35・空というものは
誤字報告ありがとうございます。
申し訳ありませんが、活動報告に誤字報告についてのお知らせを書きました。
よろしければご一読くださいませ。
その年の冬は、一度にドカッと谷が埋まるほどの雪が降った。
ブガタリア国は四方を山に囲まれた盆地で雪が溜まりやすい。
そして、谷底にある町や村では根雪に成りやすく、なかなか溶けないまま冬を過ごす。
国民は冬の間、大半が家の中で過ごし、春に目掛けて家具や武器防具など物を作る作業や修繕をする。
秋に行われる大商隊は、そのための準備に必要なものや食料を仕入れて来た。
そして、雪が溶ければまた商隊を組み、冬の間に作ったものを売り歩く行商となるのである。
俺は王城の三階層の内、一番上段の王宮のある階層に住んでいた。
王都の北斜面にあるが山の頂上に近く、雪はそこまで溜らない。
新雪が銀色に輝いた朝、俺は窓から外を見て目を見張る。
「うん、これならいける」
俺は密かにガッツポーズした。
すぐに庭に出て、弟たちと一緒に雪の中を転げ回る。
厩舎からじいちゃんが顔を出したのを見て、側に駆けて行った。
「じいちゃん!、そろそろ行けるよ!」
「おう」
じいちゃんが満面の笑みで俺を迎えてくれた。
でもその顔には少し隈が見える。
「ごめんね、やっぱり昨夜も徹夜なの?」
「お前は気にするな」
じいちゃんは俺の頭を撫でた。
ヴェルバート兄のグリフォン騎乗計画はすでに始動していたのである。
王宮の中を伝令が走り回る声がする。
次から次にゴツい冬装備を来た兵士や魔獣担当の作業員たちがやって来た。
俺は母さんに捕まってモコモコに着膨れ状態にされ、ツンツンとグロンを連れて厩舎を出る。
ゼフは寒いのが苦手で冬はあまり出歩かない。
せいぜいが俺たちと運動場で遊ぶ程度だ。
俺はツンツンを服の中に入れ、背中におんぶしている状態になる。
そして、防御結界を発動したグロンに騎乗した。
北門に隊列が並んでいる。
エオジさんが俺に近づいて来た。
「コリル、お前、その格好」
ププッて笑ってるのバレてるからな。
俺が睨むと顔を歪めたまま「カリマは心配症だからな」と、肩を揺らした。
「行くよ!」
ブスッとした顔で俺はグロンに指示をだす。
「あはは、待てよ、置いて行くな」
エオジさんが自分のゴゴゴに騎乗して、俺を追いかけて来る。
俺とエオジさんは先に出発してテルーの準備に向かうのだ。
あれから作戦に参加する者を選抜するのが大変だった。
冬に決行が決まって、その対策を父王と王妃様が考えて耐寒装備を揃えてくれた。
魔獣担当のじいちゃんは、ゴゴゴたちに移動中にも防御結界を張るように教育していった。
騎乗する御者たちにも同じように指導したが、どうしても長時間の魔法維持はかなり魔力を消耗してしまう。
「コリルバート様のゴゴゴたちを見ろ。
あの滑らかな皮膚は魔力を十分貯め込んでいるからだ。
お前たちも見習え!」
「えー、今からじゃ無理でしょ」
多くの御者たちが断念し、最終的には魔力補給用の高価な薬を購入することになった。
しかし、シーラコーク国への商隊で俺と同行していた者たちは、すでにゴゴゴたちと触れ合い、その体表面に魔力を多少貯められるようになっている。
短期間でも、やれば出来るのだ。
特にエオジさんのゴゴゴは俺の弟たちと同じくらいの滑らかな皮膚になり、魔力量も十分貯め込んでいた。
そのせいか、最近は必ずエオジさんが俺について来る。
ついて来れるのがエオジさんしかいない、ともいう。
「コリルは危なっかしいからな」
そうかなー?。
エオジさんの薄い茶色のゴゴゴと一緒に俺はテルーの巣へ向かった。
じいちゃんが見つけてくれた大木の巣穴は冬でも十分暖かい。
「テルー」
ピィーーー
声を掛けてから中へ入る。
謹慎が解除されてから、ほとんど毎日来ている。
巣穴の奥は、大鷲の魔獣であるテルーが翼を拡げても余裕がある。
グロンやゼフも何とか入れる。
でもそうなると他の害獣も入れてしまうので、俺はじいちゃんに相談して、グリフォンの幼体用の檻に使われていた気配遮断の魔法具を用意してもらった。
