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「真の聖女様、ですか? ええ、もちろん歓迎いたしますよ」

注意・胸糞系

「セイン、貴女との婚約をこの場で破棄することを宣言する。貴女のような老婆と添い遂げるつもりはない」

「……王太子様のお心のままに」


 その日、わたくしは王太子様からの婚約破棄を快く受け入れました。


 彼の隣に佇む美しい黒髪の少女は、彼には見えないところでわたくしを嘲るように笑っておられました。


 けれど、それでも良いのです。

 だって彼女こそが真の聖女様なのですから。


 わたくしのような老いぼれではなく、彼女のような瑞々しい若い体を持つ者こそが聖女として国を支えるに足る人物に他なりません。 


 王家では、代々王となるかたの伴侶の一人に聖女が選ばれます。王家の方々は数百年を生き、いつまでも若々しい方々ばかりの中で、わたくしはただ一人の人間でした。


 若々しい王太子様には、六十にもなった人間の体を持つわたくしが相応しくなかった。それだけのお話でございました。


 いくら大聖女として名を馳せたわたくしでも、歳には勝てません。それに伴う美の喪失にも抗えません。仕方のないことでした。

 王太子様が成人するまでに老いぼれてしまったこの体が悪いのですから、王太子様を恨むことなど、とてもできません。


「いいのですか、セイン様」

「いいのよ」


 侍女の一人がわたくしを伺うように尋ねてきました。けれど、わたくしは動じません。


「ああ、けれど聖女マリア様にひとつだけお願いがあるのです。この老いぼれの最後の願いとして、どうか聞き届けていただきたいのです」


 王太子様はわたくしを煩わしげに見ましたが、わたくしはこれだけは譲れないとばかりに言い切りました。


「わたくしはこの王宮を去ることになりますが、ひとつだけいただきたいものがあるのです」


 堂々と宣言をして、背を正します。

 年齢も六十となり背も曲がってしまっていますが、やはり公式の場ですから大聖女として立派であらねばならないと思っていたのです。


 誰もがわたくしを、志の素晴らしい大聖女様と呼び慕ってくれていましたが、それも今日が最後です。ならば、わたくしは彼女に先達として、大聖女として然るべき姿を見せなければなりませんでした。


「話は、聞きます……」


 真の聖女様はか細い声でおっしゃいました。

 わたくしに怯えているのか、声は震え、王太子様の影から決して出てくることはありません。


「この大聖女のネックレスを持ち帰りたいのです。わたくしが、かつてここにあったことの証として」

「それは聞き遂げられないぞ、セイン。そのネックレスは大聖女たる証。この王宮でも有数の価値の高い国の宝だ。老いぼれのそんなわがままを通すわけにはいかない!」


 威嚇するように王太子様がおっしゃられて、真の聖女様はわたくしのネックレスに注目しておられたようでした。


 確かにこのネックレスは王家の宝。

 王宮を去る私が持っていてはいけないものでした。それを承知でわたくしは提案したのですが、それがかえって王太子様のお怒りを買ってしまったようです。


「そ、そうよ。ねえ王太子様、私こそが本当の聖女なのでしょう? なら、あのネックレスは私のものよね?」

「ああそうだ! 衛兵! 衛兵! 取り押さえろ! ネックレスを丁重に返してもらえ!」


 わたくしは衛兵に押さえ込まれ、ネックレスを奪われました。

 そのネックレスは聖女の首元を飾っていなければならないものだから、と。


 乱暴な衛兵の扱いに、わたくしはくらくらと目眩を感じて意識が遠くなっていきました。ただ、その感覚に身を任せることしかできませんでした。


 ◇


 ああ、真の聖女様。あのかたがはじめてこの王宮にやって来たときのことは、今でも鮮明に思い出すことができます。


 五十年に一度、王宮に突然天から降ってくるという伝説のおかたは、本当に美しかった。こんな体よりも、ずっとずっと。それこそ、王宮の全ての人が彼女を歓迎しておりました。


 警戒は全くございませんでした。伝説に語られる聖女様は強く、お優しく、そして若くて神聖な力が満ち溢れるおかたで、王宮の中へ必ず招くようにと長く言い伝えられているからです。


 聖女様を発見した王宮のかたがたも対応は迅速でした。素晴らしいことでした。


 大聖女として君臨していたわたくしは、そんな彼女の教育を仰せつかりました。次代の聖女となるかたですので、ただ魔力を保有しているだけでなく、その魔力を増やすことを重視して教え、導く必要があったのです。


 思えばそのときからでしょうか? 


