78・姫というものは
「誰でも良いぞ?」
交換条件ということか。
公女を他国に出すということは、もちろん婚姻が前提条件になる。
ただで出すわけないじゃん。
今までの交易相手国と同じで、自分たちの国益に合うような取り引きに使うのだろう。
そして行く行くはブガタリア王国の乗っ取りでも計画してますか?。
しかしこれを辞退すれば、双子はこちらに来られなくなる。
それはどの公女でも同じだ。
こういう身分の者からの提案なんて、命令みたいなもんで誰も断ることなんて出来ない。
だが、ここでお気に入りのシェーサイル姫なんて選んだら首が物理的に飛ぶだろうな。
俺は、そんな選択はしたくない。
チラリと目の隅にシェーサイル姫の顔が見えた。
当然、自分の名前が出ると思ってる顔だ。
絶対嫌だね。
だから俺は、とっておきを出すことにする。
「それはそれは、とても残念です。
もしかしたら、お美しいと評判の姫様でも、お招き出来る絶好の機会でしたのに」
そう言って父王の署名入り招待状を取り出す。
「私が預かっている招待状には二名のお名前しかございません。
つまり、ブガタリアにご招待出来るのはお二人だけなのです。
もちろん、私は未成年ですし、父であるガザンドール国王陛下の決定に逆らうわけにはいきませんので」
「な、なんだと」
俺は公主陛下の側近のおじさんにそれを渡す。
「間違いなく公子への招待状でございます」
公主陛下の顔が醜く歪んだ。
おやおや、人前でそんな顔していいのかな。
穏やかなイケオジで有名なんでしょう?。
「私は私の務めを果たすだけでございます」
俺はそう言って、並んだ公主一族の中から双子の前に歩み寄る。
「公子殿下、国王ガザンドールの命により、私どもブガタリア王国にご招待いたします」
正式な礼を取り、口上を述べる。
「あ、ありがとうございます」
「謹んでお受けいたします」
俺はニコリと微笑んで、公主陛下の前に戻る。
「この度、最後まで恙無くシーラコーク公主国との交流を終えましたこと、誠にうれしく思います。
いつかまたお会い出来ますことを楽しみに、明日、帰国させていただきますね」
子供らしい笑顔でバイバイだぜ。
双子以外の公主一族はポカンとしている。
相手が立ち直る間に、さっさと帰ろう。
まあ、これ以上、何か捩じ込もうとしても、
「国王陛下のご意志です」
で、押し通す予定。
だって、双子をブガタリアに呼ぶのは国王陛下で俺じゃない。
文句や交換条件は国王陛下とやってもらうしかないのである。
シェーサイル姫の前を通った時はさすがに背中のツンツンが痛かった!。
いやいや、もう美人さん台無しよ?。
「ふぇー」
馬車に乗り、公主宮を出た途端、全員が脱力した。
「一時はどうなるかと」
エオジさんも顔が真っ青だった。
「しかし、いつの間にあんなモノを」
団長の爺さん、そこはあんまり詮索しないで。
俺はツンツンを足元に下ろしてやる。
「皆を守ってくれて、ありがとうな」
キュルキュル
俺はツンツンに頼んでエオジさんたちブガタリアの者たちに認識阻害を掛けてもらっていた。
途中でピア嬢を拾い、予約した店に到着。
「ようこそ、コリルバート殿下!。 お待ちしておりました」
「は、はあ、どうも。
こちらこそ、いつも高級な食材を送っていただき、ありがとう」
出迎えた経営者のおじさんの話では、四年前の部屋はすでに取り壊されたそうで、新しい部屋に案内された。
テーブルがいくつか用意されていて、皆、好きなところに座る。
俺は窓から海が見える上席に座らされ、向かい側はもちろんピア嬢だ。
って、あれ?、二人だけ。
キョロキョロしたらギディにウィンクされた。
いやいや、そんな心配りなんていらないんだが。
十三歳と十四歳なんだから、まだ早いってば。
恥ずい!。
「しかし、何事もなく公主宮を出られて良かったです」
料理が並ぶ前に、ラカーシャルさんが俺の側に来て小声で囁いた。
