飛浩隆「ポリフォニック・イリュージョン」(河出文庫)感想
58 ポリフォニック・イリュージョン 飛浩隆初期作品集
(飛浩隆/2021年10月/河出文庫)
今回はSFを取り上げます。
書店の新刊コーナーで見つけ、買ってみました。
全く聞いたことのない著者名でしたが、カバーのプロフィールを見ると、日本SF大賞を何と二度も取っているそうです。
世の中、こういう作家さん、恐らくたくさんいらっしゃるんでしょうね。
というのは、最近、新型コロナで疲れた人々を元気づけよう、みたいな趣旨の本を買ったんですよ。
総勢約60人に及ぶたくさんの日本人小説家が、一本ずつ新作掌編を寄せるという企画で、まあ、よくあるやつです。
その本の小説家たち、ほとんど知らない人で、ところが、一人一人の経歴を(収録作品の後に、短く載っていました)見ると、既に大きな賞を取っていたり、シリーズ物を幾つも出版していたりするようなベテランばかりだったんです。
何というか……すごい人なんだけど有名じゃない人って、いっぱいいるのだなと。逆に言えば、あるジャンルに特に詳しいわけではなくても、みんながふわっと知ってる小説家って、本当に例外中の例外で、選ばれた特別な存在なんだなあと。
この60名の小説家たちの中で、小説執筆だけで食べていかれている人、果たして何人いるんだろう、などと考えてしまったのでした。
(大きなお世話でしょうけどね。)
そんなことを思い出しながら、私は本書を読み始めました。
多分、飛浩隆氏も、知る人ぞ知るSF作家なのだろうなと。
タイトルに「初期作品集」とあるとおり、だいぶ前、1982年から88年に「SFマガジン」に発表された短編が中心。
感想としては、簡単にすぐ面白がることができる、という作品は少なかったです。
決して難解なわけではないのですが、場面やせりふの裏の意図をちゃんと真面目に読み取らないと、置いていかれる感じ。
お金を出して「SFマガジン」を積極的に読む層には、これぐらいの硬さ・濃さが心地よいのかもしれませんね。私には、ほんの少し、ハードルが高かったです。どの作品も面白かったけれど。
あと、バラエティーに富んだ短編集ではなく、どちらかといえば、似通ったテーマや内容のものが多かった。
現実世界を、電子や機械に置き換えたり移し替えたりして、過去の再現とか、理想の追求とかをする話が中心でした。
表題作にしてデビュー作の「ポリフォニック・イリュージョン」がそうでしたし、「地球の裔」も「いとしのジェリイ」も「夢みる檻」もそうでした。
私は途中から少々飽きてきてしまい、やや、お腹いっぱい気味でした。
裏を返せば、「これだよこれ。これぞ飛浩隆! この世界観がたまらないんだよな!」という熱狂的な読者がいて、飛浩隆の短編が載るたびに「SFマガジン」から切り取って集めてるような方々も、きっと大勢いたのだろうなと。そんな光景も容易に浮かびました。
本書には、著者本人が自作を解説するコーナーがあり、これら短編の中には共通点が見られるものもあることは、率直に著者自身が認めています。
それがやがて、日本SF大賞受賞の長編へと結実する様子も語られ、面白く読みました。
もっとも、この解題コーナーも、結構マニアックな内輪話、楽屋ネタが散見され、「SFマガジン」とか一切読んでない私は、ちょっとついて行けなかったですね。
普段、SFを余り読まない人がいきなり本書を買ったら、若干、損をした気分になるかも。
ネットで軽く調べた限りでは、どうやら、飛浩隆氏はサラリーマンをやりつつの、細く長い小説執筆だったようです。
もし、それが事実だとするなら。
誰もが知る著名作家になれたら素晴らしいけれど、一方で、勤め人として安定的な収入を得ながら、好きなテーマを好きなペースで書き続け、でもって日本SF大賞は二回も取っちゃう、これはこれで何という人生なんだろうと、私はとてもまぶしく思いました。