81・客というものは
俺たち視察団一行は、夕方近くに無事、ブガタリアの王都に帰って来た。
グロンに俺と双子兄、ゼフにギディと双子弟と荷物。
護衛の兵士たちに、女性たちや双子に付いてきた従者を一人づつ受け持ってもらい、苦情が出た場合は交代とした。
思ったより文句は出なかったな。
まあ、皆、大人だし、五日ぐらいは我慢してくれたのかもね。
王都の街道を進んでいると、学校の生徒たちが大勢、道に出て手を振ってくれた。
「コリル殿下ー、お帰りなさーい」
お、おう、ありがとう。
ちょっと引き攣ったけど、何とか笑顔で返せた。
後でお土産も渡しに行くよ。
王城の南正門に入り、一旦ここで解散になる。
俺としては、今回の視察は十日の滞在と片道五日の、全部で二十日の長期に渡る遠征だった。
兵士や同行した女性たちもホッとした笑顔になっていたと思う。
俺とギディとエオジさんは最上段まで上がる。
エオジさんのゴゴゴにラカーシャルさんが同乗していたのには驚いた。
色々、お互いに警護の話もあって、そういう組み合わせになったらしい。
「ふっふっふ」
ラカーシャルさんの笑顔が怖い。
何聞いたの?、ねえ。
王宮のある段の広場に着いたが、そこで待っていたのは父王の従者の男性一人だけだった。
「お帰りなさいませ、コリルバート殿下。 陛下からの伝言がございます」
今日は疲れているだろうから、明日、朝食後に王宮で報告を聞くという。
「はあ、分かりました」
「では」
あっさりー。
今までが異常だったのかと思うくらい、何事もなく静かに受け入れが完了した。
双子の公子と従者には、とりあえず俺の離れで休んでもらうことにする。
王宮内のような立派なものはないけど、部屋は余ってるからね。
「へえ、こじんまりしてて、良いじゃないですかー」
「あははは」
シーラコークの公子の館に比べれば慎ましいものです、すみません。
双子の世話をギディに頼み、俺はとりあえず父王との面会を申し込みに王宮に行く。
俺のことはどうでもいいけど双子の待遇は早く何とかしなきゃいけない。
「ただいま、母さん、セマ」
「コリル!」
「にーた」
面会の許可を待つ間に、母さんと妹のセマに顔を見せに来た。
二人にギュッと抱き締められて心配かけたことを知る。
いつの間にか、俺は母さんの背をほんの少しだけ追い越していた。
「無事で良かった」
「はい、母さんとセマも元気そうで」
お互いに笑い合う。
母さんに夕食を勧められたけど、客もいるのでまた後日にしてもらった。
俺の偏食が治りそうだと知ったら母さんも喜んでくれるかな。
廊下が騒がしくなる。
「やはり、ここか」
いやいや、父王が何でこっちに来るのさ。
でも俺も早く会いたかったから助かる。
「陛下、先日は本当にありがとうございました」
深く礼を取る。
あの招待状が無かったら、本当にヤバかった。
俺も、おそらく双子の公子も。
「ふん、たまには役に立ってやらんとな」
デカイおっさんが鼻息荒くドヤ顔をする。
何だかおかしくなって、クスクスと笑ってしまった。
あれは、おそらくヴェズリア様に何か言われたんじゃないかな。
あんなにタイミングよく父王が現れたのは、いくらなんでも不自然だ。
大鷲の監視なんて父王らしくない。
でもそこは突っ込んじゃイケナイよな。
そのまま、母さんの部屋で簡単に事情を説明した。
「分かった。 早急に公子の部屋を用意させる」
こんなに早く双子の公子が来るとは思ってなかったようだ。
「お願いします」
そんな話をしていると、母さんがセマを父王に渡して話に加わってきた。
「コリル、それは公子殿下が望んでいらっしゃるの?」
「え、あ、うーん」
俺は返事に詰まる。
「公子殿下は、コリルの話ではとても料理好きでいらっしゃるようだけど、王宮に泊まるお客様には厨房は入らせないと思うわよ」
「あー」
そうか、忘れてた。
王宮の厨房は王族や要人の食事を賄う。
