88・予感というものは(別視点)
シーラコーク公主国。
大きな港を持ち、漁業と交易が盛んな大国である。
双子のクェーオとズォーキは、その国の公主の最初の男子として生まれた。
公主一族が住む白い公主宮は、海を見渡せる小高い丘の崖の上にあった。
街の喧騒から離れ、静かな波の音だけが耳に届く。
そんな穏やかな場所だった。
しかしそこには、権力や美に執着し、噂を流し、笑いながらお互いに相手の足を引っ張り合う魔物が住んでいる。
「全く同じ顔だなんて、気味が悪い」
「双子は跡継ぎ争いで必ず災いを呼ぶのよ」
美しい顔をした恐ろしい魔物たちが、年端もいかない子供に囁く。
その異様さを、双子は年を重ねるうちに感じるようになっていった。
ただ双子の母親だけは、まるで何にも興味がないかのように、ひっそりと自室に引き籠っている。
「あなたたちも出来るだけ目立たないようになさい」
静かに息を潜め、力を見せず、誰にも注目されないように。
「特に公主陛下には気をつけて」
双子の公子は幼い頃から母親にそう言われて育った。
双子が十六歳の時、一つ下の弟が突然、亡くなった。
その後、三つ年下の弟が大怪我をした。
しばらくして公主館での一族のみの食事会で、バタバタと体調を崩す者が出た。
「毒よ!、誰かが子供たちを殺そうとしているわ!」
たまたま倒れた子供の相手をしていた双子弟と、最初からまったく料理に手を付けていなかった双子兄が疑われてしまう。
母親はすぐに双子を公主宮の外へ出し、同じ国の出身である高級飲食店の経営者を訪ねるように言った。
しかし、どんなに疑われても証拠など何も無い。
悪意ある噂だけが街に広がった。
あれから四年近く。
双子は、成人しているため、宮殿以外でも居住を認められている。
そっくりだという特長さえなければ特に目立つ容姿ではないので、なるべく揃わないようにバラバラで生活をしていた。
護衛という名の監視が付いているのも承知しているが、何も事件を起こさなければ、彼らも双子に関わってくることはない。
それでも公子である以上、国の主催する晩餐会などには参加せざるを得なかった。
ある晩餐会で、双子兄は初めての感覚に襲われた。
「どうしたの?、クオ」
様子がおかしい兄に、弟はそっと近寄る。
兄は晩餐会の主賓、子供らしく微笑む、まだ十三歳の他国の少年を凝視していた。
漆黒の髪を後ろに撫で付け、暗い赤の瞳は丸く優しげで、肌の色は濃い。
しかし、小柄で幼げな容姿とは正反対にハッキリとした物言いで、あの問題児の第五公女を退けるのを見た。
「あれが、ブガタリアの第二王子」
国内でも才女と名高いピアーリナ嬢が、蕩けるような笑顔でダンスの相手をしていた。
「いったい何があったんだ」
納得出来ない弟は兄を問い詰めた。
「僕の能力を知ってるだろ。
あの子の食べたがってる料理を見たんだ」
兄はうっとりとした顔で言った。
「あれは、この世のものじゃない。
彼はきっと天上の神の遣いに違いないよ」
元より兄は思い込みが激しいところはあったが、こんな突拍子も無いことを言い出す者ではなかった。
止める弟を無視して、兄は知り合いである外相の娘に接触を図る。
「しょうがないな」
口下手な兄に代わり、口達者な弟が話に混ざって、外相の娘を介して何とか会う約束を取り付けた。
弟は兄に同行し、相手を探る。
……普通の少年だ。
王族のくせに、ちょっと平民に近い気もするが。
双子がブガタリアに出立する日が近づく。
反対されると思い、なかなか言い出せずにいたが時間は待ってはくれない。
思い切って母親に打ち明ける。
「ブガタリアのコリルバート殿下が僕を気に入ってくれて」
「是非、二人揃ってブガタリアに来て欲しいって、招待されたんだ」
本日、王宮でコリルバート殿下の帰国の挨拶がある。
明日の早朝に出発なので、今日中に決めなければならない。
母親は何故か涙を流して喜んでくれた。
