62・冷静というものは
「コリルバート、ちゃんと説明せんか」
父王、静かにゲキオコである。
そうなるよなあ。
俺がなかなか話し出さないので、ギディが「恐れながら」と口を開いた。
「部族長の息子が私の意識を刈り取り、気が付いたらテントの中でした」
東の部族のテントは三つあったので、その内の一つだと思う。
ギディは淡々と話し続ける。
「あの男は、コリルバート様をヤーガスアの王族に引き渡し、魔道具で操って、自分が実質の王になるのだと言っておりました」
ギリッと音がするほど父王が歯ぎしりしたのが分かった。
「ヤーガスアめ……」
父王、ちょっと怖い。
てか、ギディはどの辺から聞いてたの?。
もしかして、最初から最後まで気が付いてたんじゃ。
ま、不味い。
ちょっとワクワクしてたのバレてるんじゃない?。
「コリルバート様は縛られたままの状態でしたが、剣を抜いた男に体当たりして私を助けてくださいました」
うおっ、ギディが突然涙ぐんだ。
その後をエオジさんが引き継ぐ。
「私がテントを探っていると、一つのテントからヤーガスアの者が何人か飛び出し交戦状態になりました。
そのうちの一人がコリルバート様を抱えて、壁を駆けあがり」
エオジさんがそこで息を整えた。
「壁の上から、殿下をヤーガスアへ、放り投げたのです」
ヴェズリア様が小さく「ヒッ」と叫んだ。
イロエストから来たヴェズリア様は東の国境の砦を通ったはずだ。
その時に、あの壁の高さを見たから知っていたのだろう。
壁の外側は普通に山の斜面で、下が深い森だからね。
「そ、それで」
声が少し震えている。
ヴェズリア様、俺はちゃんと生きてるってば。
「そこへコリルバート殿下の大鷲が飛んで来て、殿下をお救いし、事無きを得ました」
室内の誰もがホッと息を吐いた。
「私は今でもあの光景を夢に見ます」
エオジさん、やめて。
「あの男が縛られて動けない殿下を空中に放り投げた時、私の命も終わったと思いました」
噛み締めた白い唇を震わせる。
「大鷲が殿下を受け止め、壁の上に戻った時、私は神に感謝したのです」
俺は、真っ先に駆け付けてくれたエオジさんの顔を覚えている。
悔しさと喜びでグチャグチャになった顔を。
「私は護衛どころか、ブガタリアの武人として失格です」
やめてったら、絶対そう言うと思ったんだから!。
くそっ、やっぱりこんな展開になるんだって分かってたけど。
「ガザンドール国王陛下」
俺は声を上げる。
落ち着け、身体は子供でも俺の心はもう大人なんだから。
「私はそもそも、この行商が東の部族の状況を確認するためのものだったのだと思います」
王家に対する敬意が薄くなってきている東の部族に危機感を覚えた祖父様が、俺を行商に行かせて試したのだ。
俺をどう扱うのかを見るために。
「出立前、王宮の許可は取っているとマッカス様は言ってました」
どこまでが王宮の指示だったのかは知らない。
だけど、今回の行商は祖父様だけじゃなく、王宮も絡んでの依頼だったんじゃないのか。
「陛下もご存知だったんですよね?」
可愛らしく首を傾げれば父王がぐぅと唸った。
「危険は承知の上だったんでしょう?。 私は知りませんでしたけど」
「い、いや、こんなことになるとは思ってもいなかったぞ」
第二王子である俺に敬意を払うのか、ただの行商人の孫として扱うのか。
それを見るためだけのはずだった。
「じゃあ、王家の偵察部隊が報告を怠ったんでしょうね」
情報収集の腕が悪いんだとは言わないけどさ。
ヤーガスアとの繋がりを見破れなかったのは事実じゃん。
「そうだな、そこは王国軍の力が及ばず、申し訳なかった」
危険だと分かっていれば俺を行商に出すこともなかったはずだから。
俺はエオジさんを振り返る。
膝をついたままのエオジさんが驚きの顔で俺を見ていた。
砦の中にたくさんの兵士がいても、一番活躍してたのはやっぱりエオジさんだった。
俺はそれを知ってる。
「エオジさんは護衛失格なんかじゃありませんよ」
