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一話 彼女が転生した理由

 時は深夜。闇夜に浮く赤満月が切り立った崖の上に広がる無数の窪みを月明かりが不気味に映し出していた。


 崖に座る老婆が一人崖の先、対面の山を眺めていた。

 彼女は英雄グレイラット。二十代半ばにして英雄の名を冠し、三十を超える頃には、この星、アルゴーの食物連鎖の頂点に君臨した生ける伝説だった。それは七十を超えた今でも変わらず、今尚頂点に君臨している。


 彼女は退屈していた。


 三十代で超える目標を失ってしまった彼女。古代龍エンシェントドラゴン神喰狼シェンリル。各国で最強と謳われていた存在でさえも狩りの対象にまで貶めてしまった彼女は、目標を失っていた。

 七十までの四十年、彼女は惰性で日々絶えず自分を鍛えている。


「……退屈のまま死にたくないねぇ」


 何気なく発されたその言葉は、彼女が諦めかけている満たされたい、という願いの裏返しであった。

 満たされたい、という感情はいつの日も満たされたことはなかった。流石に子供の頃は満たされていただろうが、彼女にはもう思い出せない。

 そして満たされたいという感情は、彼女は戦闘狂である限りほぼ不可能。

 分かっていながら何度口にしたことだろうか、と彼女は想起出来ないあの頃に思い馳せる。


「寝ますかぁ」


 彼女は両手を広げ、背中から硬い岩肌へと倒れこんだ。宙で足をぶら下げたまま彼女はゆるりと目を閉じた。

 後ろから近づいてくる重い足音を子守唄に呼吸を整え始める。死ねない自分を脳裏から消し去るべく立てた寝息の音は、非常にわざとらしいものだった。


 突如ピタリと足音が止む。彼女に背後に忍び寄る、月明かりに照らされた巨大な影はゆるりといかつい口を開く。


「強き者よ」


 背後へ歩み寄った存在は、彼女一度敗れたものの運良く生を拾った古代龍だった。彼女は眠ろうとしていた目蓋を薄く開けたものの振り返りはせず、夜空を眺めていた。


「………」

「貴様への雪辱を果たすべく参った。当然やってくれるな?」

「………別にいいけどね」


 一度は世界最強とも謳われていた古代龍でさえ、彼女の瞳には寝れない時を凌ぐ、使い捨ての道具にしか映っていなかった。

 彼女は気だるそうに立ち上がり使い古され切れ味を失った二刀のレイピアを鞘から抜くと、ゆるりと数百メートル離れた古代龍へと歩み寄ってゆく。


「えっと、戦闘開始ね」


 遅ればせながらも告げられた戦闘開始の合図に古代龍は大きく後ろへと飛び退いた。古代龍が持ちうる巨躯から成る跳躍は半キロメートルに及ぶ。

 月光に照らされ妖しく光る双眼で彼女を見据え、喉奥から灼熱の炎を放つ。その炎が掠めた岩肌はみるみる紅く染まってゆく。


 正面から迫り来るブレス。しかし彼女は避ける素振りすら見せず、岩肌を焼く炎へと歩み寄った。そして持ち前の魔力を押し固め、正面へ障壁を展開した。


 魔力。それはこの星の生物全てが持ちうる魂に宿る力だ。魂に宿る魔力には個人差が存在し、またその値が大きければ大きい程、肉体へもたらす恩恵も強くなると云われている。

 第一の恩恵として身体能力の強化。第二の恩恵は今彼女らがしているように、魔力を一時的に単純な物質へと変化させ展開する為の力をより得られることだった。


 平均的な人間が持つ魔力からすれば、古代龍が持ちうる魔力は計り知れないものだ。

 だからこそ古代龍が世界最強と恐れられる云われであるのだが、ただ一人、彼女だけは古代龍を遥か凌ぐ魔力を人間という小さな器に保持していた。


 故に、古代龍のブレスが彼女の何気ない障壁を破れる道理はなかった。ブレスに混じった岩が何度も障壁を叩くがそちらも効果はない。

 炎に視界も聴覚も阻まれる劣悪な環境の中、彼女は地面に何かを叩きつける轟音を辛うじて拾っていた。


(何かがおかしいねぇ)


 彼女は軽く違和感を抱いたが、違和感程度で立ち止まる理由にはならない彼女は炎の発信源へと歩み続ける。

 やがて轟音の間隔は狭くなり、炎の威力は徐々に弱まってゆく。やがて炎も晴れるか、とその時、彼女は後ろへと振り被った。


 鋭利な音が響く。古代龍の鋭い爪先とレイピアの鍔が火花を散らす。彼女側の地面が強く圧縮されるものの、鍔迫り合いに負けた古代龍は大きく飛びのいた。

 周囲に砕かれた岩が転がる中、古代龍は眼を細める。対する彼女はレイピアを鞘に収め腕を下に組むと、感心した口ぶりで語り始めた。


「珍しい。古代龍が小細工を弄するとは驚いたね。煩わしかった石に視界を塞ぐ炎、周囲に散らばっている岩。全て今の攻撃をする為の布石なのだろう?」

「………」

「素晴らしいねぇ! お前のような古代龍は初めて見たよ。戦闘は終わり、一度見逃してやろう」


 嬉々として与えられた宣言に、古代龍は憤慨する。


「『見逃してやる』……だと? 古代龍である我が矜持を捨ててまで手にした小細工を賞賛しておきながら、それを吐くなど我を愚弄しているのか? 貴様は我と決着を付けぬまま老いで果てる。……それを易々許すとお思いか?」

「矜持を捨てた? まさか私に適わないのを分かってて許すとか使っているのなら、矜持を捨て切れないちっぽけな存在なんだねぇ、君は」


 捲くし立てられた言葉に煽り言葉。古代龍の憤慨が爆発寸前まで溜まるかの時、彼女は面白可笑しく笑い出した。


「あっはは! ごめんごめん。別に矜持と意思の違いぐらい分かってるよ。別に決着をつけないって訳じゃないさぁ」

「………なら、戦え」

「まーまー、慌てるなって」


 彼女は古代龍を諭して落ち着かせると、耳に右手を当て星空を仰いだ。


「えっと、アレス君見てた?」

「あーうんうん。あれ頼める?」

「オッケー、頼むよ」


 笑顔で何かを話しながら頷く彼女に対し古代龍は奇妙な物を見るような目を向ける。

 やがて彼女は話を終え右手を降ろし、古代龍へと向き直った。


「主、何をしておったのだ?」

「ん、ちょっと神様と話しててね。私を千年後に生まれ変わらせてくれるって」

「………何を言っているのだ?」


 彼女の言葉に嘘はなく、彼女は軍神アレスとやり取りをしていた。ただ古代龍に軍神アレスの声は届いてないだけだ。

 ただ古代龍はそれを知る由もなく戸惑う。


「ま、千年後私が復活するから、その間に鍛えててまた私に挑んでよ。矜持を捨てて小細工するぐらいだから、鍛練も普通にやってたんでしょ?」

「待て、余りに突拍子のない話で混乱しておる。………主は何を言いたいのだ?」

「んー…… ま、私が死ぬまでにまだまだ何年も残ってるしゆっくり説明するよ。ほら、こっち」


 彼女は古代龍の腕を引っ張ると、お気に入りの景色が見える場所へと連れて行った。


 そして彼女が老い果て死ぬその時まで、古代龍は彼女との年月を重ねるのであった。

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