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生きると生きている

鉄の錆びた臭い、生暖かいなにかがパラパラと頬に降り注ぐ。ピタピタと地に液体が弾ける音が聞こえる。

首のない体からドプドプと暖かいものが溢れ出し、あの屈強な体はグシャと音を立ててただの肉塊になって崩れ落ちた。


「あぁああ有り得ない、あり、ありえな、いぃいぃぃいいいい!」

レイカー卿の劈くような悲鳴がこの場に響き渡る。その叫びがサイレンのように脳を木霊する。


「そ、そんな……ツアレ殿があんなにも、簡単に、やられるはずない……のに」

ついさっきまで隣にいたアイリスは目の前の出来事が理解できていないように、ただ立ち尽くしてその場から動けずにいる。

シリカに目をやるとアイリス同様、脳が機能していないようだった俺も同じような顔をして、いやもっとひどい顔だろう。グシャリと崩れ落ちて人がただの血まみれの塊になる瞬間が脳裏から離れてくれないんだから。

重火器を持つ白髪の女の子も構えたまま絶句の表情を浮かべていた。



「あはははあっはあっぁぁああああああ消えろ、いひっぃぃぃいいい」

この沈黙から始めに動きを見せたの狂人度合いがましたレイカー卿だった。

手や彼の周囲から色とりどりの光る球が現れては『ラフィア』に乱れ打ち込んでいく。赤や青、黄色や緑などさまざまな色を帯びた閃光が流星のように『ラフィア』に降り注ぐ。

だがその全ての光を重力崩壊を起こした天体のように飲み込んでいった。だがレイカー卿はそれでも御構い無しに作り出しては打ち込んでいく。

狂人の叫びと無数の閃光が音もなく消えていく光景を見つめながら呆けていると頭に柔らかい温度を感じる。


「優一、シリカを連れて屋敷に戻れ、そしてすぐに帰るんだ。君はここで死んではいけない」

見上げてみたアイリスは慈愛に満ちた顔で微笑んでいた。


「シリカ、優一をまかせたぞ。」

目を見開き、青白い顔のシリカは言葉が出ないのか口を開いては言葉を発せずにパクパクとさせていたが、瞼をきつく閉じ、開くと色の灯った瞳で首肯で返す。

アイリスは満足げに微笑みシリカの頭を優しく撫でると前に向き直る。


状況掴めず、心積もりも出来ない俺を置いて、見える世界は変わり続けている。

ここは異世界だ。

この状況を前にして優しく微笑みを浮かべるアイリスも、覚悟を決めた表情を浮かべているシリカもどうして動き出せるのだろう、今さっき人が無残にも死んでしまったのに、最強の戦力の1人があっさりと殺されたのに、なぜ次の一歩へといけるのだろうか。


アイリスは剣を抜き胸の位置に掲げると、一言ポツリと呟くとアイリスの全身は白銀に包まれて辺りを照らす。

神々しい光は頼もしくもアイリスの後ろ姿は儚げに見えた。


「いくわよ。」

手のひらにヒヤリと冷たい感触が走る。震える手でしっかりと結ばれ、指と指の間にシリカの温度を感じて優しく握り返す。



足に力を込めて立ち上がろうとした時目の端の捉えていた無数の閃光が消えている事に気づく。


「あぁあああああああいうぅううぅうう、腕が、……あはぁあいぅ」

首だけで後ろに向くと、両腕を肩から失くしたレイカー卿が恐怖が混じった恍惚な笑みを浮かべながら闇に飲まれる瞬間が見えた。



「うあああああぁ!!」

アイリスの叫びと共に『ラフィア』に向けた剣先から白銀の光柱が放たれる。


「早く行くわよ!」


腕を引かれて少し前のめりになりながらも走り出そうとした時、衝撃波を背中に受けて前方に吹き飛ばされる。


「うへぇ!」

顔面から地面に突っ込み顎が摩擦で擦り傷ができる。


「優一、無事!?」

シリカも顔から行ったのか鼻から血を流していた。

「おい、シリカ鼻血が出てるぞ!」


「えっうそ!?ほんとだ」

そう言ってシリカは袖口で鼻血を拭う。

「お前こそ大丈夫かよ、鼻血止まってないぞ」


「平気よこんなもん!それより早く立ちなさい。さっきの数倍威力のある爆発がきてもおかしくないわ」

流れる鼻血を気にもせず、俺の手を優し引き寄せられ立ち上がる。


「ほら、走れる?」

今まで見てきたシリカとは違い、気にかけるような声にドギマギとこんな状況でもしてしまう。


誤魔化すようチラリ後ろを窺うと見えたのは白銀の光がもう風前の灯火のように深い闇に飲まれかけていた。

そして少し離れた位置にいる白髪の少女は魔法で出したであろう巨大な戦車の様な大きさの兵器で応戦していたが、如何なる攻撃も音もなく飲み込まれ、もしくは届く前に爆発していた。


さらに気づけば周りにいた兵士の人達は姿がなく、ただ周りには切断された手足が血溜まりを作りながら転がっている。

状況は目まぐるしく変化しており、美しかった景色はもう地獄のようなものへと変わっていた。


「シリカ早く逃げよう!ここはもう、」

俺の言葉を遮るように手が冷たい感触に力強く包まれる。


「優一、先に行きなさい。」

包まれる手には陽だまりのように暖かい光がシリカの手から伝わってきていた。


「何を言ってるんだ、早く逃げるぞ。」


「いいから!!私はここで時間を稼ぐから行きなさい」


だからなんでそうなるんだ!と言おうとして言葉が出なかった。シリカの足は震え、足元には大量の血が広がっており、今もなお広がり続けていた。


「なんだよそれ」


「うっさい、見んな、バカ。乙女の背中を……見ようなど、10年早いのよ」


途切れ途切れで迫力のないシリカはそれでも俺の目を見つめて手を握りしめる。そしてそのまま俺の手を抱きしめた。


「私たちは、ここで終わり、でも優一は違う。あなたの世界に戻らないと」


「お前は、」


「これが私の運命……なの、そして、この世界の運命。抗おうとして良かっ……た。最後に、あなたに出会えたんだもの」


へへへ、と照れたように笑う。さらりと黒髪は揺れ、血の気の失せた白い肌は頬だけがほんの少し赤く見えた。


「魔法を込めたから、屋敷の扉を開けばそれが……入口となって帰れるはず、ほら早く!アイリスももう、限界が近いはず」

途切れ途切れで言い切るとシリカは俺の手を離し「早く行きなさい」と優しく突き放す。

こんな状況で放って行きたくない、けど俺に出来ることなど何も無い、ただの異世界人に出来ることなど何も無いのだ。



「 優一」


ただ名前を呼ばれた、それだけなのにシリカは言葉で俺の背中を押す。

心が痛み、息がつまる。彼女のために出来ることそれは、彼女を見捨てて行くことだけなのだから



「わかった」

そう言って俺は走り出す、シリカを残して

脚が重い、空回りしているように力が入らない。強く蹴り出しているのに一歩が短く感じて心がまた痛み出す。視界が歪む、肺が痛い。流れる涙を無視してひたすら屋敷へ引き返す。


後ろから息を呑む音とバシャリと倒れる音が聞こえた。


それでも走った。ただひたすら声にならない叫びをあげながら




だが気づけば世界は真っ黒でこの時理解したもうこの世界は終わったのだと、

「ごめん、シリカ」

枯れた声で発した音は伝わるはずもなく消えていった。

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