6・妃というものは
小国ブガタリアは平地はほぼ無いが、谷の底は幅広い街道が一本、東西に真っ直ぐ伸びていた。
国の中心にある王都の真ん中を街道が通り、その道沿いに小さな町や村が点在している。
王都の外は魔獣がいる森が多く、街道は魔獣避けの魔法が掛けられ、険しい山を抜ければ他国領。
東と西の国境には砦があり警備兵が常駐していた。
国土が四方を山に囲まれた谷間にあるため、建物は斜面に並んでいる。
王城も例外じゃない。
ブガタリアの王宮は王都の北側の斜面にある。
小さな国なので、王宮の規模もそんなに大きくなかった。
王宮を囲む城壁の南に大通りから入る表門。
そこから長い長い階段があり、城内は三段に分かれていた。
結構高い位置に王族の居住区があり、執務棟はその下の二段目。
兵舎や訓練場、物品納品棟は一番下で、城門に近い。
魔獣の厩舎は一番上段に王族用と騎士隊用。
一番下の段に普通の兵士用や荷物運搬用など雑用に使われる魔獣の厩舎がある。
階段が長いため、身体を鍛える目的以外は騎獣を使って往復している。
ゴゴゴたちが上り下りするので階段は広いが、勝手に山の斜面を走っているヤツも少なくない。
まあ、派手にやると怒られるけど。
俺は今、療養のため、ほぼ家から出られない。
あんまりにも暇なので国や街の地図を眺めている。
そんでもって、それを頭に入れてエオジさんから単眼鏡を借りて見た景色は、前世で見た段々畑が全て建物という感じだった。
いや、畑も家畜小屋も皆同じような段々にあるんだけどね。
なんかこう、全体的にゴチャッというか、ギュッと詰まった感じで並んでいる。
王城の南に街が広がり、北の裏門から出るとすぐに森。
俺がいつも魔獣たちの餌を探してる場所だ。
つまり、裏門は一番高い位置にある王族居住区の唯一の出入り口になる。
だからグリフォンの通り道なんだって。
もちろん、俺たち親子の離れも王族の居住区にあるけど、どちらかというと、王族に何かあった時に駆け付ける使用人枠だ。
何しろ厩舎の近くにあるんだから、本来なら側妃が住むような場所じゃない。
でも、おかげで魔獣に関しては助かっている。
「内緒だぞ」
と言って、じいちゃんが雛さんや弟たちを連れて来てくれるんだ。
弟たちは大き過ぎて家に入れないから、外から壁を伝って俺の部屋の窓に顔を見せてくれる。
母さんには不評だけど、ゴゴゴ可愛いよ?。
護衛のエオジさんも暇らしい。
ちょくちょく顔を出してはお茶を飲んでいる。
この人、なんと母さんの従兄弟だった。
まんま親戚のおじさんやん。
年齢が分からなかったからオジサンって呼ぶのを控えてたけど、いらん配慮だったな。
オジサンはまだ独身で、王城内の兵舎で生活しているそうだ。
元騎士だし顔も悪くないのにモテないんかな?。
俺の母親カリマは側妃、つまり国王の第二夫人になる。
詳しいことは知らないけど、父王とは乳母兄妹で幼馴染。
成人前から王宮内で侍女見習いを始め、王妃が他国から来たときに気に入られて王妃専属侍女になったそうだ。
今でも仲良しらしい。
正妃と側妃が仲が良いのは珍しいみたいだけど、良いものは良い。
王妃は自分の国からは誰も連れて来ていなかったと聞いた。
「そんなんで輿入れって出来るの?」
外交問題じゃん。
「はあ、あの王妃もなあ、ちょっと曲者なんだよねえ」
エオジさんが頭を掻く。
「曲者って?」
「ああ、最初は正式なもんじゃなくて、勝手について来たんだよ」
えっ、王妃様、押しかけ女房だったのか。
エオジさんの話によると、父王はまだ王太子の頃、他国を回って修行してたらしい。
ヴェズリア様の国に滞在中に当時の王の訃報が入って急遽帰国することになった。
その時、何故か道案内として同行したのが、その国の第三王女だったヴェズリア様。
