33・大鷲というものは
その日の午後も、俺は部屋の窓からずっと弟たちを見ていた。
テルーのことも心配だけど、俺はちゃんとあいつらの面倒をこれからも見れるんだろうか。
弟たちは寿命五十年くらいと聞いているけど、魔獣は人間よりも長生きするものもいる。
俺が死ぬまで面倒を見たとして、その後はどうなるのかな。
一緒に輪廻の輪に……今度はもしかしたら同じ人間として、とか?。
そんなことをぼんやり考えていた。
「コリル、いるか」
下からじいちゃんの声がする。
「あ、はあい」
元気よく返事をして、部屋を出て階段を下りる。
ニッコリ笑う、陽に焼けたシワの多い顔。
魔獣といつも一緒のじいちゃんは俺の憧れだ。
俺はいつか、じいちゃんと弟たちと一緒に、まだ見たこともない魔獣たちに会いたい。
「大鷲の巣、何とかなりそうだぞ」
「ほんと!」
俺は、王宮に仕事に行った母さんの代わりにお茶を淹れる。
「ここじゃ」
北の森と西の崖が書き込まれた手製の地図。
俺はじいちゃんと二人で覗き込む。
印が付いているのは、北門から出て森を通り、西の崖下に向かう途中だ。
「あまり高くはないが立派な太い木があってな。
その木にウロ、つまりでっかい穴がある。
大鷲じゃないが何かの巣があった跡だ。
そのまま使えるじゃろ」
なるほど。
この世界は前世とは色々と違うことが多い。
見たことない大きなものなんてザラにある。
木の穴なら空から見えないだろうし、グリフォンから守ってやれそうだ。
でもさ、俺はまだそこには行けないんだよな。
謹慎が解けてない。
それに北の森は害獣もいるからグロンを連れて行けると助かる。
黙って行ってもいいけど、きっとエオジさんにはすぐバレるし、そうなると秘密を知ってるじいちゃんも怒られる。
それだけは嫌だから我慢してる。
「何か理由があれば」
んー、父王でもウンと言わせる理由かあ。
俺は俯いていた顔を上げる。
「じいちゃん、ヴェルバート兄様は何故、グリフォンで飛べないの?」
父王はもっと幼い頃から飛んでいたらしいよ。
突然の俺の質問に、じいちゃんは顔を顰める。
「ふむ。 あれはグリフォンのほうが落ち着きがないからじゃな」
二体いるグリフォンの内、一体は先代王の頃から王宮にいた個体で、王太子用のグリフォンはそれよりもまだ若いらしい。
じいちゃんの話では、グリフォンはいつの間にか幼体が出現するそうだ。
一体でもその場所が気に入っている個体がいれば勝手にグリフォンが増えるんだって。
先にいるグリフォンが、ここは安全だと確認して幼体を呼び寄せるからだといわれてる。
その居心地の良い場所がブガタリアの王宮の厩舎だけなのはなんでだろうね。
「陛下はどちらにも騎乗して飛ぶ訓練をされているが、若い個体はそもそも人を乗せるのに慣れておらん。
だから、グリフォンに乗り慣れないヴェルバート殿下が乗って飛ぶのは、あの個体自体が慣れないから飛べないのではないかな」
王族として認める、認めないという前に、人慣れしていない。
だから、グリフォンに乗り慣れている父王は乗せられるが、未熟な兄様を乗せて飛ぶのは怖がる。
「じゃあ、陛下を乗せ慣れてるグリフォンが兄様を乗せて飛ぶ訓練をすればいいのに」
じいちゃんは冷めたお茶を啜る。
「あのグリフォンは昔から王宮にいる国王専用の騎獣じゃ。
自分が認めた者しか乗せんよ」
ああ、そうか。
それがグリフォンだもんなあ。
俺はふと大鷲の雛をグリフォンが気にしていたのを思い出す。
「雛さんを目掛けて飛んで来たのは、どっち?」
「若いほうのグリフォンだな」
何故か分からないが、あのグリフォンは時折、大鷲などの大型の鳥を追いかけ回すらしい。
「グリフォン自体が珍しいから、まだ生態は良く分からんが」
じいちゃんは分からないことは分からないとハッキリ言う。
「もしかしたらさ。
あの若いグリフォンは、大鷲を仲間か何かだと思ってるんじゃない?」
