52・伝令というものは
俺は、混血が悪いとか、見かけが違うからどうとか言ってるわけじゃない。
彼らは俺と同類だ。
ただ生まれただけで、それを利用される。
本当の恋愛ならいいさ。 だけど相手を利用するのは違うだろう。
「私は女性を女性としか見ない男性は嫌いです」
秘書官さんは手を握りしめ、俯いていた。
「ええ、分かります」
ブガタリアで女性の地位はそんなに高くはない。
王妃であるヴェズリア様が政務を行えるのは有能なことと、正妃という立場があるからだ。
女性は家庭で子供を産んで育てるもの。
確かにそれは大切なことだし、国にとっても重要なことだ。
だからこそ男たちは女性を守る。
一夫多妻も結局のところ、収入の無い女性たちを危険から守る制度なのだ。
「私の母は側妃ですが、今でも王宮で侍女として働いています」
秘書官さんが顔を上げて俺を見る。
「父王に頼ることなく、いつも真っ直ぐに自分の生き方を歩いている女性です」
周りから頼まれて仕方なく側妃になった人だ。
それでもその運命に立ち向かい続けている。
「私は母を尊敬しています」
少し照れるけどね。
秘書官さんの顔が少しだけ和らいだ。
エオジさんが書類を漁っている。
国境を越えるには明確な受け入れ先が必要だ。
「これとこれ、部族の受け入れが多過ぎないか?」
エオジ兄が困った顔をしながら答える。
「部族長からの要望で仕方なく許可した」
俺はもう一つ訊ねた。
「この砦内で働く女性の身元はどのくらい把握していますか?」
「あー、その、地元の部族から保証されているので」
つまりはろくな身元調査もしていないということか。
「すぐに女性たちを集めて調べてください。
ヤーガスアからの出稼ぎなら部族へ通達して返しましょう」
国境から直接入れないだろうから、おそらく東の部族経由のはずだ。
俺は女性秘書官に向けて頷いた。
「ありがとうございます、殿下」
彼女は俺に感謝の礼を取る。
正式な美しい礼だった。
そんな教育をされていたということは、彼女も元々は名のある家の出身なんだろうな。
バタバタと女性秘書官の足音が遠ざかって行く。
伝言を終えたギディが入れ替わりに戻って来て、お茶を入れ替えてくれた。
もうお腹チャポチャポだけどね。
それでも喉が渇いた気がして、お茶を口に含む。
「大丈夫ですか?、コリル様」
疲れているのが分かるのかな。
ギディが優しい。
「俺は大丈夫だよ。
それより事務方の護衛がいたね。 彼を呼んで、エオジさんを手伝ってあげて」
エオジさんはエオジ兄の書類を取り出しては確認している。
「分かりました」
ギディが部屋を出て行った。
その時、俺の足を何かが突いた。
キュルン
あれっ、なんでツンツンがいるの?。
気を利かせたギディが連れて来たのかな。
キュルキュル
どうも勝手について来たっぽいな。
しょうがないなあ、うちの弟たちは。 撫で撫で。
俺の膝に乗って来て、くるりと身体を丸める。
艶やかな緑色の皮を撫でていると、ツンツンに気づいたエオジ兄が一瞬ギョッとした顔になった。
「可愛いでしょ?」
俺が微笑むとエオジ兄がうれしそうに笑って、
「見せてもらってもよろしいですか?」
と、傍に来た。
「どうぞ」
ツンツンは俺の膝の上に乗ったままなら、エオジ兄が触るのを許してくれる。
「ふわあああ、可愛いですなあ。 こんなゴゴゴもいるとは」
この人、悪い人じゃないんだけどな。
ゴゴゴのことしか頭になくて、他は人に任せっぱなしなんだろう。
その後、ホーディガさんも事務方の青年と一緒にやって来て手伝ってくれた。
書類仕事から解放されたエオジさんが俺の隣にドカリと座る。
「ふわああ、つっかれた」
「まだ終わってませんよ?」
ギディがそう言うと、エオジさんは「お前に任せる」と手を振っていた。
結局、夕食もこの部屋で書類調べをしながら食べた。
責任者の男性は妻である女性秘書官に呼ばれて、ずいぶん前に出て行ったが帰って来ない。
