89・冬というものは
ブガタリアに冬が来る。
初めて経験する双子とその従者は雪の多さに驚いていた。
シーラコークでも降るそうだが、あまり積もらないらしい。
実は今はまだ少ないほうで、これからもっと降るんだが、街が埋まってるのを見たら彼らは何て言うかなあ。
雲が晴れたら俺は外に出る。
寒かろうが、埋まろうが、俺は雪が好きだ。
俺がシーラコーク組に雪だるまや、雪投げなど雪を使う遊びを教えるとすぐに夢中になってやり始める。
クオ兄率いる離れと厩舎の連合組と、ズキ兄率いる王宮警備隊新入り組で対抗戦までやっていた。
はあ、良い大人が何やってんだか。
ツメテッ!、やったな!、ヴェルバート兄。
妹たちに良いとこ見せようったって、そうはいかんぞ。
グワッー。 そりゃあ、あははは。
離れのガラス張りの温室で、池のガラス部分に小さな手を当てて妹たちがはしゃぐ。
「こーにー、こえ、かーい」
「こーにーたまー、セマもー」
今日は濃茶髪緑瞳のアヴェと黒髪赤瞳のセマの、二人の妹が小赤の池を見に来ている。
『こーにー』は妹たちからの俺の呼び名だ。
ちなみにヴェルバート兄は『うーにー』である。
「これ、やってごらん」
妹たちに餌を渡して、小魚に与えさせる。
キャッキャッと喜ぶ姿が可愛い。
「この餌は魔力を込めてあるね」
ヴェルバート兄が妹たちの従者のように世話を焼いている。
「うん。 まだ飼い始めて二年と少しだけど、魔力を込めた餌を食べた小赤のほうが丈夫に育ったからね」
それに、シーラコークで育てていたときより、はるかにデカいらしい。
『小赤』じゃなくなったら『大赤』とでも呼ぶかな。
「ひらひら」
「こーに、ひらひら」
普通の小赤とは別の池で、尾びれが何枚かに分かれた小金も元気に泳いでいる。
「普通は冬は動きが鈍るんですけどー」
飼育員ヒセリアさんが首を傾げて、俺を見上げる。
「元気があっていいですよねー」
俺だって分かんないこと、聞かないで。
一応、池の水温が下がり過ぎないよう、温室の室温は一定にしている。
「なんだ、ここは!、あったかいな」
父王まで来ないで。
温室はそんなに広くないんだから。
ギディが俺たちを呼びに来た。
「お茶の用意が出来ました」
グッドタイミングだ、助かる。
全員を離れの居間に連れて行く。
お茶を飲んでいたら、父王が俺を睨みながら訊いてきた。
「ヴェルバートにも小赤を渡したそうじゃないか。
わしにはくれないのか」
池の完成記念に、ヴェルバート兄に東の部族からもらったガラスの器に一番大きく成長した大赤を一匹だけ入れて贈ったのだ。
前から欲しがってたしね。
共食いするから大きいのは邪魔だったのは内緒だ。
「わしも欲しいぞ」
冗談でしょ。
父王の部屋なんて、筋肉鍛えてる振動でガラスが割れるから嫌だ。
「妹たちにもあげてませんから、お揃いです」
妹たちがいるヴェズリア様や母さんの部屋には置かないように言ってある。
触ろうとしてひっくり返したりしたら、魚も妹たちもビックリしちゃうからさ。
ふむ、と父王が考えるフリをする。
何か企んでるのはバレバレなんだよ、脳筋め。
「そうだな。 お前の部屋の、あの黒いのでも良いんだが?」
あれが目当てか。
「あれは俺個人のものなんで、一匹しかいないんですよ」
俺の可愛い出目金のクロちゃんはあげません。
特徴は目だけど、小赤でも小金でもない色は珍しい上に、尾びれも割れている。
二階の部屋の窓の極上ガラスの飾り瓶に、水草と一緒に入って優雅に泳いでいる。
黒い色は確かメラニンっていう色素が関係してて、たくさん陽に当てると良いって聞いた。
それで日当たりの良い場所に置いてある。
前世で聞いた話だから、この世界でも同じとは限らないけど、やれることはやっておきたい。
「何であれが欲しいんです?」
あまり他の人には見せないようにしてたのに、何で知ってるの。
ふふん、と父王が偉そうに胸を張って言う。
