84・指輪というものは
「コリルバート殿下の場合は少し特殊でございますが、先にシーラコークの婚姻についてご説明いたします」
パルレイクさんが話を続ける。
「シーラコークの貿易商では、十五歳以下の子供でも優秀であれば囲い込みたいという家が多いのです」
平民であれば金銭で雇う契約が出来る。
もちろん、保護者の同意というか、基本的に親と雇い主の契約だね。
しかし、一定以上の身分になるとそれが出来ない。
身分が上からでなければ申し込みが出来ないのが通例になっているのと、働く必要がないからだ。
「それで婚約という形を取ると」
ヴェルバート兄が納得したように頷く。
家同士で近い年齢の異性がいれば、という前提だが、そこはまあどうにでもなる。
「コリルバート殿下をピアーリナ様のお相手にと推薦させていただいたのは私です。
他国に対しては、いきなり申し込むことは出来ませんし、国同士の問題もありますから」
だから打診という形で探りを入れたそうだ。
最初にシーラコークに行った時、俺は豪商の孫扱いだったからなあ。
だから『婿に欲しい』という申し込みだったわけだ。
俺はチラリと父王を見る。
「私がその話を聞いたのは、最初のシーラコーク訪問から一年近く経ってからでしたけど」
「お前を他国に出すわけにはいかんだろ」
あー、父王にとって俺は問題児だったな。
謹慎くらってるし。
それでもグリフォンの件もあって、俺に褒賞としての『婚約』を認めようという話になったっぽい。
ヴェズリア様がパルレイクさんに声を掛けた。
「それで『仮』というのはどういう意味でしょうか」
俺もそれを訊きたい。
確かに俺も『仮』って言葉は使ったけど、公主陛下に対する牽制が緊急に必要だって言うから、とりあえずズキ兄にってことで、相手は俺じゃない。
「はい、シーラコークでは十五歳以下の子供の婚約は周りの大人同士が行います。
しかし、その子供が大人になった時、相手をどうしても受け入れられない場合というのがございます。
身分が高い方々ほど夫婦というのはたいへん微妙な問題になりますので」
ヴェルバート兄は首を傾げてるけど、それはあれか。
「一夫一妻制でしたね、シーラコークは」
「はい、王妃殿下。
婚姻の契約を交わした相手以外と関係を持つことは、犯罪なのでございます」
不貞、不倫ってヤツか。
確かに身分が高い者ほど跡継ぎを作るのが義務だって話は良く聞く。
一夫多妻はその辺も考えられてるんだよな。
まあ、多過ぎても問題だけど。
「それで考え出されたのが、仮契約というものでして。
親同士が交わした婚約でも、本人が大人になった時、相手と合意の上であれば白紙に戻せるというものです」
はあ、これがサルと公女殿下の婚約だったのか。
一応相手が決まっているからと他からの申し込みの牽制に使い、実質は婚姻の意思は無く、白紙に戻すのが前提というわけだ。
「それでは、コリルバートが二十歳になるまでピアーリナ嬢はズォーキ殿下の婚約者としておく、ということでしょうか」
白紙に戻すことが前提の婚約。
「左様でございます」
公主には擦りもしない、見事な言い訳だ。
そりゃ、ここで自国の恥なんて言えるわけないよな。
パルレイクさんはきっと将来はシーラコークの高官になる人なんだろう。
俺なんかじゃ、太刀打ちできない。
だけど、それなら俺を巻き込まなくても良かったんじゃない?。
「ピアーリナ様はコリルバート殿下から贈られた魔道具を見て、承諾されたのです」
俺からの話じゃなかったら受けなかったってことか。
「コリルバート、お前の意思を聞いておこう」
父王が神妙な顔でじっと俺を見る。
む、周りの視線が痛い。
「……まだ分かりません」
俺は将来、平民になる予定なんだ。
そんな俺なんかと一緒に居て、ピア嬢は幸せになれるだろうか。
「それじゃ、お前はピアーリナ嬢が他の男の妻になるのは構わないというのか」
俺は一瞬、公主陛下の痩せこけた顔を思い出して顔を顰めた。
