いぬじゅん 櫻いいよ「きみの知らない十二ヶ月目の花言葉」(スターツ出版文庫)感想
56 きみの知らない十二ヶ月目の花言葉
(いぬじゅん 櫻いいよ/2020年4月/スターツ出版文庫)
既にこちらのサイトで何度か取り上げているお二人の(よろしければ過去記事もどうぞ)、今回は共著です。
冒頭で、男性と女性、それぞれの短い回想場面が出てきます。この二人が主人公のようです。恐らくは恋人同士。
きっと、物語は、男性パートと女性パートの二視点に切り替わりながら展開するのでしょう。(実際、そのとおりでした。)
このプロローグを読むと、何となく、小説の主題は難病、死、恋愛辺りかなと分かります。どうやら、男性の側が、命に関わるほどの病気になるみたいです。
ところが、女性側が、男性との死別を深く悲しみつつも、かなり前向きなんですよね。いや、よく読むと、男性が生きている描写すらある。あれっ。どういうこと?
・男性は亡くなったが、女性の心、思い出の中で生き続けている
・男性は意識を失う等の深刻な状態ではあるが、一命はとりとめた
・夢の中、タイムリープ等、何らかの「異世界、異次元」へ入った
私は、主にこの三パターンを予想しつつ、本編を読み始めました。
本編では時間を戻し、舞台は学校となります。二人も現役の学生。
主人公の少年は、高校へ入学した直後に、半ば強引に園芸部へ入部させられます。
少年は花が好きではあるのですが、ここの園芸部は、優雅に花を愛でていればよいわけではない。そんなに甘くはないのです。
一言で言えば、用務員さん(五十代くらいの無愛想な男性)の雑用係。
花壇など、学校中の植物の世話をするのです。
しかも、部員はこの少年一人。皆、大変さに音を上げて、長続きしないようです。そりゃそうですよね(苦笑)。
少年は、休み時間や放課後は植物の世話に追われ、クタクタの毎日。
しかし、自分なりにやりがい、充実感を覚えており、疲れるけれどそんなに悪くもない日々です。
余談ですが。
この少年、登場するやいなや、「イケメン」という描写が何度か出てきて、ああ、やっぱり本小説は女性読者向けなんだなあと、私はしみじみ実感したのでした。(私は男性です。)
裏を返せば、男性向け、あるいは一般向けの作品には、「美女、美少女」といった描写が繰り返し出てきて、その度に女性は辟易としているのかもしれないなあと、改めて考えさせられる機会ともなりました。
もっとも、最後まで読むと、この「イケメン」も、実は伏線の一つではあったのですけどね、驚いたことに。
さて。
そんな急展開の高校生活を送り始めた少年は、数日後、一人の少女と出会います。同学年。もう一方の主人公。そう、冒頭の女性です。
少女も花に興味があり、園芸部に入ります。
こうして、二人の交流が始まるわけですが。
少女は、昔は姉と一緒に仲よくピアノを習っていましたが、とある事情から自分だけやめてしまい、そのことが、姉や周囲への引け目、痛みとなっています。
でも、思い切ってそれを少年に打ち明けると、優しく受け止めてもらえます。
ところが、これでスッキリしたはずなのに、少女の胸中は未だにモヤモヤしているのです。
どうやら、ほかにも、少女には重大な秘密があるようです。で、なぜか、そっちはなかなか読者へ明かされず、私はずっと引っ掛かりながら読み進めていきます。
一方の少年。
じわりじわりと体調が悪くなっていきます。この後どうなるかはプロローグで既に知っていますから、こちらはこちらで、胸がつかえる思いで私は読みました。
やがて検査入院、入院。余命はわずかだと判明。園芸部はもちろん、学校自体も休みがちになります。
でも、病気の詳細は少女にも学校にも隠し続けます。
この辺りから、話は暗くなるばかりで、文体も湿っぽく、ねちっこくなってきて、本音を言えば、私は読んでてつらかったですね。読む速度がぐっと落ちてしまったのが実態です。
物語としては、このくだりこそが泣かせどころなのでしょうけど、私はこういうのはちょっと苦手なんですよね。安易な感じがして。だって、誰でもあっという間に思いつくストーリーだもの。重病の恋人を泣きながら見守るシーンとかね。
しかししかし。
読み終えた今にして思えば、この箇所も巧妙な「わな」だったのかもしれないなと。仕掛けを見破らせないための。
感情的・感傷的な場面を意図的に増やして、物語全体をぐちゃっと歪ませて、読者に「頭を使わせない」という作戦。
どういうことかといいますと、このまま悲しいムードでふわっと終わるのかと思いきや、全く違ったからです。
つまり、明確な「オチ、種明かし」があったのです。これにはびっくりして、「うわっ、そういうことかー。やられた!」と、しばし呆然としてしまいました。見事にだまされた。
振り返ってみれば、引っ掛かっていた部分は幾つもあったんですよね。
名前の呼び方、指定の制服がない高校、場面から小道具が出現したり消えたりしているような違和感など。
映像や漫画では表現不可能な、まさしく小説ならではの鮮やかなトリックでした。
ただ、難しいなあと思ったのは、この「どうだ! すごいトリックだろ、驚いたか!」と作者が得意になってる感が強過ぎると、せっかくの泣かせ演出が冷めて、白けてしまうこと。
今回は、まあ何とか、ギリギリセーフのラインかなと感じました。何事もバランスですよね。
更に考えを先へ進めるなら、悲劇的な話とこのトリックとは、実は、余り相性が良くないような気もしました。
だって、この小説を「いやあ、最後のどんでん返しには参ったよ。スカッとしたぜ!」というトーンでは紹介しにくいじゃないですか。難病や人命がテーマなのだし。
むしろ、前向きな明るく楽しいストーリーでこそ、このトリックを最大限に生かせるのでは。
終盤のトリックに皆がびっくり、誰も悲しまず全員がハッピー、みたいな読後感を味わいたいものですね。
いずれにせよ、この小説は、一度読み始めたのなら、最後まで読み通した方がよろしい。
途中の闘病や恋愛の描写がツボにはまれば泣けますし、(私みたいな)そうではない読者も、投げ出すのはもったいないですよ。頑張って読めば、最後には大仕掛けが待っているのですから。
これは、驚かされちゃったモン勝ち、だまされちゃったモン勝ちです。
女性向けラノベのビッグネーム同士のコラボ、期待を裏切らぬ力作でした。
これがプロの仕事なのだなあと、少々打ちのめされてもいます。