったりするじゃないですか」
一般の家庭では、それを女性たちが普通にやっている。
そこには何の魔力も必要ないのに、シーラコークの人たちはそこを魔道具でやってしまう。
火を起こす道具、水を出す道具、何でも切れる道具、長時間煮込む道具。
「う、うん」
クオ兄もそういった使い慣れた魔道具を持ち込んでいる。
「ブガタリアの民は魔道具は使いません」
ここには魔道具は無いから。
じゃあ魔法を使うかというと、ブガタリアでは、その人が持つ属性魔法しか使えない。
「俺が気になったのは、この魔道具はどれも使う人の属性関係なく発動するってことなんですよね」
雑多な人種が入り混じるシーラコークでは、魔力も魔法も人それぞれだ。
だから魔道具はどの属性の魔法を使う人にも使えるようになっている。
俺としてはそれが不思議でならない。
それと、もう一つ。
今回送られて来た魔道具は平民の家庭ならどこにでもある魔道具である。
「火を着ける魔道具には魔力を溜める魔石はあるけど、用途はすでに決まっている魔道具です」
うまく説明できるか分からないけれど、魔石が充電用の容れ物、魔力が燃料だとする。
火を着ける魔道具には魔力(=燃料)を充電しておく魔石(=容れ物)があり、それに魔力(=燃料)を充電。
使用するときに魔道具にあるボタンを押すだけで、魔法が発動して点火する。
魔力(=燃料)が空になると当然、魔法である点火は出来ない。
だけど。
「ピア嬢の指輪には魔力を溜める魔石と、魔力に反応して作動する感応式の仕組みしか付いていませんでした」
あれは、どんな魔法でも組み込むことが出来る魔道具だった。
ボタンがなく、魔力を流すことでスイッチが入る感応式。
「宝飾品とはいえ、あれは結構な値段がしたので」
気になって調べている。
実はブガタリアでは感応式の魔道具が多い。
専任の属性魔法持ちが作り、溜めた魔力が無くなると補充して、また使う。
属性魔法さえ使えれば誰でも補充出来る。
「なるほど。 そっちのほうが便利そうだな」
「いえ、魔力を補充して使うのは、ブガタリアでは魔道具自体の数が少なくて、シーラコークのように大量に出回っていないからです」
簡単に買えないから、古い魔道具でも大切に長く使う。
俺は生まれた時から王宮にいるから、ある程度は魔道具を見慣れている。
だけど、普通の国民は、ほぼ自分たちの属性魔法と体力で何とか生活していくのだ。
属性魔法にも問題がある。
「属性魔法は身近な大人から子供に教えていくので、家族内でだいたい同じ属性になるんです」
属性の素質は遺伝するようで、親の持つ属性は簡単に覚えられる。
逆に身内にいない属性の場合は、何年も掛けないと身に付かない。
その魔法の発動を覚える早さが、素養の有る無しで違うようだ。
「へえ、面白いね」
クオ兄がお茶を飲みながら、興味深そうに俺の話を聞いてくれた。
「コリルはブガタリアでも同じように誰でも使える魔道具を作るつもりなのかい?」
「え、俺が?」
つい首を傾げてしまった。
そんなこと、考えたこともなかったよ。
「いやあ、その年齢にしては難しいことを考えてるなあって感心したんだ」
クオ兄はヴェルバート兄のような優しい目で俺を見る。
「だけど、何だかものすごく生き急いでいるというか、まるで大人が子供たちに何かを残そうとしているみたいに思える」
俺はドキッとした。
俺は、この雪が溶けるころに十四歳になる。
前世で命を落とした年齢だ。
父王からヤーガスアとイロエストの王族が来ると聞いて、俺は何故か輪廻の輪を意識し始めた。
今まで、前世でやりたかったことをやり、与えられなかったモノを手に入れて来た。
家族や弟たち、ピア嬢のことも、力いっぱい愛せたし、愛されている実感がある。
俺自身も運動が出来て、魔法を使えて、たくさん褒めてもらえた。
これ以上、望めないほどに。
だからなのだろうか。
今世の修行の終わりが近づいている気がしていた。