「お前がいない時、面倒を見てやってたんだぞ」
は?、ナニソレ。
俺が不在の間に部屋に入ってたのか。
鍵、付けようかな。
俺の可愛いクロちゃんは、厳選された色鮮やかな小赤や、小金のヒラヒラとのハーレム中だ。
毎日、様子を見ながら、餌だけじゃなく、水や水草にも魔力を込め、浄化用の魔石も多めに入れてある。
「うまく卵が孵って増えたら差し上げますよ」
確か春と秋が産卵時期なので、もうしばらくお待ちください。
「それより、いい加減に本題に入ってください」
俺は不機嫌な顔で父王を睨む。
「おお、忘れてた」
嘘つけ。
「シーラコークの外相家から、ピアーリナ嬢の婚約に尽力してくれた礼だと、お前宛に荷物が届いてな」
みかん箱くらいの大きさの木箱を従者が運び込んで来る。
「はあ、そりゃあどうも」
中身を確認したら、魔力が空になっている魔道具各種である。
「お前なら使いこなせるだろうという話だったが」
まあ、事前に中身は確認はしたんだろう、ヴェズリア様が。
魔道具の研究か。
冬の間の暇つぶしにはなるかもね。
「ありがとうございます」
あとでお礼状出さないとな。
まだ何か言いたいことがあるようだ。
こちらから訊くのはさっきやったから、もうやらないぞ。
「じゃ、俺は失礼します」
立ち上がろうとすると、
「いやいや、待て」
止めるくらいなら早く喋ればいいのに。
「ヤーガスアの件だがな」
離れの空気が一瞬でピリッとした。
「こんな場所で話して良いんですか?」
居間なんだから、色々聞き耳立ててるやつがいるぞ。
さすがに脳筋でも洩れちゃ不味い話ならこんなところでしないだろうけど。
「春に王家の遣いってのが来ることになった」
正式な抗議文書を送ったら、向こうから謝罪に来たいという返事があったそうだ。
そりゃそうだろう。
事実無根というなら無視も出来るだろうが、こっちにはバカ息子という証拠がある。
ベラベラ喋ってくれたしね。
「それで?」
俺が被害者だとしても、対応するのは父王とヴェズリア様だろう。
未成年の俺が表に出ることはまずない、はずだ。
「お前に直接謝罪したいそうだ」
「お断りします」
「だろうな」と父王が目を逸らす。
ヤーガスア王家の話では、東の部族のバカ息子に俺の評判を聞いた。
ただの情報収集のつもりだったのに、バカ息子が勝手に俺を連れて行こうとしただけだという。
それで自分たちは悪くないけど、被害者が未成年の王族なので謝罪はしたいと。
ついでに俺のことも知りたいっていう話だろうね。
俺はじっと父王を見る。
まだ何か隠してるよね?。
「うおっ、ゴホゴホ」
何を慌てているのか、お茶に咽る父王。
「お前のことをヤーガスアの王族に話したのが、……その」
「もしかして、剣士様ですか」
父王は顔を逸らしたまま頷く。
俺が知ってる『剣士』は一人しかいない。
イロエスト現王の弟殿下だ。
俺は盛大にため息を吐く。
「お前を推薦したとか、そういうことじゃない。
ブガタリアの第二王子は面白い奴だと話をしただけだと」
俺は父王が何故ここに来たのかを理解した。
「ヴェズリア様がそう言ったんですね」
「あ、ああ、あの事件を知った王弟殿下から手紙が届いてな」
そう書いてあったと。
少なくとも向こうから手紙が来たということは、心当たりがあったということか。
「申し訳ないから、ヤーガスアの王族と一緒に来るそうだ」
へ?、なんでそうなるの。
父王はヴェズリア様は無関係で、悪くないと言いたいんだろう。
あのバカ息子も「王太子はイロエスト王族の血筋で、第二王子は要らない」とはっきり言ってたしな。
もしかしたら試験だの何だのは、それを確認しにやって来たということか。
「俺は道具じゃない」
ヴェルバート兄も、妹たちも、王族の血を引いているというだけだ。
「分かってる。 お前たちはわしらの可愛い子供だ」
思いっきり政略結婚した人に言われてもね。




