来たる死について
なんとか変態を退けたがシリカはまだ動ける状態になくまだアイリスの腕の中にいる。
そのアイリスはそばにいるだけで無条件に安心してしまうような包容力を持っていて、アイリスが泣きついてしまうのもわかる。
ちなみに俺はというとなんだか、2人だけにしてあげたほうが良いと判断して気を利かせて少し離れたことろに座り込んでいる。俺も結構泣きたいくらい、いやむしろ吐きたいくらい気分が悪いが、あの威勢の良かったシリカが泣いているところを見てしまうと、落ち着くまでは1人でいようと気を遣うしかない。
相変わらず綺麗な夜空。あの吐きそうな体験をした後のせいかさっきよりも綺麗に感じる。
滅びが迫ってきているこの世界、この美しい風景が儚く消える前の最後の煌めきではない良いんだけどな、などと感傷に浸っていると後ろから呼びかけられる。
「ねぇ。」
後ろを見るとこの薄明るいとこでもわかるほど目を真っ赤にしたシリカがいた。
「あの、あ、あれは何だったのよ?あの迷惑なんちゃらかんちゃら、ほ、ほんと意味わかんない。」
ほんのちょっと期待してお礼でも言われるかと思ったけど、まぁシリカだしそんなのないよな。一応助けたつまりだったのだが、
「で、でも……ありがとう、ね。」
聞こえるか、聞こえないかくらいの声でぽしょぽしょと言うと、プイ!っとあらぬ方向に向いてしまう。
揺れる髪の毛の隙間から見えた、耳や首筋は月明かりに照らされなくても分かるくらい真っ赤に染まっていた。
「お、おう」
シリカの素直な俺に戸惑いつつも少し嬉しくてつい少しだけニヤついてしまう。
「あ、あんた、何笑ってんのよ!」
「いや、笑ってないって!ちょっとびっくりしただけだって!まさかシリカから素直にお礼を言われるとは思わなくて」
「私だってお礼くらい言えるわよ!さっきは助けてもらったと思ったから言ってあげたのに、もう言わないからね!」
そう言うとアイリスの方にぷんすかしながら歩いていく。
いやお前最初、俺が奴に声をかけた時に、「は?」っ言ってたからな。そんなやつにお礼言われるとは思わないだろ。
ふとアイリスを見るとなんだか嬉しそうにクスクスと笑っていた。なんか微笑ましいしいものを見るような目で見てくる。
俺とこいつはそんな目で見るようなもんじゃないんだけどな、言うなれば被害者と加害者が近い気がする。またしても巻き込まれたわけだしな。
もしシリカが俺らの世界にいたら、周りを巻き込んで行動します!みたいな意識高い言葉をよく使う意識高い系女子だったに違いない。
ほんとこっちの世界にいてくれて良かったよ。
「ほら、いくわよ。」
立ち止まったシリカがそう言いながらチラリとこちらに視線を向けてくる。
じーーっと見ていたが俺と視線が合うとプイと前を向いてしまう。勢いよく前を向いた所為で髪がふわりと揺れているのを見て少し微笑む。
「わかったよ。」
ほんの少しの苦笑を浮かべながら立ち上がり、シリカの元へと歩き出そうと足を動かそうとした瞬間、唐突に無重力状態を感じたと思ったら次の瞬間には空気が重くなったように体に負荷がかかる。
夜空が落ちてきたような真っ黒なモヤが地面にドシャッと音をたてて存在を落とす。
落ちてきたそれを中心に黒い飛沫が辺りに散らばりまるで黒い血だまりのようにみえた。
モヤモヤとした形状などをはっきりとさせない存在は俺たちに恐怖という感情を植え付ける圧倒的な存在感を放っていた。