29・未練というものは
もうすぐ夜が明ける。
さて、なんだか疲れたシーラコークも今日で最後だ。
大変だったけど、魚釣りとか、美味しい食事とか、悪いことばかりじゃなかった。
図書館でピア嬢が勧めてくれた本を店から取り寄せたら、ついでにと色々な国の子供用の本が一緒に届いたんだが。
これ、絶対ピア嬢だよな。
申し訳ないけど、ありがたく受け取らせてもらうよ。
空が明るくなる前からゴゴゴたちが大使館に到着する。
一体ずつ預り所から来て、木箱を乗せると順に出発していく。
途中の平原の野営地までは、エオジさんが先頭で、俺と祖父様が最後尾で街を出る。
まあ、色々挨拶とかあるし、どうしても祖父様は責任者だから、全員が移動したのを確認しなきゃいけない。
で、俺はというと、足止めをくらっていた。
「は、これを俺に?」
「はい。 この箱自体が魔道具となっておりまして、生の食材でも長時間の保存が可能なのです」
ゴゴゴたちに載せる木箱が一つ追加されていた。
「どうしてそこまで?」
最後に食事をした高級店からお土産にと食材の詰まった箱をもらったのだ。
「私共は昨夜の殿下のお姿に惚れました」
興奮して顔を赤くする初老ぽい男性。
あの店の支配人かと思ったら経営者だった。
是非にと渡されたが、もうすでに商隊は荷物を載せ終わり、一部出発済みだ。
ゴーフ ゴーフー
何かすごい鼻息でゼフが俺に迫る。
「え、載せるの?。 大丈夫?」
【ノル、ダイジョブ】
俺は仕方なく、ゼフの背中の四つの木箱の上に、さらに一つ載せた。
ブワッと防御結界が発動する。
たぶん、ゼフは中身が何か分かったんだろう。
食い意地が張ってるからな。
「では遠慮なく。 ありがとうございます」
俺が頭を下げようとするとガシッと手を握られた。
「ぜひ!、また食べにいらしてください。
店員一同、お待ちしております」
「はあ」
握られた手が熱いっていうか、何かベタッとしてる。
離せ、離してくれえぇ!。
キュルン
と、俺の背中からツンツンが顔を出したら、驚いた男性の手がちょっと緩んだので慌てて引き抜いた。
グロンに飛び乗り、ゼフと祖父様のゴゴゴと一緒に門から大通りに出る。
街の住民の邪魔にならないよう、商隊の移動は早朝から始まるが、全てのゴゴゴが街を出るにはどうしても時間がかかってしまう。
もう陽も高いのに、街の人たちは商隊の邪魔にならないように大通りの両端で見送ってくれる。
「もう何年もこうして毎年二回来ておるから、この辺りの住民はやっと慣れてくれたんじゃ」
最初の頃は、怖い、危ないと、石を投げられ、街に近づくことも出来なかったと祖父様は懐かしそうに微笑んだ。
門に近くなると、ここからは本当に最後の見送りになる。
「お世話になりました」
預り所の管理人さんに礼を言って、カード型の鍵を返す。
俺たちは見送りの人たちに手を振る。
「また来てくださいよー、コリルさまあー」
誰の声だったのか分からないけど、俺は精一杯身体を伸ばして手を振り続けた。
陽が落ちてから野営地に到着。
ここからは、ブガタリアから来た時と同じ隊列になるので順番の確認がある。
「コリル。 来た時と荷物の中身や重さが違うからな」
それを踏まえて道の凹凸を避けたり、速度も変えて走ることになるのだ。
俺はこの旅で、天気や野盗の情報、街の噂や流行の確認など、商人には交流が必須だということを学んだ。
夕食後の話し合いは結構長く続いた。
それだけ皆、慎重なのである。
テントを張り、弟たちの世話をしてから、俺は寝転ぶグロンに背中を預けて空を見上げる。
「お前たち、最後まで気を抜くなよ」
家に着くまでが遠足、じゃなかった、商隊の仕事だ!。
【ワカッテル】
グロンの頼もしい返事がうれしい。
ふと、俺は立ち上がってシーラコークの港町の方向を眺める。
単眼鏡を取り出して目に当てるけど、僅かな光しか見えなかった。
「はっ、そうだよな。 見えるわけない」
