五話 始まり
公布からまもなく十四年が経過する。残り一週間もすれば、グレイラット学園の入試が始まる。
明日、ミルロット家からもレアが受験しに家を出る。今夜は、家族でささやかなパーティをしていた。
「もうレアも学校に行く年になったか……」
父親が感慨深く呟くと、母親とフレイは顔を顰めた。
「何回言うつもりですか?」
「そうですよお父様。レアも少し困ってますよ」
「ああ、すまないすまない」
はぐらかすように笑う父親を横目に、レアは口元を押さえ軽く咀嚼すると、フレイに問いかけ始めた。
「お兄様、グレイラット学園とはどんなところですの?」
「うーんと、そう言われてもね……。まぁ、ギラギラした目の未婚の女に狙われるとこだよ」
フレイは顔を引きつらせ乾いた笑いと共に答える。その返答に反応したのは、レアではなく父親だった。
「言っとくが、お前があそこに入ったから今は何も言わんだけで、卒業までに決めなかったら私が勝手に決めるからな?」
「分かってるんだけどねぇ、怖い女が多すぎて……」
少々いたたまれない気持ちになったフレイは、逸れそうになった話を戻す。
「とはいえ、学園のことを聞いても参考にはならないと思うよ」
「どうしてですの?」
「お知らせ読んでないの? ほら、学ぶところも環境も全く違うからさ。
僕達の年代と違って王子一人と女性のみ、社交界のシーズンも家に戻れず、中心の学び舎で丸々四年間過ごすとか書いてなかった?」
「そうだったんですの?」
今知ったかのように首を傾げると、フレイは呆れたように首を横に振り、父親は頭を両手で抱えた。
「口頭でも伝えた筈なんだがな」
「多分耳に入ってなかったの」
「つくづく思うが、授業以外でもちゃんと人の話聞けよ?」
「なるべく善処するの」
結局、人の話を中々聞かない癖は十四近くになっても治らなかったな、と両親は心で溜め息を吐いた。
ミリは壁掛け時計を見ると、家族に告げた。
「さてお迎えの馬車は朝早いことですし、そろそろお開きになられた方がよろしいかと」
「そうだな。私は仕事で送れないが受験頑張れよ」
父親はレアの頭をワシャワシャと強く撫でると寝室へと直行した。レアも駆けるような速さで自分の寝室に向かうと、フレイも部屋へと帰る。
残された母親とミリは、パーティに使った食器を持ち、キッチンへと向かった。
食器を洗いながら、母親が語りかける。
「二人ともいい子に育ってくれたわ。ありがとうね、ミリ」
「奥様旦那様の助力があってこそですよ」
「それでも、ミリがいなかったら現状はなかったわ。そうね、もしいなかったら少なくともフレイは捻くれてたでしょうね」
謙遜するミリと素直に褒める母親。心なしかミリの頬が少し緩んでいる。
「それで、この後はどうするのかしら?」
次いで母親は心配そうにミリに問いかける。
そもそもお金に余裕のない筈の夫妻がミリを雇ったのは、子供を世話する為だった。子供二人が無事育ち、学校へ通う未来が見えた今、ミリの契約は終わりも見えていた。
「もし良かったら、契約伸ばさない? フレイもレアちゃんも上の貴族達と結婚出来る目処が立った今、家計に余裕が出来そうなの」
「いえ、大丈夫ですよ。女性が強い方がモテるこんな時代が来て、今や女性も僅かながら社会進出してるじゃないですか。実は私、もう次の働き先が決まってるんですよ」
「あら、そうなの。ちなみに何処かしら?」
そう問いかけられたミリは、奥様ににこやかな笑顔を向け答えた。
「旦那様と同じ、剣術指南ですよ」
「わぁ適職。……そうね、元はそれが原因で家を飛び出したものね」
「本当、いい時代になったものですよ。あくまで私にとってですが」
「本当にそうね。聞いてくれる? この前舞踏会に顔を出したら古い友人達と会って────」
この後、奥様は数時間に渡って友人達と交わし合った愚痴を述べた。
主に、産まれてからずっと剣術を修めてこなかったことで向けられる子供からの視線の耐え難さについて。
翌日、目の下にクマを浮かべ、レアを送る奥様の姿があった。ミリは数時間しか寝ていないにも関わらず、しっかりと目覚めていた。
馬車に乗り込む直前のレアにそれぞれ声をかける。
「緊張しないでいつも通りにやるのよ」
「正直妹なら緊張してガチガチになっても受かる気がするけど…… まぁ頑張ってね」
「お嬢様ならほぼ受かりますよ、心配する必要はないですからね」
レアは少しの荷物を腰に、新調したアダマンタイト製の剣を右手に持ち掲げると、元気一杯、三人に屈託のない笑顔を向けた。
「頑張ってくるの!」
レアは乗り込むと、送別する三人の姿が見えなくなるまで走る馬車の窓から手を振る。
向かうはグレイラット学園の受験会場、高速化した馬車でも一週間はかかる程遠くにある会場だ。
レアは胸に剣を抱え、刻み込んだ動きを脳内で何度も繰り返し、魔術の詠唱を発動しない程度の小さな声で何度も唱えた。
これから強い相手と戦うと考えると、にやけずにはいられない彼女であった。