「ああ」
シーラコークの公女を連れ帰って、ブガタリア王国内を危険に晒すなんて、俺には出来ない。
もし、そんなことになったら、とラカーシャルさんたち諜報部隊と打ち合わせしていた。
いざとなったら、俺はシェーサイル姫を名指しして、この首を差し出すつもりだった。
ラカーシャルさんたち諜報部隊には、そのドサクサに紛れて、ブガタリアの者たちを逃してもらう計画を立てていたんだ。
少しでも逃げ延びる可能性を上げる、そのためのツンツンの認識阻害。
公主宮の外へ出てしまえば、ブガタリア民族なら普通の兵士には負けないし、ラカーシャルさんは預り所にも事前に合図を決めてあったからゴゴゴさえいれば逃げ切れる。
街が混乱すればするほどブガタリアの民族は結束するし、俺の首が飛んだと分かれば、静かに国が動き出すだろう。
外交問題?、戦争?、そんなもの、俺の首が飛んだ時点で今更だ。
武の国ブガタリアを舐めんなよってね。
まっ、これは俺と諜報部隊だけの秘密だけど。
シーラコークの魚料理はいつ食べても美味しい。
食事中のピア嬢は、軽い雑談はするものの、あまり話し掛けては来なかった。
「あの、コリル様」
食後のお茶が出て、やっと俺の顔を真っ直ぐに見て口を開いた。
「公主宮で何かあったのですか?」
俺はお茶を飲みながら笑顔で答える。
「ピアは知らないほうが良いことさ」
これはブガタリアとシーラコークの国としての交渉だ。
いくら外相の娘さんでも俺から聞いたとなると、さすがに友人以上の関係を疑われる。
そういえば、外相、ピア嬢のお父さんって公主宮のあの部屋に居たような気がする。
あっちから聞けばいい。
「ご心配なく。 双子の公子については一緒にブガタリアに来ていただくことになりました」
正式な手続きをした上で、今日中に大使館に来る予定だ。
「まあ、それは良かったですわね」
ピア嬢は俺のために喜んでくれる。
「今回はピアにはとても助けられた。
この食事や装飾品の宝石では足りないくらいだ。
本当にありがとう」
俺は座ったまま簡易な礼を取る。
「い、いえ、私は何も特別なことはしておりません。
それに、私のほうこそ、たくさん学ばせていただきました」
彼女も優雅に軽く礼を取る。
「それでも、あの、まだお時間がおありでしたら、是非」
言いにくそうなピア嬢の顔を見て、予想がついた。
「あ、ああ。 構いません、これから行きましょうか」
「はい!」
俺は立ち上がり、ピア嬢をエスコートする。
「コリルバート殿下?」
団長さんが訝しそうに俺たちを見た。
「ピア嬢と魔獣預り所に行くだけだよ。 夕方までには戻る」
ピア嬢と顔を見合わせて微笑む。
「楽しみですわ。 コリル様の騎獣はとても美しいですもの」
俺は弟たちを褒められて満更でもない。
しかし、ピア嬢は本当にゴゴゴが好きだな。
馬車で魔獣預り所へ。
「あの、服は着替えなくても良いのですか?」
そっかあ、公主宮へ行くため正装だったな。
うーん、防御結界張るから大丈夫だろうけど、念のため長衣だけは脱ぐ。
「ゼフ、おいで」
グロンは昨日、無理させたから、今日は休んでていいよ。
他のゴゴゴより一回り大きな身体をした、濃い茶と暗い赤の縞模様。
「まあ、可愛い」
ピア嬢の感覚がイマイチ分からないけど、可愛いは同意。
「どうぞ」と、手を取ってゼフの背に乗せる。
広く安定した平らな背中にピア嬢が驚く。
ゼフは人や荷物をたくさん乗せるのが好きだ。
俺は用意されていた鞍を乗せ、ピア嬢を座らせる。
「ゼフは働き者なんです」
滑らかな首筋を撫でる。
そして手綱をピア嬢に渡した。
「え?、私が?」
俺は優しく頷く。
「ゼフ、防御結界」
ブワッと一瞬の風と共にゼフと俺たち二人の身体が光る。
「準備が出来ました。 指示してやってください」
「は、はいっ」
頬を紅潮させ、興奮気味にピア嬢が答える。
「ゆっくり前進」
ゼフが動き出す。




