13・偏食というものは
それからの俺は、午前中は魔術の本で勉強。
午後は厩舎で弟たちの世話をしながら魔獣担当のじいちゃんの手伝いをしている。
うん、あんまり以前と変わらないね。
変わったのは、厩舎で休憩中に木剣振ってることぐらいかな。
基礎運動のほうは夜明け前だ。
一度予定を聞きに来たイロエストの騎士に時間帯を教えたら、本当にやってるか見に来た。
暗いのにご苦労さんである。
俺はもう三年以上やってるので、多少暗くても目が慣れてる。
多分、目をつぶってても階段往復出来るんじゃないかな。
何回か抜き打ちで見に来たみたいだけど毎回ちゃんと俺がやってるのを見て、それからは会う度に、まるで化け物を見る目になった。
なんでやねん。
変わったのはエオジさんもだ。
俺が馬鹿やって怪我した日から何故か気がつくと側にいる。
護衛というより、またやらかさないか見張ってるんだろうな。
それか、俺の祖父様に何か頼まれたのかもしれん。
俺の母さんの従兄弟であるエオジさんは同じ部族の血筋になるしね。
でもさ、木剣の素振りを見られるのはちょっと照れるんだけど。
エオジさん、元騎士だっていうし、身のこなしからも強そうだなっていうのは感じる。
いつも腰に挿してる剣を見せてもらったけど普通の騎士が持つ長剣より短かった。
「どうして?」って訊いたら「子守りには邪魔だから」って言われた。
はあ、ごもっとも。
実はブガタリアの兵士の剣は、イロエストの兵士の剣と比べると短い。
俺がもらった木剣はイロエスト製なのか、長めだった。
森の中で魔獣と戦うには長い剣は邪魔になるので、ブガタリアのは短いのだと警備兵に聞いた。
じゃあ、森以外とか相手が人間の場合はどうやって戦うのかと聞くと、
「遠距離は魔法か剣を投げる。 近距離ならコレだ」
と、腕をグッと曲げて力瘤を見せられた。
『脳筋』の二文字が頭に浮かぶ。
だけど、エオジさんは父王から見れば細マッチョというか、そんなに筋肉を鍛えてる風には見えないんだよなあ。
「疑ってるな」
「えー、そんなことー」
あるけどー。
「このやろー」
服の襟首を掴まれてポーンと投げられた。
俺なら着地出来ることを分かってやってるので、大人しく投げられてやる。
「ひ、ど、い!」
あははは、と笑われたので俺はエオジさんの脚を取りに行く。
「ぎゃっ」
俺は思わず声が出た。
「狙いは良いが、まだまだ身体が軽過ぎるな」
エオジさんの脚から引き離され、軽々と持ち上げられた。
「むう」
くそー。
肩に担がれた俺は、身体を捩ってエオジさんの首を両脚で挟んでぶら下がる。
「げっ」
驚いたエオジさんは、そのまま前のめりになって倒れた。
「やったー!」
前世で見たプロレスの技っぽいのをやってみただけだけど上手くいった。
あははは、今度はこっちが笑う番だ。
俺たちはしばらくの間、そうやってじゃれ合っていた。
最近、エオジさんは離れで俺たち親子と一緒に夕飯を食べることが増えた。
「コリル。 お前、剣術習うのか?」
食べながらエオジさんに訊かれる。
あー、あの木剣のことかな。
一応、素振りは続けてるけど、見張りの騎士も嫌味従者も、あれからなーんも言ってこないんだよな。
「分かんない。 基礎訓練と素振りしかやれって言われてないから」
試験するってのは聞いてるけど、それがいつなのか、試験官は誰なのかも教えてもらってない。
魔術のほうは、あの三冊が終わらないとダメっぽいし。
「そうか。 まあ、もう冬になっちまうからイロエストから誰か来るっていうのは無理だろうし」
エオジさんの独り言を聞きながら食事を続ける。
ブガタリアの冬は雪で山道が閉ざされるんだ。
ゴゴゴたちは自分の魔法で防御して体温調節するから良いけど、騎乗する人間にはちょっとキツイ。
お蔭で冬の移動はガクンと減る。
「好き嫌いするなー」
エオジさんが俺の皿を見て揶揄ってくる。
