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57・母親というものは


「私には二人の母親がいます。


イロエスト育ちの母と、ブガタリア育ちの母です」


不敬にならないよう名前は伏せる。


本当は前世の母親も混ざってるかもしれない。


俺自身の母親観だからな。


「二人の違いは色々あるけど、私に分かるのは」


子供の俺が感じる違いは。


「子供に対する教育というか、しつけかな」


唯一の女性で既婚者である秘書官さんが身を乗り出して聞いている。




 国によって子育ては違う。


それは厳しい気候や周りを魔獣の森に囲まれたブガタリアの子供と、大きく発展した都会で、魔道具や魔法を使って生活するイロエストの子供では違って当たり前だ。


「ブガタリアの母は、基本的には私が何をしても怒らないし、黙って見てる。


そして、私を叱るのは父の役目で、母は子供が殴られていてもかばったりしない」


それは当たり前だとほとんどの者が頷く。


皆、ブガタリアの民族だからね。


「でも、イロエストの母は違う。


子供の教育は母親の役目で、子供が嫌がっても将来のためだと言って我慢させる。


そして父親が叱ると止めるんです。


殴ったりすれば、もう父親が悪者にされます」


心あたりがあるのか、部族長が顔を逸らす。




 イロエストの話は実はほぼ作り話だ。


王宮でのヴェズリア様は、ブガタリアの教育に合わせようとしていた。


嫌味従者に邪魔され、ブガタリアの躾は野蛮だと決めつけられて、父王は口出し出来なかった。


そこから推測しただけ。


おそらく、そんなにかけ離れてないと思うよ。


 そんな中でもヴェルバート兄があんなに真っ直ぐに育ったのは奇跡だ。


確かに気が優しくて無理しないのはブガタリアの子供らしくないけど、その分、俺が無茶苦茶してるから、やりたくても出来ないのかもしれない。


ごめん、兄様。




「それで弱体化というのは?」


エオジ兄はまだ分からないらしい。


「東の部族ではヤーガスアの出稼ぎが増え、その人たちを嫁にもらう者も増えたでしょう。


ブガタリアの男性は女性に弱いというか、何か言われるとそれが正しいと思ってしまう」


「それが悪いのですか?」


ほとんど俺とエオジ兄夫婦との会話になっている。


「ブガタリア育ちの母は、父の教育方針には決して口を出したりしない」


それが良いとか悪いとかではなく、ブガタリアで生活するためには必要なこともあるってこと。


それを他国育ちの女性に否定されたら。


その女性のことを好きな男性なら、嫌われたくなくて言う事を聞いてしまうだろう。


「それが東の部族の弱体化……」


「だと、思う」


皆、子供の考えを熱心に聞き過ぎじゃない?。


何だか怖くなってきたんだけど。




「だって、あの部族長の息子は力より魔道具に頼っていた」


容姿通り母親がヤーガスア出身かもしれない。


部族長の妻なら、ある程度の身分のある女性だろう。


もしかしたら、そういう家ほどイロエストの影響が強いんじゃないかな。


 ヤーガスアのそんな環境で育った女性たちが東の部族で増えた。


食堂の騒動のときに見た部族の他の若者たちも、ブガタリア民族では見られない髪や瞳、肌の色をしていたしね。


 イロエストは一夫一妻だったはずだ。


嫌味従者が一夫多妻は野蛮だと文句を言ってたからな。


あれは自分がモテないひがみもあったとは思うけど、本音でもある。


だけど、ブガタリアの優秀な遺伝子は今までそうやって繋がれてきたんだ。


イロエストの考えを取り入れてしまったら、ブガタリアの過酷な環境に耐えられない子供が増えていく。


それが弱体化なんじゃない?。


 東の部族自体は、もうすでにブガタリアの民族という意識が薄れたのかもしれない。


それが『王族に対する不敬』に表れている。




「な、なるほど。


殿下はこの二、三日でそこまで分かったというのに。


ここに赴任して五年になる私は何をしていたのだ」


エオジ兄が頭を抱えてしまった。


「あー、ほら、毎日見ている自分の子供の変化は気づきにくいけど、たまに会う親戚の子供の成長に驚くってあるじゃないですか。


外から見たほうが見える事ってありますよ」


慰めてみたけど例え話はテキトーだから自信無い。


間違ってたら、ごめん。


「コリル、お前、本当に十一歳か?」


エオジさんが突っ込んでくれる。


えーっと、十四、足す、十一、で、二十五歳です。


内緒だけど。




 俺はホーディガさんを見た。


どうやら商売の話し合いのほうは終わったらしい。


「エオジさん、王都からの遣いが到着するのは明日でしたっけ」


「ああ、予定通りなら、夕方までには着くな」

 

