2・第二王子というものは
小国ブガタリアの第二王子、コリルバートが俺の名前。
現在、五歳になった俺は、ここまではごく普通の子供らしく育った。
今は少しづつ勉強も始めている。
あんまり早くから前世の記憶で色々やっちゃうと目立つし、それは俺の本意じゃない。
第二王子ってことは第一王子がいるわけで、俺は兄弟で敵対なんてしたくないもん。
出来るならのんびりした一生を全うしたい。
俺は現世での修行を熟し、大往生して輪廻の輪に戻りたいんだ。
父王の名はガザンドール、側妃である母親はカリマ。
母は元々父の乳母兄妹で幼馴染であり、その伝手で王宮侍女として働いていたらしい。
今は側妃として城壁内に離れを与えられていて、俺たち親子はそこで生活している。
しょっちゅう父親である国王が来るのは良いのか悪いのか。
そこの判断はまだ子供の俺には無理だ。
正妃である王妃ヴェズリア様は他国から嫁いで来た姫君。
俺はまだ接点が無いんで顔も見たことないけど、金髪青瞳の美人らしい。
それに頭も良くて、脳筋父の代わりに政務をやってくれてるとか。
頭が上がらないね。
ブガタリアの自国民族は俺から見ると前世での中東アジア系で少し肌色が濃く、その中に稀に欧州系の顔の者がいる。
彼らは元は行商人や、他国から流れて来た流民の末裔だ。
父の容姿にもその傾向があった。
黒髪のアジア系イケメンだが、自国民より顔が濃くて大柄な体格をしている。
だって、王族は他国との交易や戦争回避のために婚姻を結ぶことが当たり前に行われてきた。
つまり混血が進んでいるわけだ。
俺の母親は古い自国民族の血が濃く、他国民にはない伝統的な美しさがある。
親父が惚れただけのことはあるな。
性格も明るくて可愛いし。
俺はどちらかというと母親似だ。
黒髪で小柄、ぽやっとした童顔。
まだ幼いから当たり前といえば当たり前だけど、兄である正妃の子供を見れば、差は一目瞭然。
七歳になった第一王子のヴェルバート兄は金髪で白い肌。
子供なのにキリッとした顔の、王子様らしい王子様なんだぜ。
俺たち親子の共通点は瞳の色だ。
ブガタリアの王族は血統として赤い色の瞳を継承している。
父も俺もアジア系の肌色に黒い髪と暗い赤の瞳。
ヴェルバート兄は王妃と同じ金髪だが、瞳は俺たちより少し明るい赤だ。
「良かった」と俺は心から思う。
ここで第一王子が王族の証である赤い瞳をしていなかったら継承権争いが起こっていたかもしれないからね。
まあ、排他的なことをいう輩はどこにでもいるんだが、俺に政務は無理。
考えてもみてよ。
いくら前世の記憶があるからって、平和な日本の、ただの中学生に何が出来るっての。
俺はせいぜいヴェルバート兄が国王になった時に部下として働けるようにがんばるよ。
それが平民の母を持つ第二王子の役目だと思うからね。
「今日はここまでにいたしましょう」
パタンと教科書を閉じる音がして、俺はハッとした。
「ご、ごめんなさい」
色々考え事してて授業に身が入っていなかった。
「いいんですよ、コリルバート殿下。
殿下の年齢ではじっとしていられない子供のほうが多いですから」
目の前の優しい笑顔の中年の男性は、地元の子供たちが通う学校の教師の一人だ。
俺はまだ幼いので城から出られない。
だから城下の学校には通えないので、そこの教師に来てもらっている。
「殿下はいらない、コリルでいいよ。 俺は兄様の部下になるんだから」
これは俺の口癖だ。
周囲の人間は、俺の変わったお願いについてはもう諦めている。
「はあ、分かりました。 コリル様」
「様もいらないよ。 俺は侍女の母さんと一緒に平民として働くと決めたの」
わざと幼児らしく甘えた声で話してみる。
王族とはいえ、まだ五歳の幼児の言葉に教師のおじさんが苦笑する。
「……分かりました。 では、またね、コリル」
「はい。 またお願いします、先生」
にっこり笑ってお見送りした。