正確には魔力が入っていない魔道具。
魔力を貯めることができ、発動用のスイッチが付いている魔道具だ。
魔道具自体はそれほど高価ではなく、魔力を込めたり、魔法をセットするのが難しいので完成品は数が少なくてバカ高い。
「俺にやらせて」
高位魔法書で学んだ俺は、身近な魔法なら使えるようになっている。
デッタロ先生のお蔭で使用許可も出てるしね。
空っぽの魔道具に込めるために、俺はツンツンから感じていた魔力遮断の魔法を作動させた。
魔法は本で覚えるのではなく、実際に自分の身の回りで使っているのを見て覚えることが圧倒的に多い。
だから子供たちの指導には必ず魔術師が指導することになっている。
そのほうが早いからね。
「ほう」
じいちゃんは俺が気配遮断を使えたことより、ツンツンがその魔法を発動出来るほうに驚いていた。
普通のゴゴゴには見られない魔法らしい。
うん、うちの弟たちは優秀だからな。
そうして無事に魔道具を入手出来たので、テルーの巣穴の入り口に設置した。
外からはただの木肌にしか見えなくなった。
さて、俺たちはしばらくの間、ここで待機である。
今日は昨日まで降り続いていた雪も止んで、雲一つ無い青空が広がっていた。
さすがに冬のど真ん中なので空気は冷たいが、巣穴の中は寒さが遮られて少し暖かい。
テルーの羽毛に包まれたら、きっと暖かいだろうな。
でも、作戦中は我慢だ。
「来たぞ」
外の様子を見ていたエオジさんが戻って来た。
俺は頷き、グロンにここで待っているように説得する。
グルッグルルッ
不機嫌そうだけど、仕方ないという感じだ。
俺はゆっくりとグロンを撫で、すぐ戻ると囁いた。
背中に張り付いているはずのツンツンはさっきから大人しい。
なんかウトウトしてるみたいだ。
それだけ暖かくて安心しているなら、そのままにしておくか。
エオジさんと、テルーを連れて、入り口で外を伺う。
雪の森から西の崖に向かって、ヴェルバート兄を連れた一行が姿を見せた。
「テルー、頼むね」
俺は風魔法で飛び上がり、テルーの首の付け根辺りにしがみつく。
「気を付けろよ。 危ないと思ったらすぐ逃げろ」
「うん」
グリフォンから逃げられるのかは分からないけど。
森を抜けたところで、王太子一行は休憩のために停止する。
「テルー、今だ」
バサリと翼を広げ、何もないはずの場所から大鷲が飛び出る。
ピィーーー
グリフォンの気を引くように高く鳴く。
そして俺は、今まで練習してきた中で一番の防御結界を発動した。
結論からいえば、作戦は成功した。
俺のテルーを見た若いグリフォンは、ヴェルバート兄を乗せたまま地面から飛び上がったのだ。
「よし!」
テルーには、西の崖の細くなっている裂け目に向かわせる。
以前はテルーの親が巣を作っていたが、今は冬なのでここにはいない。
もっと暖かい雪の無い場所へ移動したのだろう。
力強く翼を動かしてテルーが飛ぶ。
しかし、グリフォンも早かった。
何とかギリギリ振り切って裂け目に飛び込むと、入れずに困惑したグリフォンが、何か魔法を発動しようとしている気配がした。
背中が痛い!。
ツンツンが俺とテルーごと気配遮断を掛けてくれた。
「テルー、下へ!」
無理矢理急降下させる。
羽の一部が岩壁に触れ、俺の防御結界で岩が弾け飛んだ。
静かになったのを確認して、俺は恐る恐る崖の下の森に入る。
青い空を見上げると、二体のグリフォンの姿が見えた。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「良かった」
この作戦を、父王は自分も参加することを条件に許可してくれた。
暴走するかもしれない若いグリフォンを、もう一体のグリフォンで止める役だ。
二体のグリフォンは、しばらくこっちを見ていたが、一度旋回して王宮の方角へと飛び去って行く。
その後ろ姿を単眼鏡で見送った後、俺はテルーと共にグロンのところへと戻った。