「相手によります。 彼女が嫌ではない相手なら」
そう言った途端、部屋中からため息が溢れた。
え、なんで?。
俺より良い男なんて、いっぱいいるよ。
公主だけは嫌だけど、それでも本人が良いなら、たぶん俺は何とも言えない。
俺がズキ兄の代わりにピア嬢に贈ったのは魔道具の指輪だった。
双子公子の従者がシーラコーク公主一族の印章を持っていたので、彫金師に急いで刻印してもらい、求婚の手紙に添えたのである。
『それなりに高価で、女性用装飾品』というのがシーラコークの決まりだって聞いたからさ。
あー、もうそこで仕組まれてたんだな。
俺はシーラコークの外相の部下を睨む。
この策士め。
シーラコークで、家族の女性には何か土産を買うものだって大使に言われた。
前世でもお土産っていえば温泉饅頭だったし、珍しいお菓子でいいやと思っていた。
「女性用だろ?、もうちょっと色気のあるものにしろよ」
「はあ?」
女性の影も見えないエオジさんに言われたくないんだけど。
ブガタリアへの土産は、港への行き帰りに立ち寄った店で買える。
だけどヴェズリア様や妹たちの分となると、その辺りの店で買うわけにもいかず、大使館に呼んでもらうしかない。
どうせなら、と魔道具にもなる宝飾品を選ぶことにした。
シーラコークには、どこの店でも魔法がセットされていない空の魔道具があり、客の要望に合わせて魔法をセット出来る仕組みになっていた。
普通、空の魔道具は安く、魔法を組み込む料金が馬鹿高い。
でも俺は自分で魔法がセット出来るから、空でもそれなりに高価な品物を並べてもらう。
自分にファッションセンスなんて無いのは分かってる。
あの時も、ピア嬢に頼んでアドバイスをもらったんだっけ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これがよろしいかと」
細いものだと魔法が込められないので、魔道具の指輪は全て太めだ。
その中でもピア嬢が選んだのは淡いピンクの石が付いている銀色の指輪で、刻まれた花の模様がとても可愛い。
「裏側に送り主の名前や、記念日を彫ることも出来ますし」
へえ、俺は一つを自分の指に嵌めてみた。
指輪がスルッと自動的に指にサイズを合わせてくる。
さすが魔道具だ。
俺はピア嬢がこのデザインを選んだのが意外だった。
他にも豪華なデザインはたくさんあったのに、なんだか子供ぽい感じを選んだピア嬢。
でも、彼女は俺の指を何だか羨ましそうに見ている。
「ピアにも似合いそうだ」
そう言って、俺は彼女の手を取り、今度はその指にも嵌めてみた。
白い指に銀色の指輪がとても似合う。
頬を染めて、うっとりと眺めるピア嬢も可愛かったな。
俺は、妹たちの十歳の祝いに贈ろうと思って、全く同じデザインで二つ購入したんだ。
一つは銀色の指輪にピンクの石、もう一つは金色の指輪に翠色の石。
色違いの宝石の指輪を。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の頬がカッと赤くなった。
あれ、もしかしたら俺の好きな銀色と、金髪翠眼のピア嬢の色だったんじゃないか。
無意識に俺は婚約指輪を選んでたのか?、まさか、そんなことは。
周りの様子を窺いたいけど、ドキドキと心臓がうるさくて顔を上げられない。
「ピアーリナ様は、あの魔道具を大切に身に付けていらっしゃいます」
そうか、あの指輪を着けてくれたのか。
あの指輪が誰からなのか、ピア嬢なら分かる。
双子弟の求婚は表向きで、実は仮契約なのを察したんだろう。
俺はテルーで西の砦に向かう際、ピア嬢の指輪に危険を回避するための『防御結界』の魔法を込めた。
必ず彼女を守ってくれると信じて。
これは俺としては認めるしかないよな。
知らなかったとか、嵌められたとか、ブガタリアの男としては言えない。
本当は……心のどこかでホッとしている俺がいた。
「ありがとうございますぅ」
う、声がうわずった、恥ずかしー。