片道二日、伝令が出てから明日で四日。


「じゃあ、明日は弟たちと狩りに行っても良い?」


ずっと砦の中だったから、少し運動させたい。


夕方までに戻れば良いよね。


エオジ兄が頷く。


「構わないと思うよ。 後でこの辺りの地図をあげよう」


「ありがとうございます」


俺の笑顔が気に入らなかったのか、エオジさんがブスッとしていた。


「さっき死にかけたくせに、もう笑っていやがる」


聞こえなーい。




 部屋の中で簡単な夕食を済ませる。


誰もあまり食欲は無さそうだし、俺にとっては都合が良かった。


ハムを挟んだパンに果物とスープ。


後は食後のお茶くらいだ。


「じゃ、おやすみなさい」


俺とギディは先に部屋へ戻る。


はあ、もうなんか疲れちゃったよ。


早く寝たい。




 ゴロンと硬いベッドに横になる。


すぐに眠くなると思ったけど、隣のギディが気になって眠れない。


「どうしたの?、ギディ」


「いえ、何でもありません」


毛布を被っていても起きてるのは分かる。


昼間のこと、気にしてるのかな。


 護衛の仕事は、ギディの年齢にしてはがんばったと思うよ。


本当はテントに連れ込まれても、俺ならツンツンや魔法を使えば逃げられたし、相手を捕まえることも出来たかもしれない。


それをしないと決めたのは俺自身だから、ギディは何も悪くない。


「だから」


「いえ、それは分かってます」


ギディは真っ直ぐに天井を見ている。




「コリル様は、問題は二つとおっしゃったのに、嫁不足と弱体化は繋がっていますよね?。


問題は、もう一つあるんじゃないかと考えていました」


なんか、ギディの言葉遣いが最初の頃に戻ってる。


最近はもう少し砕けてたのに。


「うん。


もうひとつは、ヤーガスアが砦を無効化しようとしていたことだ」


「砦を?」


ギディが目だけをこちらに向ける。




 国と国の問題は子供の俺にはどうしようもないので考えない。


でも砦内部の問題は、ブガタリアの問題なのだ。


「俺はシーラコークで色んな魔道具を見たし、触ったりした。


でもそれは生活を便利に、安全にするための物だった。


だけど、今日見た魔道具は完全に悪意で作られている」


それが怖かった。


「えっ、コリル様が怖い?」


ギディが目を見開いて、今度は顔をこっちに向ける。


「俺だって怖いものはあるよ」


弱点になるのは嫌だから滅多に言わないけど。




 東の部族の弱体化はおそらく何十年も前から始まった。


それが意図的だったのか、偶然だったのかは知らない。


 だけど、砦の悪意はごく最近のものだ。


「東の部族があんな状態だから利用されたのかもしれないが、魔道具に関しては明らかに仕掛けた奴がいる」


バカ息子が言ってた「ヤーガスア王家の遣い」が気になるけど、今の俺にはどうすることも出来ない。


「部族長の息子は証人になる」


逃したくない。


「そのためにギディを危ない目に遭わせた。


ごめん」


俺自身は弟たちやエオジさんが守ってくれるだろう。


だけど、平民で従者でしかないギディは俺が守らなきゃいけなかった。


「ギディが、ぶじ、で、よかー」


瞼が重くて目が開かない。




 たぶん、ギディの手だと思う。


優しく髪を撫でられて、俺はそれ以上睡魔に勝てなかった。


ただ、さっきまでの恐怖が少し和らいだのを感じる。


ありがとう。 生きていてくれて。


俺の夢の中で誰かが泣いていた。



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