そんなところに、いくら料理がうまくても他国から来た者を入れるわけにはいかない。
「分かった、母さん。 公子殿下の都合も聞いてみるよ」
さすが王宮で長年侍女をやってるだけのことはある。
しばらくは離れで好きにやってもらい、不便なら王宮に移ってもらえば良い。
離れが気に入ればそのまま滞在してもらっても良いし。
父王からも、もし必要な物があれば王宮から貸し出すと許可をもらった。
「ありがとうございます」
もう夕食の時間だ。
俺は急いで離れに戻る。
戻ってみると、離れが異常に賑やかだった。
「コリル様、お帰りなさーい」
小赤の飼育員ヒセリアさんが飛び付いて来た。
「見ました!、あれ、すごく可愛い」
ああ、あの小魚ね。
もう荷物見たのか、早いな。
よほど待ち切れなかったとみえる。
「殿下、長旅、お疲れ様でした。
交渉は大変ではありませんでしたか?。
ピアーリナ様はお元気でしたか?」
パルレイクさんも色々と訊いてくる。
なんだよ、夫婦して。
まず、座らせろ、落ち着け。
疲れた顔で夫婦を引き摺り、居間へ向かう。
ギディに引っ付いていた飼育員夫婦の子供も何とか引き離す。
「公子殿下をご案内していたら見つかってしまいまして」
ギディがこそっと謝ってくる。
離れに三人だけでは寂しかったらしい。
いやいや、あんたら家族水入らずで楽しんでたんじゃないんか。
「だって、子守りしてくれるギディくんがいなくて」
大変だったらしい。
まあ、日頃からギディに任せてるからそうなるんだよ。
「双子殿下は?」
と、聞くと厨房を目線で示す。
もうやってるのか。
異国に来たばかりなのに元気だな。
居間に入ると、声を掛けられる。
「よお、お疲れ様」
エオジさんは分かるけど、
「お邪魔しております」
ラカーシャルさんは何でここにいるのかな?。
しかも風呂上がりで寛いでいるのが解せん。
俺も風呂に入りたいんだけど。
移動中はどうしても水浴びくらいしか出来ないからな。
客である公子たちには先に入ってもらったようだし、入ってきまー。
「はあ、疲れが取れるなあ、コリル」
やっぱり、エオジさんとギディも一緒か。
この風呂場は俺が一人で入るために作ってもらった気がするんだけど。
風呂の中で、俺は二人に父王との打ち合わせの話をした。
「良いと思います。
それと、ラカーシャルさんもしばらくこちらに泊まる予定だそうですよ」
は?、なんで。
ギディの返事に首を傾げる。
「公子殿下の警備ですが」
双子公子が王宮に移るまでの臨時の護衛として、動けるのがラカーシャルさんしかいなかったらしい。
他国要人が離れに泊まるのは想定外。
離れは元々、結界が施されている施設なので警備は比較的楽なほうではある。
だけど双子公子の護衛がシーラコークから付いて来ていない。
青年の従者が一人だけだ。
あまりにも急だったので、警護する者はこちらで全て用意することで合意してもらっていた。
「この離れにデカい男性兵士を増やしたくないです」
ギディが主張する。
まあ、離れは王宮から見れば狭いからな。
俺としては王宮の許可を取ってあるのなら構わない。
「分かった」
とりあえずは問題無し。
ヒセリアさんも女性がいたほうが安心だろうしね。
夕食はシーラコークの食材を使いまくった魚料理だった。
「ありがとうございます、とても美味しかったです」
ああ、しばらくは双子兄が作った料理をブガタリアで食べられるのか。
うれしいな。
「こちらこそ、ありがとう、コリルバート様」
おうう、これはちょっと違うなあ。
「すみません、この離れだけでも敬称無しにしませんか」
国の規模は無関係として、身分でいうと俺と双子公子は同等になる。
「うーむ、そうですね、コリル、で良い?」
双子兄が恐る恐る俺を呼ぶ。
「よろしく頼む、コリル」
双子弟はニヤニヤ笑いながら俺を見る。
「はい、クオ兄、ズキ兄、よろしく」
俺は、二人に手を差し出して握手をした。