「えー。 だって食べられないもんは食べられない」
母さんには申し訳ないけど、前世から俺は好き嫌いが激しかった。
「いいのよ。 コリルは食べられるものだけでも食べなさいな」
母さんが庇ってくれる。
俺がこの世界に来て一番ガッカリしたのは、この食事だ。
パンはまだいいけど、他は何がどんな味なのか分からない。
味覚がどうしても前世に引きずられてるみたいで見た目が違うと、どうしても美味しいとは思えないんだ。
いつだったか、少な目の夕飯の後、すごく眠くてすぐ寝ちゃったら夜明け前に目が覚めた。
それで気がついたんだけど、俺がいつの間にか夜明け前に起きる習慣が付いたのはあまり食べられなかったせいかもな。
早く寝過ぎなのと、お腹が空き過ぎて、自然に目が覚めるんだ。
最近では母さんのお蔭で少し食べられるものが増えてきてる。
成長期になる前で良かったよ。
そう思うと、俺の身体が同年代より小さいのはちゃんと食ってなかったせいかも。
先日の式典で同じ民族の子供たちを初めて見たけど、体格を見て年上だと思ったら下だし、同年代の女子にも負けていた。
「デカくなりたいなら肉食え、肉を」
俺の偏食にはエオジさんも苦笑いだ。
「うーん、分かってるけどさ」
ブガタリアで手に入るのは魔獣の肉が多い。
何の魔獣か気になるけど、ゴゴゴの肉とか言われたら吐きそう。
家畜の豚っぽいのとか山羊っぽいのはいけるけど、魔獣と比べると高くて、何かの祝いや客が来たときのご馳走として出される程度だ。
王宮だからといっても、そんなご馳走を頻繁に出せるわけじゃない。
俺もそこまでして食べようなんて思わないし。
俺が困ってると母さんがエオジさんを窘める。
「お肉じゃなくても加工したハムやソーセージは食べられるようになったのよ。
それに果物とか色々、父がコリルのために送ってくれてるわ」
そっか、あれ、祖父様だったんだ。
俺が一度でも美味しいとか、好きだと言うと、どこからともなく送られて来る食品。
不思議に思ってたけど、ありがとう、祖父様。
この間はイジメてごめん。
なにか祖父様孝行したほうが良いかな。
俺はまだ城壁の外へは出られないから、お金とか使ったことがない。
贈り物なら自分の目で見て自分のお金で買いたいから、まだ無理か。
そうなると、
「手紙とか、どうかな」
と、母さんに聞くと首を横に振られた。
「コリルの手紙は文章が丁寧過ぎて、貰ったほうが嫌われてるんじゃないかって衝撃を受けてしまうからやめてね」
「えっ」
思わぬ事実に俺は固まり、エオジさんはテーブルをバンバン叩いて爆笑した。
俺が顔を赤くして俯くと、母さんが優しく撫でてくれる。
「あなたのお父様も、お祖父様も、あなたが元気で幸せでいてくれることが一番なの。
今まで通りにね」
「……うん」
ちょっとだけ納得出来ないけど、まあいいや。
俺も、皆が幸せで笑ってくれたらそれでいい。
「んじゃ、俺もどこかでコリルが食べられそうなものを見つけたら買って来てやるよ」
「何がいい?」と聞かれて、つい「甘いもの」と答えてしまった。
「あ、ごめんなさい。 無理しなくていいから」
この国では果物以外の甘いモノは、あまり手に入らない。
他の国からの輸入に頼っているため高価なんだ。
ていうか、塩もだな。
その代わり、魔獣の森には各種の薬草が豊富にある。
それで他国との交易が盛んに行われていた。
「エオジ、あなたどこか行くの?」
そういえば、最近エオジさんはずっと側にいてくれるけど、「買って来てやる」なんて言葉は初めて聞いた。
「ああ、西の港町へな。 もうすぐ、いつもの大商隊が組まれるから、今年は参加する」
「ああ、もうそんな時期なのね」
母さんの話では毎年の恒例行事らしい。
そういえば、ゴゴゴたちが大量に出かけて行く時期がある。
年に二度、冬の前の今頃と雪解けの春だ。
俺もいつかは弟たちと一緒に荷物運びの旅がしたいな。