一話 挑む女達
グレイラット竜国でかすかに積もっていた雪は溶け始め、王都の人々に春の訪れを感じさせる。暖かい風はそよぎ、小鳥達がさえずり始める。
その中剣術自慢の女達は、一つの会場に集っていた。
グレイラット学園の入試会場にはおよそ四千名の志望者が集っていた。大半は伯爵以上の地位を持つ娘、下克上を目指す少数の子爵。男爵は存在せず、爵位も持たぬ平民が約一名。
今日一日だけの試験で、これらは二百名まで絞られる。
試験内容は前日に知らされており、学力等は完全に無視したバトルロワイヤル。
専用に用意された魔法による仮想空間にて、それは行われる。
ルール自体は単純、仮想空間の飛ばされた受験生達は、専用に支給された模擬刀で戦い、本来致命傷になるであろう打撃を受けた時点で仮想空間から追い出され敗北。
そして今回は四千名の中から、最も敵を討伐した上位百名と、それを除いた中で最後まで生き残った者から百名が合格になる、と発表されていた。
現在は、各々持ち込んだ得物に近い模擬剣を配っている。
「まさか試験の為に四千本もこんな得物を用意するとかやっぱ王様って凄いね」
『実際は合わないことも考えて万本単位で用意されてるだろうな』
町娘のシオンは、受け取った模擬刀と愛用の木剣を見比べている。渡された模擬刀は、苦労して購入した木剣より明らかに上等な得物だった。
「全く、このまま持ち帰りたいぐらいだよ」
『それはそうと、今回の作戦は頭に入れてるか?』
「ちゃんと森に隠れて一人一人個別に倒すんでしょ?」
『分かってるな』
仮想空間には、3つの環境が用意されていた。森と大地と海。
前日にアレスと町娘は、こう簡素な分析をしていた。
海は魔法自慢に用意された舞台で、森は魔法を行使しにくく剣術自慢の舞台、大地は岩が時たま転がっているだけで見晴らしも良く、両方使える人に向けた舞台だろうと。
「おや、なんかあっちが騒がしいな」
シオンは少し遠くの方を見やった。何かを囲む輪が出来ており、輪を作る受験生らがどよめいているのが窺えた。
その輪の中心にいるのは、レア=ミルロット。受け取った摸擬刀を片手で振る。剣の柄ですら見えない程の速度を誇る素振りを見せる彼女は、また首を横に振る。
「うーん、まだ軽いの」
「と言われましても……」
模擬刀を渡している監査官は困ったように剣の山を漁っている。
「私の剣を持って貰った方が早いの?」
「あっ、それもそうですね。すみませんがちょっと拝借させて……」
レアは何気ない雰囲気で鞘に収めた剣を片手で渡す。それを両手で受け取った監査官は、レアが剣を手放すと当時に顔を歪めた。
しばし膝を震えさせた後、監査官はレアに断り、鞘から剣を軽く抜き、剣身を見つめた。
「………これってもしかして、アダマンタイトですか?」
「そうなの。プレゼントで貰った剣なの」
「アダマンタイトより密度の高い模擬剣……… 申し訳ありませんがございません」
「分かったの。これで我慢するの」
レアは渡された剣の中で、最重量の剣をヒョイと持ち上げ、監査官の元を去った。
それを遠くから眺めていたクレティアは、友達の方へと振り返った。
「ま、あれは誰が見ても要注意ね。いい? 私達は森の下部からスタートして速やかに合流。私達より大きい団体やあれに見つからないように行動して、生き残りの百名を目指すわ」
「ええ、三人で生き残りましょう」
「私達も微力ながら協力しますわ」
会場にそれぞれの思いは廻り、開始まで一時間を切る。
レアやシオンのように単身で挑む者は少なく、大体が少人数のチームを組み共に突破を目指そうと計画している。
また、強い権力を持つ一部の侯爵、公爵、他国の国王の娘は数十名と言った娘達を従えていた。
剣呑な雰囲気が漂う中、一人の男が会場に現れた。
会場はどよめき、彼の進路を開けるように女達は後ずさりする。コツコツ、と広場で最も目立つ高台に、男は上がった。
彼は彼女らの目的でもある、次期国王フィレイ=G=シルヴァだ。
「あー、あー、聞こえるかな?」
フィレイは石を手に取り、それに声を吹き込む。すると、会場中に備えられていた水晶から、彼の声が発せられる。
フィレイはほぼ全員の視線が自分に集まったことを確認すると、一瞬目を瞑り、軽く息を吸う。
「えー、今日は皆さん、よく来て頂きました。ご存知だと思いますが、私は次期国王フィレイ=G=シルヴァ。この中の誰かと婚約する王子です」
会場に王子以外の声は無く、皆彼の演説に耳を傾ける。
「今日来た方々がどんな思いで来たか、期待羨望、不安、もしくは渇望か。残念ながら、私には全てを知る由もない」
王子の演説は、淡々とした口調で語り始められた。
「本日用意した試験は、力、技量を最大限競わせる為に用意した試験だが、おそらく通常の試験より運任せな場面も多いだろう。
合格筆頭候補との接敵なり、団結による集中砲火なり。
だが、私は理不尽を乗り越えて生まれる王妃にこそ価値があると考えている。これを勝手な価値観だと非難するかは、それぞれの自由だ」
石を握る手が徐々に強まり、声にも段々とハリが生まれる。
「だが、これだけは言わせてくれ。この試験において、如何なる経過から如何なる結果を得ようとも、他人を恨まず自分を恨まず、今日の出来事と真摯に向き合い、己の成長の糧として受け止めて欲しい」
王子は一息吐き、身体の力を抜く。
「それが私からのお願いだ。……以上」
暫しの静寂の後、パチパチとどこからか拍手の音がする。拍手は少しずつ、少しずつ発生源から広まり、やがて会場内から拍手が響き渡る。
王子はその中で一礼をすると、高台から力強い足取りで降りる。王子が通るべき道は既に出来ており、王子は出口を見据え、着々と歩を進めていった。
長いようで短い一時間は着々と過ぎてゆく。
剣呑だった会場の雰囲気は、やがて緊張へと移り変わる。
残り二分前、一分前、三、二、一………
会場に試合開始のブザーが鳴り響き、試験が幕を開けた。