 真の聖女様は王太子様のお顔をじっと見て、そして王宮の方々のお顔を見るたびに喜んでおられました。


 王宮の方々は長生きをする種族ですから、歳をとっていても皆美しい容貌をしておりましたから、年頃の乙女には大変目の保養になったことでしょう。お気持ちは分かります。


 彼女は「私が守る」といったようなことをおっしゃっていました。若い身でそこまで国のことを思ってくださるなんて、なんて慈悲深いことでしょうか。


 わたくしは感動を覚えました。

 わたくしは大聖女ではありますが、老いぼれの身です。


 この国を支え、守るべきなのは彼女のような若く健康的な体を持つ少女でなければなりません。


 なぜなら、国を守る破邪の結界は、強力な力で国を守る代償に多大な魔力と生命力を捧げることとなるからです。


 わたくしはもう五十年もの間、この国を守ってきました。

 代償として失った若さと美貌はもう戻ってきません。


 わたくしはこの時点で、すでに覚悟はしていたのです。

 それは王宮の方々も同じだったのでしょう。


 すなわち、この老いぼれた体の聖女など、もう必要がない……と。


 分かっておりましたとも。

 もちろん、分かっておりましたとも。


 そのほうが国のためとなるのですから、当然のことです。


 ……ああしかし、今回も大聖女のネックレスは持ち出せませんでしたね。残念です。


 ◇


 ネックレスを奪われた大聖女様は、あの婚約破棄が行われたパーティのときから、三日三晩眠り続けていたそうです。


 同時に、わたくしも三日三晩が経ちようやく意識がはっきりしてきました。

 王太子様は変わらずわたくしを愛してくださっています。嬉しいことです。


 さて、今日は先代の大聖女様が王宮からつまみ出されて行ったと聞きました。


 御歳六十を超え、五十年もの間破邪の結界を守り続けた素晴らしいお人です。けれど、歳を取りすぎたので大聖女としては相応しくありませんでしたから。


 やはり年老いた体では国を守ることなどできようはずがございません。



 大聖女様は、目が覚めてからずっと混乱されていたようですが、容赦なく国外へと連行されて行きました。


 どうやら、目が覚めた途端、自身のしわがれた声やしわくちゃの手、そして顔を見て愕然となされていたようですね。まるで、自身が年老いてしまったことを知らなかったように。


 目覚めず、そのまま眠ってしまえばまだ楽だったでしょうに。まったく、運の悪い子ですこと。


 あのままでは国外で魔物に食い殺されてしまうでしょうね。生命力も魔力もほとんど破邪の結界に捧げて、ほとんど骨と皮のようになったあの肉体では数時間と持たないうちに死んでしまうでしょう。


 お可哀想に。


 しかし、本当に若くて可愛らしくて美人な体というのは良いものですね。

 これであと、わたくしはさらに五十年は聖女としてこの国をお守りする役目につけることでしょう。


 この若い体の娘も、お可哀想に。

 ネックレスをつけなければ、このようにわたくしに体を乗っ取られることもなかったでしょうに。


 せっかくチャンスを与えていたというのに、自ら体を明け渡すなど、異世界からやってくるという聖女様は皆、頭の中がお花畑なのかしら? 


 ◇


 五十年に一度、天から聖女様がやってくる。


 そのたびに国の結界を守り続けるため、王宮は聖女様を保護し、そして受け入れます。何百年と続いて来たこの国の伝統です。


 ときには先代の扱いをもっと丁寧にするべきだという意見が出ますが、そんなときには『先代』のわたくしが聖女様を虐げて、『先代』を廃棄する口実を作ってしまいます。


 悪質でしょう? 

 けれど、少し考えれば真実を知りえてしまう『先代』は確実に葬っておかなければなりません。


 わたくしは大聖女。

 この国の古くからある者。


 一番この国のことを思っているのは、わたくし以外に他なりません。

 このネックレスに己の魂を移し、体を取り替えながらわたくしは未来永劫、この国を守り続けることでしょう。


 ……そう、賢く聡明で、わたくしの思惑に気づくような少女が現れない限りは。


 だからね、五十年に一度天から遣わされてやってくる乙女達にわたくしはいつも言うのです。


「真の聖女様、ですか? ええ、もちろん歓迎いたしますよ」


 ……と。


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これは多分、そのうち殺し損ねた元大聖女の老婆が新たにやって来た聖女に入れ知恵して主人公=魔女を打ち倒す系の物語になるんやろうなぁ……。

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