「私のことなら心配いらないわ。
あなたたちは思い通りに生きられる場所を見つけるのよ」
そう言って母親は双子を抱き締めた。
「一つだけ約束してちょうだい」
母親は今まで見たこともない真剣な顔で双子に話し始めた。
「私たち一族は希少な魔力を持っているために、多くの者が利用され、命を落としてしまったわ」
生き残った者たちは、息を潜め、静かに生きることを選んだのだという。
『心読』の能力。
双子は母親から一族の能力について、初めて聞いた。
出国の手続きを、公主の妻である母親が行うことであっさりと終わる。
「公主陛下はどう思ったかな」
「僕たちのことなんて興味ないさ」
それはそれで悲しくて寂しい。
さらに、帰国の挨拶に来た他国の王子に、公主は自分の娘を押し付けようとさえした。
交易国の宿命として、利益のために相手側に娘を嫁がせるやり方は分かっていたが、相手はまだ子供だ。
それが自分たちのせいだと分かっている双子は、父親のあまりにも浅ましいやり方に胸が痛くなる。
しかし、コリルバートは見事に躱して見せた。
双子はその姿に感心する。
「さすが神!」
双子兄がうれしそうに声を上げる。
「僕もコリルバート殿下に興味が湧いて来たよ」
双子弟もニヤリと笑う。
そうして、二人はブガタリアへと旅立った。
正直、双子はブガタリアを舐めていた。
山の中にある小国、魔獣の森に囲まれた野蛮な国。
今まではただの田舎だと思っていたのだ。
しかし、シーラコークを出て五日目に到着したブガタリアの王都は活気のある町だった。
「コリル殿下ー、お帰りなさーい」
沿道に子供たちが出て来て手を振る。
ずいぶんと子供に人気があるな、と思ったら、コリルバートは平民の子供たちの学校を立て直し、魔獣や家畜の飼育員を養成しているらしい。
トカゲ型魔獣は見た目は怖いが、乗り心地は悪くない。
道幅が狭いシーラコークでは無理だが、森や険しい山肌も難なく走るため、ブガタリアでは重宝されている。
双子もブガタリアに滞在している間に騎乗出来るようになりたいと思った。
ブガタリア王城は、山の斜面を利用し、三層に分かれている。
双子は見晴らしの良い最上段の広場に到着した。
コリルバートが住んでいたのは、王宮ではなく、離れの建物だった。
元は病人や高位の罪人を隔離するためのもので、二階建てで結界付きの丈夫な建物だ。
王宮の客間も用意出来ると言われたが、兄は離れの厨房を自由に使って良いと言われて喜び、弟も昼夜問わず入れる風呂はとても気に入った。
「この離れの中だけでも敬称無しにしませんか」
第二王子の提案に双子は頷く。
「そうですね、コリル、で良い?」
「よろしく頼む、コリル」
差し出された手を握る。
「はい、クオ兄、ズキ兄、よろしく」
ニッコリと笑う黒髪の愛らしい少年に、双子は心が温かくなるのを感じた。
その離れにはシーラコークから来た夫婦が同居していた。
見覚えがあると思ったら、外相の部下とその妻である。
王子が王宮に出掛けている間に顔合わせをしていると「協力して欲しい」と、相談を持ち掛けられた。
「私は外相閣下のお嬢様の従者も兼任しておりました。
ピアーリナ様の幸せのためならば何でもする所存です」
第二王子は外相からの婚約の打診を断ったと聞く。
「お嬢様を友人扱いなど許せません」
戯けたような口ぶりだが、メガネの奥の瞳は笑ってはいなかった。
真夜中、双子弟はコリルバートに起こされる。
「ピアーリナ嬢に今すぐ求婚の文書を送ってください」
ああ、これが外相の部下がしていた話なのかと理解した。
「なるほどね。 了解した」
さて、ここからが勝負だ。
「しまった。 求婚用の魔道具が無い」
まだ子供の王子を罠に嵌めるのは少々心苦しい。
「分かりました。 それはこちらで用意します」
王子の言葉に外相の部下が安堵のため息を吐く。
捕獲は完了した。