それをいうなら、一番失格なのは俺なんだ。
「陛下、私は皆様に謝らなきゃいけないことがあります」
子供だから許してもらおうとは思ってない。
叱られても殴られても仕方ないと思っている。
俺は玉座の前で跪く。
「本当はテントに連れ込まれた時、私は、その、実は」
皆の目が俺を注目している。
「相手を倒すことは出来たんですよねー」
「はあ?」
ヴェルバート兄が変な声を上げた。
他の皆の顔がポカンとしている。
「おい、それはまさか」
父王の顔が引きつって、ピクッとした。
「あー」と俺の後ろでエオジさんが声を出した。
「あれか。 だからお前のツンツンが、わざと俺の邪魔をしてたのか。
あの男が何をするのか、確かめるために時間を稼いで」
俺はテヘッと笑って頷いた。
「そういうことです」
だから「すみませんでした」と、深く頭を下げた。
少しの間、沈黙が続いた。
「そうか」
父王の言葉が静かに部屋に響く。
「話は分かった。
後日、東の砦から罪人と責任者が到着次第、また話を聞く。
それまで休養を言い渡す」
ん?、謹慎じゃないの?。
俺は顔を上げて父王の顔を見た。
ハアッと大きく肩で息をした父王が俺の顔を見て微笑む。
「この件の一番の功労者はお前だ、コリルバート。
そんな者に罰などあり得ない。 褒賞はまたいずれ、今はただ休め。
エオジ、ギディルガ、お前たちもだ」
「はっ」
「ありがとうございます」
二人が下がろうとしたので、俺も一緒に出ようとした。
「コリルバートはこちらへ」
ヴェルバート兄がうれしそうに手招きする。
やっぱりそうなりますよねえ。
王宮の奥にある、王族だけの部屋が並ぶ廊下。
兄様から「カリマ母さんに会っておいで」と言われ、頷いた。
俺は母さんと妹のいる部屋へ顔を出す。
「コリル、お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
母さんはやさしく抱き締めてくれる。
「疲れたでしょう、お風呂はどうするの?」
「大丈夫、帰って来てすぐに水浴びしたから」
俺は、セマを見ている間に用意された柔らかな室内着に着替えさせられた。
うーん、これは今日はこっちに泊まれってことだな。
「夕食はこちらで用意するわ。 ギディルガにも伝えてあるから」
「あー、うん」
妹のセマは最初は不思議そうな顔で俺を見ていたけど、そのうち慣れてしまった。
侍女や母さんがセマの世話に追われていても、俺は口も手も出さない。
どうすればいいか、分かんないしな。
そして、そんな俺に文句を言う者もいない。
それがブガタリアの日常だからだ。
その夜は母さんと妹の三人で、初めて同じベッドで眠った。
赤ん坊が気になって眠れないかと思ったけど、そうでもなかったな。
母さんが傍にいたから、俺は安心してたのかもしれない。
大人しく寝ている妹を見ていたら母さんが俺の髪にそっと触れてきた。
「本当に、大きくなったのね、コリル」
「母さん」
母さんの目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「あなたが、死んだら、どうしようって、ヒック」
俺は髪を撫でていた母さんの手を握った。
「母さん、俺はちゃんと生きてるよ」
母さんの手を俺の頬に当てると、ほんの少し微笑んでくれた。
「ふふふっ、皆、驚いていたわ」
「え?」
「コリルが死にそうな目にあったのに、いつも通り冷静で、すぐに商売の話を始めたって聞いて」
あー、砦の件かあ。
「だって、他にすることがなかったから」
きっとエオジさんがチクッたんだな。
俺はちょっと拗ねた顔になる。
「あんなことがあったのに、泣きもしなかったって」
「あー、まあね」
俺はたまに前世での、あの橋から落ちた時の絶望感を思い出す。
何も出来ない、あの恐怖にまた襲われても、今の俺は目の前に助かる術があるのを知っている。
だから、きっと諦めずに手を伸ばす。
「だって、俺はブガタリアの男だからー」
大丈夫、まだ生きてるよ。