同じ鷲の翼を持っている魔獣だから。
じいちゃんは首を横に振る。
「魔獣というのは元来とても臆病で滅多に姿を見せん」
仲間がいると知っても、それを追いかける行為というのは聞いたことがないそうだ。
そうなん?。
「じゃ、今までグリフォンは二体で一緒に飛ぶことはなかったの?」
俺は見た記憶が無いけど。
「ふむ。 そういえば、最近はないのぉ」
俺たちが産まれる前は、父王と二体のグリフォンが仲良く飛ぶ様子がたまに見れたらしい。
若い個体にとって、いつも一緒にいるグリフォンは気高く頑固な性格をしている。
でも若いグリフォンは神経質なところがあるから、だんだん苦手になったのかもしれない。
俺はちょっと思い付いたことがある。
「もしかしたら、その若い個体はヴェルバート兄様を乗せて飛ぶことにプレッシャー、えっと、うまく飛ばないと申し訳ないとか、失敗したらどうしようとか考えて飛べないんじゃない?」
若いグリフォンが臆病なんだとしたら。
「なんじゃ、そりゃあ。 グリフォンがそんなこと考えるのか?」
「いやいや、だって王族しか乗せないって相当気位い高いでしょ」
下手したら人間よりプライド高そう。
だからこそ、失敗を恐れる。
「ふむ、コリルの考えも分かるが。
だからといって、どうすれば殿下を乗せて飛ぶようになるんだ?」
ふふふ、そこで俺の娘の出番である。
俺が悪い笑みを浮かべたのが分かったのだろう。
じいちゃんが嫌そうな顔をした。
「俺のテルーを若いグリフォンに見せてやったらどうかなと思って」
「はあ?」
じいちゃんが呆れた顔をする。
「コリル、それは危険じゃないか?」
うん。 きっと危ない、テルーがね。
「ヴェルバート兄様にグリフォンに乗ったまま北の森に来てもらってさ、目の前に大鷲がいたら若い個体は飛び付くと思う。
そしたら兄様を乗せてることも忘れて飛ぶんじゃないかなあ」
背中にヴェルバート兄を乗せてることを意識し過ぎて飛べないんだから、その意識を外してやればいい。
「んーむ。 悪くはないが、危ないことに変わりはないぞ」
うん、荒っぽいよね。
でも、俺はテルーをちゃんと守ってみせる。
若いグリフォンの暴走が心配だけど、そっちはヴェルバート兄にお任せだ。
兄様は風魔法もちゃんと使えるし大丈夫だと思う。
「問題はヴェルバート殿下か」
じいちゃんが眉を寄せて難しい顔をする。
兄様がそれをやろうと同意してくれるか、どうか。
さて、どうやって話そうかな。
ヴェルバート兄の授業の予定を母さんに訊いてみる。
以前みたいに嫌味な従者はいないから情報はちゃんと教えてもらえた。
午前はグリフォンの世話と、基礎運動。
午後はデッタロ先生の魔法授業と、王太子としての知識や礼儀の指導がある。
毎日ではないらしいけど結構忙しそうだ。
俺は手紙を書く。
今は謹慎中で王宮内には行けないから。
ちょっと父王には不評らしいけど、がんばって考えた文章だ。
自信満々で見せたら、母さんはため息を吐き、エオジさんは肩を揺らして笑いを堪えていた。
「ダメですか?」
俺は、ヴェルバート兄に渡してくれる役のデッタロ先生を見上げる。
「いえ、満点ですよ、コリル。 これが手紙の授業ならばね」
むう、やっぱアウトなんだ。
「でも、せっかくですから渡しておきますよ」
デッタロ先生は配達を請け負ってくれる。
「ありがとうございます」
返事はすぐに来て、俺は兄様のお蔭で謹慎も解けた。
その日の午後、俺はじいちゃんと一緒に厩舎の前でヴェルバート兄を待っていた。
「すまない、コリル。 待たせたか」
「いいえ、殿下。 お呼びたてしてすみません」
じいちゃんと並んで簡単な礼を取る。
「はあ、お前のあの手紙、緊張するとバカ丁寧になるっていうのは本当らしいな」
兄様に苦笑いされちゃったー。
おかしいなあ、ただ単に呼び出すためだけの簡単な手紙だったはずなんだけど。




