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37・褒美というものは(別視点)


 ヴェルバートにとって、二つ歳下の弟は可愛くて仕方がない存在だった。


同じ王宮の中で自分より小さなものが、弟しかなかったからかもしれない。


何も出来ない赤子をただ可愛いがって、連れ回し、世話をする。


それを周りの大人たちはニコニコして「ご立派です」「偉いですね」と褒めてくれた。




 だけどヴェルバートが五歳くらいになった頃、弟とその母親は王宮から出て違う建物で暮らし始め、あまり会わせてもらえなくなる。


「ヴェルバート殿下のお勉強の邪魔になりますから」


いつも側にいる従者からそんなことを言われても、ヴェルバートは納得出来なかった。


弟はヴェルバートの勉強の邪魔をしたことなんてないのに。


「じゃ、お勉強がんばったら会っていいんだよね」


がんばった。


ヴェルバートはメチャクチャがんばった。


弟が大好きで早く会いたかった。


柔らかい髪や手や、あの小さくて丸い顔も瞳も、ヴェルバートの癒しである。




「コリル!」


やっと弟の家に遊びに行くと姿が見えない。


探してもらうと、弟は母親の手伝いをしていた。


小さな身体いっぱいで動き回って、そしてヴェルバートを見ると笑顔で飛んで来る。


「でんかー」


「コリルー」


ひしっと抱き合う。


ああ、癒される。


「コリル、次はこれよ。 あら、殿下」


だけど、ヴェルバートは自分が弟の仕事の邪魔になっていると分かってしまった。


「また来るね」


「うんっ、またねー」


可愛い弟の邪魔はしたくなかった。


ヴェルバートは涙を拭ってトボトボと部屋へ戻って行った。




 それから数年が経過した。


ヴェルバートと弟との関係はあまり変わらない。


弟の毎日の予定は頭に入っている。


こちらの時間を合わせて行動し、弟の居そうな場所へ顔を出す。


僅かな時間でも、その小さくても元気いっぱいの姿を見るだけでヴェルバートは癒された。




 だけど、あの小さかった弟は、いつの間にか俺の上をいってしまったようだ。


ある日、ヴェルバートは自分の側近だった男性が弟をイジメていたことを初めて知った。


何食わぬ顔でサラリと弟は長年の痛みを暴露する。


自分も、王妃である自分の母親も、唖然とし、いきどおった。


 ある日、イロエストから試験官が訪れ、自分は余裕を持って合格出来た。


だけど正念場はここからだ。


 ヴェルバートは叔父であるイロエストの王弟殿下に向かって、従者が長年に渡り自分の弟に理不尽な態度を取り続けたことを糾弾した。


そうして、自分と同じように試験を受けさせることを要求する。


すると試験を受けた弟は、ヴェルバート以上の結果を出す。


素晴らしかった。




 ヴェルバートは涙を堪えた。


今ここで自分が涙など見せたら、弟に先を越されて悔しくて泣いているようにしか見えないだろう。


でも違うのだ。


ヴェルバートは知っている。


弟は、コリルバートは、ただ前を向いている。


将来なりたいもの、本当に必要なものをハッキリとその小さな身体で、その丸い瞳で見つめ続けていた。


あんな真っ直ぐな弟を遮るものを排除してやりたい。


ヴェルバートはそう思った。




 しかし、反対に自分はいつまでも不甲斐ない。


弟が他国へ十日ほど出かけている間に、魔術書の解読の手伝いを弟の先生に頼んでみた。


弟が読んでいたものに触れ、改めて弟の優秀さを知る。


そして、戻って来た弟は新たな魔獣を手に入れていた。




 何故、王太子になってもグリフォンの信頼を得られないのか。


宣言から二年が経っても、自分は空へ舞い上がることも出来ずにいる。


それなのに、弟から作戦を打ち明けられ、父や母の力を借りて実行に移せば、あっさりと空の一部になれた。


ああ、コリルバート。


お前はなんてすごいやつなんだ。


いつも心のどこかで「王太子に相応しいのは弟かもしれない」と思っていたけど、グリフォンから見た世界にはコリルはいなかった。


 そりゃそうだ。


弟は、この小さな国だけでは収まらない。


きっと、もっと遠くまで行ける才能がある。


だから自分はそのために、この国の王太子となって、あいつにはやりたい事をやらせてやろう。


ヴェルバートは、そう決意したのである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ブガタリアの豪商マッカスは、その報せを聞いて顔を険しくした。