ブガタリアに到着してから知らされ、国側も驚いたが、父本人も実は王女だと聞いて慌てたらしい。
葬儀や王位継承の式典のためバタバタしていたこともあり、有耶無耶のまま月日は流れる。
「向こうの国は何も言って来なかったの?」
俺が首を傾げると、エオジさんは頷く。
「王妃様って、かなり頭が回るって話は聞いてるだろ?」
うん、父王の代わりに政務もやってるんだよね。
「ちゃっかり向こうの国に了承を取りつけた上で、代表として式典に参加。
その後、交易用の視察だとか言って、そのまま居座ってさ。
ガザンドール様の仕事をサラッと手伝ったりしてたんだ」
「あー、その間に既成事実とか?」
「……お前、子供のくせに言い難いこと平気で言うなあ」
エオジさんが苦笑いする。
気付いたら、どっちの国も彼女を王妃として認めざるを得なくなったと。
まあ、父王はまだ若かっただろうし、脳筋だから断れなかったんだろうなあ。
でも、母さんはどうなるの?。
「当時のカリマには、その気は無かったっていうか、ガザンドール様の片想いだったんだよな」
幼馴染で王宮侍女見習いだった母さんは、身分違いをちゃんと理解してたってこと。
従兄弟だけあって、エオジさんは母さんのことは良く分かってた。
「ヴェズリア様もそのことは承知の上で、カリマにも説明してたよ」
「説明って、何を?」
「ヴェズリア様とガザンドール様の結婚は契約結婚で、子供さえ産まれたら向こうの国も諦めるだろうから、それまで我慢してくれって」
「はあ?」
ヴェルバート兄が産まれてすぐに父王は母さんを口説き出したらしい。
「本当は愛しているのはお前だけだ」とか、なんとか言って。
でも、それじゃあヴェルバート兄はただの言い訳の道具なの?。
「ばっかじゃないの」
俺は少し腹が立った。
「まあ、そう怒るな。 ガザンドール陛下もあれで苦労してるんだ」
一国の王なんだから苦労するのは当たり前だと思うよ。
それを言い訳にしちゃいけないでしょ。
だって、王様って口に出さなくても周りが勝手にお膳立てしちゃうでしょうが。
「はあ、コリル。 お前、本当に七歳か?。
なんでそこまで理解しちまうんだよ」
つまり、母カリマは自分の意思に関係なく、周りからの圧力で側妃にされたんだろう。
父王の望むままに。
「でも勘違いするな、コリルバート」
エオジさんは真剣な顔で俺の目を見た。
「ガザンドール様は確かに脳筋だが、ヴェズリア様も、カリマも、ちゃんと愛していらしたからお前たちが産まれたんだぞ」
俺は目を逸らす。
そんなこと、信じられるか。
王太子を好きで他国までついて来た王女様。
その王太子が好きだったのは幼馴染の侍女。
侍女は身分違いと分かっていて、王太子のことは恋愛対象外だった。
ただの一方通行が三つあっただけだ。
「まあいい。お前にはまだ早い。
そのうち分かるようになるさ」
エオジさんは頭を掻きながらため息を吐いた。
俺にはずっと分からなくてもいいと思う。
父王の立場じゃ恋愛なんて自由に出来やしないのは分かる。
じゃあ、何で好きな女性がいるのに目の前で別の女性と結婚したのか。
好きな女性の幸せを考えるなら、母さんを王宮から遠ざければ良かったのに。
一夫多妻がこの国の常識なのかもしれないけど、あー、なんかイライラする。
俺の機嫌が悪くなったからか、エオジさんは「またな」と、バツが悪そうに出て行った。
しばらくして、エオジさんに何か聞いたのか、母さんが部屋に入って来る。
「コリル」
ベッドの横に座り、俺の頭を優しく撫でる。
「私のために怒ってくれたんだって?」
顔を背けた俺を母さんはクスクスと笑う。
「私はあなたの方が心配よ」
女性にしては逞しい働き者の腕が、俺の頭をそっと抱き込む。
「そんなに急いでどこへ行こうとしているのかしら」
問い掛けるというより、母さんは独り言のように小さく呟いた。