岬かつみ「恋愛する気がないので、隣の席の女友達と付き合うことにした。」(ファンタジア文庫)感想
55 恋愛する気がないので、隣の席の女友達と付き合うことにした。
(岬かつみ/2020年8月/ファンタジア文庫)
主人公は高校に入りたての少年です。名字は和泉、名前は凛太郎。
どちらかといえば内気なオタクっぽい性格で、余り社交的ではありません。女の子にもモテない。(まあ、ラノベのお約束ですからね。)
ただ、小説の地の文は凛太郎の一人称で語られるのですが、これは結構陽気で面白いです。
ちょっと抜き書きしてみると、
・しみじみとした暴言やめろ。泣いちゃうだろ。
・おかげでのぼせた。笑ってくれ。
・人生に絶望していたところをJCに励まされて立ち上がる情けない男、俺。
など、など。
周囲や相手、自分へのツッコミが多く、思わず笑ってしまいます。
性格は消極的・自虐的ではあるけれど、決して後ろ向きでも陰気でもなく、凛太郎なりに人生を楽しんではいる様子。
さて、凛太郎は、中学を卒業すると、住み慣れた神戸から引っ越します。
神戸からフェリーで三時間半も掛かる、瀬戸内海の小さな孤島へ、姉と一緒に移り住むのです。島には、亡き祖父母の家があり、そこで姉と暮らすことになったのです。
姉は、教員志望の大学四年生です(引き続き神戸の大学に籍を置く)。姉は優しく美人で、凛太郎は姉が大好き。姉弟仲は良いです。
両親は海外でプロモーターをしています。
なお、島の都道府県としては、香川県。
初めて住むわけではなく、かつて凛太郎は、小学校の途中まで、この島で暮らしていました(祖父母の家に、姉と)。
それなりに思い出もあるものの、当時の記憶はおぼろげです。
物語の初め、一人で久々に島を訪れた凛太郎は(姉は一足先に島へ到着済み)、何とフェリーにスマホを置き忘れ、地図アプリも電話も使えず、道に迷ってしまいます。
ようやく、幼い頃によく遊んだ公園にたどり着き、懐かしいジャングルジムに登る凛太郎。祖父母の家の方角は思い出せないので、少しでも周辺の景色を見るために。
そこへ、同世代の美少女が通りがかり、ジャングルジムに登ってきます。
美少女は、ぼんやりした口調でマイペースにどんどん話しかけてきて、凛太郎は困惑するのですが、交番の場所を教えてくれて、凛太郎は何とか祖父母の家へ着いたのでした。
で、高校へ入学してみると、その美少女はクラスメイトで、しかも隣の席だった、というお約束の展開が待っていたのでありました(笑)。イイネ。
美少女の氏名は友近姫乃。
高校は小規模で、一クラス十五人程度、一年生は二クラスだけ。
凛太郎によれば、こういう田舎・過疎地の高校では、娯楽がないため、生徒は恋愛くらいしか興味がないんだそうです。
凛太郎の偏見はさておき(苦笑)、まだ入学したてなのに、早くも姫乃は男子たちからしょっちゅう告白されまくっていました。
いい加減、断るのにもうんざりしてきたので、姫乃は、告白よけのために、凛太郎と偽装カップルになることを提案してきます。イイネイイネ!
色々といきさつもありましたが、凛太郎は了承します。
やがて、他クラスのクールな美少女や、姫乃の後輩の小悪魔的な女子中学生も絡んできて、話はにぎやかになっていきます。
前半の山場は、凛太郎と姫乃の神戸デート。
神戸市役所の展望ロビーで夜景を見たまでは良かったのですが、帰りのフェリーに乗り遅れ、仕方なく、二人は神戸に一泊します。
場所は、凛太郎の実家です。マンションの一室で、今は誰も住んでいません。
なるほどなあ。「両親は海外、姉弟は一時的に香川へ引っ越しただけで、実は神戸の住居は引き払っていない」わけか。
その伏線をここで使うわけね。お見事です。
二人は、夕食のフライドチキンやピザ、コンビニではお菓子とか、姫乃の替えの下着など(!)を買い込んで、マンションへ。
ああ、いいなあ。凛太郎のことがうらやましくて、私は読みながらため息が出ちゃった。
そして、後半の山場は、高校の文化祭です。
何と、凛太郎の通い出した高校が、突如、廃校の危機を迎えます。
実は、姉の母校でもあるのです。姉は、いずれこの高校の教師になりたかったので、二重にショック。
そこで、この高校への関心を高めるべく、文化祭が企画されるのです。
問題は、過疎化のためか、高校の文化祭は、もう長年にわたって実施されていないこと。
すなわち、姫乃を始め、全校生徒は、そもそも「学校の文化祭とはどういうものか」を実体験として知らないのです。具体的なイメージが湧かない。
そう、ただ一人、都会育ちの凛太郎を除いては。
テンションがブチ上がる展開ですよね。頑張れ男の子! 奮起せよ主人公! という感じ。
かくして、凛太郎が中心となり、廃校阻止を狙った文化祭の準備が始まります。
ところが、ここへ来て、なぜか姫乃の態度がそっけなくなり……。
読後、物語全体を通して振り返ると、明確な敵対関係などもなく、ストーリーの意外性に驚くよりも、どちらかといえば登場人物のキャラを楽しむ作品でした。
この手の設定にありがちな、「実は俺たちは幼い頃に出会ってたかも」系の伏線も二つほど張られていましたが、小出しにするのみで、回収には至らず。
私個人としては、若干すっきりしませんでしたね。何だか、続編への色気があからさまで。
そこは出し惜しみせず、一冊で書き切ろうよ、と思いました。
まあ、表紙イラストも非常にかわいくて(イラストは庄名泉石さん)、私はジャケ買いしましたし、この小説と絵のコンビなら、シリーズ化しても、いい線行きそうな気はしますけどね。