ヴェルバート兄には、ちゃんとした王族専用の教師が付いている。
兄様が産まれたときに王妃様の国から送り込まれてきた教育係なんだと。
それがさ、礼儀作法とか式典、歴史の授業は俺も一緒に受けるんだけど、この教師たちが結構ウザ……ウルサイ。
俺が真面目にやらないと嫌味と体罰が飛んでくる。
ヴェルバート兄が見ていない隙にやるのも小賢しくて嫌いなんだよな。
さて、勉強道具を片付けて、俺は家から出る。
城壁内部で俺の一番のお気に入りは騎獣がいる厩舎だ。
五歳の俺が動き回れる範囲はだいたい決まってるからね。
ここは魔法と剣、そして魔獣のいる世界。
古来から人々は何種類かの魔獣を魔法契約で縛って飼っていた。
街中でも豪商や由緒ある貴族家なんかは何か魔獣を飼っているところが多い。
険しい山々に囲まれている小国ブガタリアは普通の動物では山越えが難しい。
そのため、この国の騎獣の多くは「ゴゴゴ」と呼ばれるトカゲのような魔獣だ。
顔は怖いけど雑食で大人しい。
トカゲ型の足で山肌に吸着し、絶壁も登る。
走る姿は馬のように安定していて、重心が低く、背中が平たいので荷物や人を運ぶのに最適だ。
俺が一番好きな魔獣は、王族専用の騎獣グリフォン。
ラノベでお馴染み、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ魔獣で、王家の紋章にも使われている。
一番日当たりの良い場所に専用の大きな厩舎があって、発着する場所も特別に区切られていた。
現在、グリフォンは王宮内に二体しかいない。
一番豪華な厩舎の窓を覗き込む。
「わああ」
国王用と、王太子用の騎獣だ。
ヴェルバート兄が王太子になる予定なので、俺はグリフォンに乗ることはない。
ちょっと寂しいけど、そこは仕方ないと思っている。
だけど、お世話くらいはさせて欲しいと通っているんだけど、あんまり芳しくない。
「とても頭の良い魔獣ですから」
国王と王太子以外の人間に慣れたら困るってことらしい。
「うん、分かった」
俺は、今日もグリフォンを厩舎の外から眺め、時折父が空を飛ぶ姿を遠くから見ている。
俺の足をツンツンと何かが突く。
「あ、ごめん。 餌を探しに行かなきゃね」
足元にいたのはゴゴゴの子供で、俺が面倒を見ている個体だ。
俺は護衛のおじさんを呼びに行く。
ゴゴゴの餌を取りに森に行かなきゃいけない。
この国は脳筋国家らしいというか、ある程度は小さい頃から危険なことも経験させるんだ。
だから俺が森に入るのは今のところ見逃してもらっている。
幼過ぎるっていうことで護衛は必ずついて来る。
名前はエオジさん。
中肉中背、地元民らしい容姿をしているけど、怪我で現役を引退した騎士らしい。
「エオジさん、今日はどこに行ってみる?」
「そうだなあ。 コリルはどこがいいと思う?」
「虫が欲しいの。 ちょっと堅いやつ」
「ほお、なんでだ?」
「柔らかいものばっかりじゃ強くなれないから」
「あははは、コリルは面白いな」
そして俺たちはしばらくの間、森で昆虫採集して過ごした。
「だいぶ増えたな」
エオジさんが俺専用の厩舎を見て驚いている。
「うん、業者さんに頼んだらくれたー」
ゴゴゴの幼体が全部で三体。
「体の色とか性格が悪いとか、群れから追い出されちゃったやつだけど」
これは俺の可愛い弟たち。
正確には子供の間は性別は無いんだけどね。
今のところ、まだ魔法で縛っていない。
普通は成体まで育ててから従属魔法で使役するんだけど、俺の弟たちはまだ子供で俺に懐いてる。
「コリル、危なくないのか?」
「うん、大丈夫」
今のところ、毎日こいつらと過ごし、俺の匂いを覚えさせている。
俺は大好きなんだけど、母さんはちょっと困ってるみたい。
だって、こいつらメッチャ顔が怖いんだもん。
でも将来、俺は平民になったら、弟たちと一緒に荷運びの仕事でもしようかなって思ってるんだ。