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六話 古代龍と王子 七話 軍神の贖罪

各お話が短かった為、統合しました

 試験前日の昼、最強の女の夫となる次期国王フィレイ=G=シルヴァ。彼は今、現国王と席を共に朝食を取っていた。

 人受けの良い面、スラリとした細身の体系でありながらも丹念に鍛え上げられた身体、聡明な知恵。どこを取っても非の打ち所のない王子は、国王と言葉を解していた。


「明日だな。お前の嫁候補が決まるのは」

「そうですね、いよいよ千年前の約束が果たされる時が来るのですね」


 静まり返ったこの空間で、二人の声が鮮明に響く。食器の音は一切鳴らない。


「ワシはな、約束を果たす世代がお前で良かったと心底感じておる」

「だとしたら、それは教育の賜物ですよ。お父様がいたからこそ、今の私がいるのです」

「………そうか」


 会話が止む。一時、静寂だけが響き渡る。

 黙々と水と食事は進み、やがて国王が先に食事を終えた。


「ワシはもう行く。今日はグレイラット様に挨拶をして来なさい」

「かしこまりました」


 国王が広い食道を出ると、ワンテンポ遅れて王子も席を立った。

 専用の更衣室まで足を運ぶと、複数の侍女に囲まれ、白い礼服に着替える。

 そして王子専用の近衛隊を引き連れ、愛馬で王都の背に聳える巨大な山へと駆けてゆく。あの山頂の洞窟に、古代龍は引き篭もっている。


 山頂の洞窟に足を踏み入れることが許されているのは、王家の者のみ。フィレイは近衛兵を出口で待機させ、古代龍の元に跪いた。


「只今参りました、グレイラット様」

「ん…… おう、お主か。面を上げるがよい」


 跪くフィレイの前で、巨大な尾がゆるりと動き出す。両腕は広がり、分厚い翼に覆われていた顔が今露になる。

 強い地響きと共に見せた古代龍の全体は、酷くやせ細っていた。


「お久しぶりです、グレイラット様」

「もう一年経つか……」


 そう呟く古代龍の目は、とても悲しそうな目をしていた。


「なぁお主、こんな老獪の独り言で良ければ聞いてくれぬか……」


 王子は何も言わずに、近くの岩に腰をかけた。古代龍は、弱弱しい目でフィレイを一瞥すると、彼ではなく、いない彼女を遠くに見据えながら話し始めた。


「我の名の由来を知っておるかの…… 主の先祖には全てを語らなかったが、主には知る権利があるかのう。

 グレイラット…… 今は我こそが名乗っておるが、実は古い友人から貰い受けた名なのじゃ。我が使うこの名には、彼女との約束が込められておる」


 古代龍は、千年前の彼女の死に顔を思い浮かべる。


「彼女は死に際にこう言ったんじゃ…… 今でも一字一句正確に覚えとる。彼女の口調で喋るのはちと抵抗があるが……」


 古代龍の脳内に、当時と同じ光景が広がり、当時の彼女の声で再生される。


(……ふふふ、そろそろ私も逝くみたいだ。なぁに心配するな、千年後また会えるさ。……そうさね、それまで私の名を預けておこうかね。次、来世で出合った時、その時にその名を賭けて戦おうね)


 口を開こうとした古代龍は、黙り込む。しばし考え込んだ後、やっつけ口調で再び語り始めた。


「うむ、要約すると千年後に生まれ変わるからその時に再び戦おう、ということじゃな。おそらく彼女はこの時代に生まれ変わり、我と出会うべく会場に向かっておるじゃろう」

「…………」

「そして、彼女と出合った我は彼女に殺されるであろうな」

「……………」


 古代龍と王子の間に長い長い静寂が訪れる。古代龍は瞳を閉じたが、王子は岩から背を離さなかった。

 やがて古代龍が寝息を立てる。巨躯からは想像も出来ない弱弱しい寝息だ。それを聞き取った王子は、立ち上がり、古代龍を背にした。

 数歩離れ、再び古代龍へと向き直った王子はその場で跪くと


「千年、千年です。例えグレイラット様が如何なる気紛れで動いたとしても、私達は先祖代々グレイラット様の庇護を受け、ここまで繁栄を尽くすことが出来ました。私が先祖の想いも背負い、御礼申し上げます。

 この契約が如何なる終わりを迎えようとも、私達は感謝の意を示すばかりです」


 それだけ言い終えた王子は、洞窟を後にした。

 寝息を立てていた筈の古代龍がうっすらと重い目蓋を開ける。


「本当、あやつが言ってた通り良く出来た息子じゃの……」


 そう呟いて、古代龍は今度こそ眠りについた。


 ◇


  試験前日、平民の娘が一人、グレイラット竜国端に存在する質素な宿に泊まっていた。

 名はシオン、苗字を持たぬ素朴な町娘である彼女もまた、グレイラット学園の試験に挑む者だ。


 本来、平民が貴族より強くなれる道理はない。教育の問題ではなく、保有魔力の差異からして平民が貴族に敵うことはなかった。金の問題ではなく、血の問題なのだ。


 それでもシオンが学園の受験に挑まんとするのは、彼女に神様が付いているからだ。


『どうした、今になって不安になったか?』

「まぁ、不安と言われればちょっぴり不安…… かな?」

『まぁ安心しろ、俺の言う通りにやればお前は受かる』

「そうだね、いつも通りいつも通り」


 確かに神様とシオンは会話しているが、そこに神様の姿はない。神様は、直接シオンの脳内に語りかけている。


「そういえば気になってるんだけど、どうして軍神アレス様は私に力を?」

『簡単なことだ、平民が王様の妻になる。……面白いだろう?』

「あーうん。なるほどね」


 シオンはアレスの適当さにほだされ、少し身体の力が抜ける。


(まぁ、無理だろうがな)


 アレスは天界から馬車で王都に近づくレアの姿を見やった。レアの中には、古き友人であった英雄グレイラットの魂がある。


 アレスは、グレイラットを転生させてしまったことを悔いていた。


(満足させたいが為に転生させたのが良くなかった。肝心の古代龍が戦えないのではあいつの退屈は繰り返されるだけではないか)


 彼女の死後、千年この世界を覗いていたアレスはおよそ三百年前から古代龍が戦えない身体になっていたことを悟っていた。

 アレスが語りかけている小娘シオンは、神としての力を行使して無理矢理魂の質を高めた、いわば彼女を満足させるために作った養殖品だった。


(こいつはせめてもの罪滅ぼしと言ったところだろうか。これでせめてもの退屈を凌げればいいのだが……)


「じゃ、おやすみなさいー」

『お、おう』


 ◇


 こうして舞台は整った。片や記憶喪失、片や不治の病。

 古代龍と彼女が交わした約束は歪み、もはや期待していた形では果たされなくなった。それでも約束は世界の情勢を巻き込み、終わりを迎えるだろう。

 これは、千年前の盟約に翻弄される現代の者達が紡ぐ物語である。

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