何を残念がってるのか、自分でも分からない。
「おやすみ」
ゆっくり弟たちを撫でてからテントに戻った。
前日が朝早かったので、今朝は少し遅めの出発になる。
国境の砦に着けば、もうこの国ともお別れだ。
たった五日間だったのに、ずいぶん長く居た気がする。
平原から山道になり、夕方には砦の二重壁の一つに到着した。
関税官と祖父様が話をして、荷物の確認を担当者が分担して行っている。
「ん?」
何だろう。
何かが以前通った時と違っている。
ザワザワする気持ちを抑えて、一つ目の門を潜る。
ゴゴゴたちを解放していると、弟たちも落ち着きなく俺の側に寄って来た。
でも、そんな嫌な感じじゃないんだよな。
夕食に呼ばれて砦の食堂に入る。
「よお、コリル」
「あれっ、じっちゃん、どうしたの?」
王宮の厩舎でしか姿を見たことがない、魔獣担当のじいちゃんがいる。
嘘やろ?。
ここは国境の砦。 二重壁の中だ。
「ちと問題が起こってな」
じいちゃんが動いてるってことは、魔獣たちに何かあったんだろうか。
「まさか」
俺の顔色が悪いことに気付いて、じいちゃんは俺の肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫だ、グリフォンじゃない」
それを聞いてドッと力が抜ける。
「王宮の魔獣担当が出て来るなんて、いったい何があったんで?」
エオジさんも気になって、話を聞きにやって来た。
夕食はパンと何かの肉を焼いたものと、何か分からないけど野菜のスープ。
はあ、ブガタリアに入った途端、この食事に戻ったなあ。
シーラコークを出たばかりなのに、美味しかった食事を思い出す。
そして俺の偏食も元通りだ。
俺はいつも通り、具をすべて避けてスープだけを飲み、パンを食べた。
肉は残しておけば砦の誰かが喜んでお腹に収めてくれる。
エオジさんが俺を睨むけど、荷物から出した干し果物を口に入れると見逃してくれた。
食事を終え、俺とエオジさんはじいちゃんとお茶を飲みながら話を聞く。
「お前さんがいつも様子を見てた、西の崖の大鷲が移動しとる」
巣立ちをした若い大鷲は、親や兄弟と縄張り争いをしないように狩り場を変えるのは良くあること。
「じゃが、どう見ても動きがおかしくてな」
徐々に西に移動していて、どうもこの砦に向かっているのではないかと言う。
「……これはわしの勝手な想像だが」
じいちゃんは、俺に話すかどうか、しばらく考えていた。
「九日前、お前たちがブガタリアの王都から居なくなった翌日だ。
そこから、あの大鷲は動きがおかしかった」
商隊の行程は、王都から西の国境まで二日。
そこから二つの壁を抜けて、シーラコークの港町まで二日。
そして滞在期間は五日間。
出発して二日目にここに着いた。
「俺たちがブガタリアを出て今日で十日目。
まさか、俺たちを探してるの?」
雛さんが?、俺を?。
俺の胸が熱くなる。
「まだ分からんが、わしは可能性はあると思う」
じいちゃんが険しい表情を崩さない。
「探して、どうしようとしているのか分からん。
コリル、十分注意しろ」
え?、注意ってなに?。
「あの雛はお前の記憶を失っておる。
それなのにお前を探して、見つけたら」
「食べるのか?」
エオジさんが変なこと言うから気が抜けた。
「さすがに食わんとは思うが、魔獣じゃから人を襲うことはある」
雛さんが俺を襲うなんてあり得ない。
きっと、たぶん。
「とりあえず、朝になれば姿は確認出来るはずだ」
俺は頷く。
「あの雛じゃなく、他の個体だっていう可能性もあるんだろ?」
エオジさんの言葉に、じいちゃんは「そうじゃ」と頷いた。
「それを確かめたい。 判別出来るのはコリルしかおらんからな」
毎日、毎日、雛さんが元気か、ちゃんと飛べるようになったか。
ケンカしてないか、怪我してないか。
ずっと見ていた。
気持ち悪いストーカーみたいだった。
「雛さんに会いたい」
俺はただそう思った。




