陰キャが高校デビューしたら好きな子に警戒されました
高校デビューというものをご存じだろうか。
手段については色々あるだろうが、まあ要は「中学時代? 知らんなあ」とすっとぼけながら高校入学と同時にキャラを変え、華々しい新生活を目指す行為である
で、なんでそんな言葉を出したかというと、俺がその高校デビューの実践者だからである。
もう頑張った。
教室の片隅で寝たふりしつつ同級生たちが志望している学校を調査し、その中でもとにかく志望者が少ない進学校を「あいつホントは起きてるだろ」と笑いながら言われても気付かないふりして探し続けた。
だけど涙が出ちゃった。男の子だもん。
しかしその結果見つけた学校は、中心市街地から離れた郊外のそのまた外にあるようなめっさ田舎の県立学校だった。
もう試しに見に行ったらこれは本当に同じ市内なのかと疑うほど周りに田んぼしかなかった。
人気がないのも納得の立地である。
だが俺にとっては好都合。一番警戒すべきは同級生の陽キャたちだが、やつらなら間違いなくこんな学校より私立の洗練された学校に行く。
そうして志望校は決まったわけだが、まだまだ準備は続く。
見た目を変えるのは春休みまで待つとして、まずは円滑なコミュニケーションをとるための話題を集めた。
思わず感心してしまうトリビアから失笑買いそうな無駄知識まで集め、大して興味もないアーティストの曲を聞きまくりテレビ番組もくだらねえと思いながら流し見た。
しかし慣れないことはするものではなく、あまりに興味がわかずつまらなかったせいか、勉強の方が楽しくなるという思わぬ効果が発揮される。
いやマジで先生に「志望校もっといいとこ行けるだろ」と真顔で言われたほどだ。
でもごめんね先生。その高校陽キャ集団のリーダーが志望してるから行ったら俺が死ぬ。
そうして余裕で合格を勝ち取り、冬休みに入るなり髪型をナチュラルにマッシュな感じでキメ、無事高校デビューを果たしたわけだが。
「何コレしんどい……」
昼休みの図書室。
一人になりたくて自習するふりをして人気がないここへ撤退してきたのだが、マジで人生について考えちゃうほどしんどい。
高校デビューに失敗したわけじゃない。
むしろこうかはばつぐんだ状態で入学早々に数名の友人ができ、クラスメイトからも男女問わず話しかけられる中心人物的な立ち位置になっている。
でもそれがしんどい。
知ってる? 陰キャって身内認定してない人と話すだけでストレスがたまるんだよ?
いやこれが「新作のアニメヒロインが可愛くてさあ」みたいな話題なら俺もノリノリになったかもしれない。
だがナチュラルボーン陽キャな彼らが話す内容は「だれだれの新曲いいよね」とか「ドラマのだれだれ役がかっこいい」とか何かキラキラしてるのだ。
もう俺の心の妖精さんが「んなもん興味ねえんだよぉ! おとといきやがれ!」と吐き捨てるような内容ばかりなのである。
いや妖精さんがそんなこと言うわけないだろ妖精さんに謝れ。
ともかく妖精さんがやさぐれるほど心がサツバツとしてきたせいで、最近は勉強するふりをして友人たちから逃げることが増えて来た。
いやこれアカンやん。やってること陰キャに逆戻りやん。
でもこのまま無理をしていたら、俺の心の妖精さんがチンピラからヤのつく自由業にまで進化してしまう。
どうしたものか。そんなことを考えながら図書室を出ようとしたせいだろうか。
前をよく見ていなかった俺は、本棚の影から出てくる小さな影に気付かなかった。
「ふぉわっ!? ……と、ごめん。大丈夫?」
「……」
不意打ちされたせいでペルソナかぶり損ねた陰キャボイスが出たが、何事もなかったかのようにぶつかった相手に気遣いの言葉をかける。
「……え?」
しかしその相手を見た瞬間、鳩尾のあたりから背中に何かが抜けていくような衝撃を受けた。
ぶつかったせいか尻もちをつき、こちらを見上げているのは小柄な女子生徒だった。
染めるどころかあまり手入れがされてないのであろう長い黒髪で目元が隠れ、しかしその下から墨を擦ったような黒い瞳がこちらを見つめてきている。
何この子可愛い。
いや一般的な基準で言えば地味で野暮ったい部類に入るんだろうけど、俺基準だとやさぐれてた妖精さんが「イヤッホーーウ!」と世界に光を取り戻すほど可愛い。
あと隣に居ても凄い落ち着きそう。
無理して話し続けなくても沈黙を気にしなさそうなタイプというか。
「……大丈夫です」
「え?」
しかしそんな俺基準で可愛い子ちゃんは、ズバッと音がしそうな勢いで立ち上がり、即座に三歩距離を取った。
そして長い前髪の奥からこちらを見てくる瞳は明らかに動揺して揺れ動いてる。
ここで「お、これは俺に惚れたな」とか思えるなら俺はなんちゃって陽キャなんてしてない。
これはアレだね。俺もよく知ってる。
陰キャが話通じなさそうな陽キャを前にして警戒してる目ですな!
「……図書室しめる時間なので出てもらえますか?」
「あ、はい」
しばらくそうして見つめ合っていたが、己の本分を思い出したらしい女子生徒から低い声で退室を促された。
めっちゃ警戒してますやん。
大丈夫! 俺も陰キャだから!
いきなり馴れ馴れしく話しかけたりしないから!
「……」
そう念じながら図書室の鍵をしめる彼女を見ていたが、その間もチラチラと明らかに意識(恋心的な意味ではなく)してる様子で見られたのですごすごと退散した。
うん。分かる。恐いよね。
鍵を返しに行くふりして遠回りなのに俺が去ったのとは逆方向に行くのも流石だよ。
万が一にもすぐにもう一度顔あわせたくないもんね!
そうして俺は一目惚れという青春の代名詞のような体験をしたが、その相手からめでたく警戒対象に認定された。
ちゃうねん。俺本当は陰キャやねん。
そう暴露することもできず彼女に警戒され続け、俺のストレスはさらに加速した。