「仕入れの量が極端に少なかったのは、ヤーガスアに流れたということか」
ホーディガさんが書類を見ながらポツリと零した。
「部族長の判断しだい、というところかな」
エオジさんが答える。
そうだよねえ。
その可能性はあるけど、そこはほら、国と国との問題になるからここでは無理。
でもあの部族長の息子を見てると不安になる。
「ここから、その東の部族の町まで何日かかりますか?」
俺の質問にホーディガさんが顔を上げる。
「丸一日あれば着きます」
近いな。
「大きな町なの?」
「そうですな。 王都までとはいきませんが、先日の宿場町の倍以上はあるかと」
ブガタリアは国土自体が狭いため、大きな町といってもそんなに人口は多くない。
「行かれるつもりですか?」
エオジさんや事務方の青年まで手を止めて俺を見る。
「いえ。 ほっといても向こうから来るでしょう」
今夜にでも女性たちの判別が終わり、テントに返されるだろう。
そうすれば伝令が町へ向かい部族長に知らせる。
「早ければ明日の夜。 遅くても明後日の朝には何かあると思います」
何かは分からないけどねー。
さて、俺の出番かな。
寝るための部屋へと移動する。
砦の中がザワザワどころではない、ガヤガヤしている。
「ホーディガさんたちは先に戻ってください。 俺はちょっと用事があるので」
そう言って離れるとギディとエオジさんが付いて来る。
まあ当然か。 護衛だしね。
俺は砦の塔から出て壁に向かう。
壁に突き出している階段を上って、早朝に走った壁の上に出る。
すでに薄暗い闇に包まれている森のその向こう、俺はじっと王都の方角を見ていた。
国の地図は頭に入っている。
怪我をして外に出られなかった間、ずっとエオジさんと地図を見ていたからね。
大雑把な地図だったけど、ここまで来る間もずっと王都の場所を意識しながら走って来た。
ツンツンが俺の足元から背中へと昇る。
「頼んだよ」
キュル
両手を広げ、魔力の方向を指定すると俺の魔力感知がツンツンによって強化されて広がって行く。
「うげ、なんだこれ」
エオジさんが気分が悪くなったようだ。
ごめんね、ちょっと我慢してね。
来た、感じる、テルーだ。
「テルー、俺が分かる?。 パパはここだよ」
【パパー】
声が聞こえた気がした。
「パパのいる場所を覚えるんだよ」
これでいい。
息を吐いて肩の力を抜くと、俺はツンツンを撫でた。
割り当てられている部屋に戻って硬いベッドで眠る。
扉の向こうはまだドタバタしてるっぽい。
エオジさんがピリピリしてるけど、この部屋はもう防御結界張ってるよ。
ツンツンはゴゴゴたちの溜まり場へ返した。
誰かが手を出すかもしれないからね。
グロンがいるから滅多なことはないと思うけど。
あいつは攻撃はしないけど威圧はする。
かなり怖いらしい。
エオジさんでもグロンに睨まれると動けないって言ってたからね。
夜明け前、俺は目が覚めて起き上がる。
気配に気づいたのか、眠れなかったのか、エオジさんも起きた。
俺が着替え始めると黙って同じように着替えて、俺が廊下に出ると付いて来る。
慌てて起きたのか、ギディがバタバタと着替える音が聞こえた。
昨日と同じように壁を上る。
広場を見下ろすとテントの周りに寝転がってる者が何人もいるのが見えた。
俺は薄暗いのは慣れてるから見える。
たぶん女性たちを中に入れて、男たちは外で寝たんだろうな。
それだけ砦に入り込んでいた女性たちが多いということだ。
すーっと深呼吸。
軽く柔軟体操。
行こうか。
ゆっくりと走る。
徐々にスピードが上がり、隣の山に着くころにはいつもの速さになっていた。
ギディが追い付き、二人で走る。
エオジさんは登って来た階段の側で下を見ていた。
誰か来たのかな?。
いや、違うか。 来るかもって予想して動いてるんだな。
俺に直談判しそうな奴が一人いる。
すみませんが見張りよろしくー。
タタタタターッ