「やはり、あの孫はこの国を望んでいないのだな」


自分の可愛い孫であるコリルバートは、腹違いの兄である王太子に力を貸し、グリフォンの信頼を兄に与えた。


もし、あの金髪の小僧ではなく、相手が可愛い孫だったとしてもグリフォンは信頼を与えたに違いない。


マッカスは孫がこの国を見捨てたような気分になる。


「コリルにとって、この国をもっと魅力のある国にしなければ」


いつか、この国から孫が去って行ってしまわぬように。


何かないか、何なら孫をこの国に留めておけるだろうか。


マッカスは悩み続ける。




 孫のコリルバートの十歳の祝いが近い。


何が欲しいかと聞いても「また商隊で他国へ連れて行って欲しい」と言う。


ああ、それはダメだ。


またお前は違う国で楽しみを見つけてしまうだろ。


マッカスは、翼のある魔獣を手懐けたコリルが、どこか遠くへ飛んで行く姿しか見えなかった。


失くしてしまったあの愛しい女性のように。




「そうか、誰か大切な者を身近に置いてやれば良いのではないか?」


母親では、いつまでも親離れが出来ないと思われても困る。


親ではない誰か。


「あのコリルをこの土地に繋ぎ止めるもの。


そうだな、無二の友人となれる者はいないか」


確か、あの孫は同年代の友人がいなかったはずだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 王宮の一室で国王の妃が二人。


懐妊中にも関わらず、二人とも忙しい。


「カリマ、そろそろ他の者に任せたら?」


執務室の窓際のテーブルに茶器を並べるカリマに、ヴェズリアは呆れながら声を掛ける。


侍女とはいえ、国王の子を身籠っているのだから、もっと身体を大切にして欲しい。


「ヴェズリア様、そのお言葉、そのままお返しいたします」


カリマはゆっくりと礼を取る。


いくら政務は座って出来る仕事とはいえ、王妃は働き過ぎである。


「いい加減にどなたかに押しつけてくださいね」


この場合の押し付ける相手は、国王と王太子になるだろう。


もちろん補佐は必要になるが。


「うふふ、そうね。 ブガタリアの女は働き過ぎだわ」


二人は窓辺の席に座り、お茶を飲む。



 

 コリルバートがシーラコークから戻った時、国内では噂が駆け巡っていた。


十歳にもならない子供が他国で大きな商隊に貢献した。


僅か十日前の出発の時は、コリルバートの騎乗する異様な黒いゴゴゴを見て眉を顰めていた王都の民が、戻って来た時には大歓迎で彼を出迎えた。


「申し訳ありません。


あれは私の父が孫可愛さに褒め過ぎたのが原因ですわ」


側妃カリマの父、コリルバートの祖父である豪商マッカスは、商隊の責任者であり、王都の一番大きな部族の長でもある。


そのマッカスが隣国から戻るなり、大袈裟にコリルバートの功績を吹聴したのだ。


 親としても褒めてやりたいところだったが、国王ガザンドールは外交上の問題からそれが出来なかった。


「父親が出来ないなら私たちの出番よね?」


ヴェズリアは笑ってカリマと二人、コリルバートを呼び出した。


王宮内にはなかなか入って来ないコリルバートだが、兄のヴェルバートに捕まると意外と素直について来る。


兄と弟を目の前に並べ、王妃は微笑む。


 この夏には兄になるのだと聞いて二人は喜んでくれた。


コリルバートは自分たちが願ったこととはいえ、いざ現実となると不安が残ると気づいたようだ。


部屋を出る前におずおずとヴェズリアの近くに寄って来た。


「ヴェズリア様、お身体は大切にしてくださいね」


前の出産の後、長い間体調を崩したことを知っていたのだろう。


「ありがとう」


ヴェズリアはコリルバートの言葉にうれしそうに頷いた。



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