J・P・ホーガン「星を継ぐもの」(創元SF文庫)感想
54 星を継ぐもの
(ジェイムズ・P・ホーガン/池央耿訳/1980年5月/創元SF文庫)
今回は番外編として、SFを取り上げます。
1977年に、英国のホーガンのデビュー作として発表されて以来、古典的名作として版を重ねています。
私が今年に(2021年)購入した本は2019年のもので、何と101版です。
それも、大きな書店のSFコーナーで探したわけではなく、駅ナカの小さな書店のおすすめコーナーで見つけたのでした。今なお、新規読者が後を絶たず、売れ続けているわけですね。
私自身、これまでに何回も、書店、雑誌、ネット等で、「傑作中の傑作。レベルが違う。これを読まなきゃSFファンとは言えない」みたいな最大級の賛辞と共に本書が紹介されているのを見てきたので、ずっと気にはなっていました。
そんなにすごいのかなと、今回、ついに買ってみたわけです。
読み終えた結論としては、「そんなにすごかった」ですね。
私が生まれる前にこれほどまでの物語が作られていたのなら、もはや、私が何かを新たに創造する必要なんか一切ないのではないか、とすら思ってしまった。
読み終わった場所は、帰りの通勤電車だったのですが、駅へ降りてから、しばらくは呆然としてしまいましたね。
ストーリー自体は、恐ろしく単純です。
「月面で、5万年前に死んだ人間の死体が発見された。なぜだろう」。これだけです。
もちろん、5万年前という計算に間違いはありません。
死体に残留した放射性同位元素や、死体が持っていたバックパックの中にあったウラニウム235の燃料ペレットの自然崩壊の分析で、明らかにされました。
これをどう説明するか。
そんなの、タイムマシンを出せば簡単じゃないか。
そう思われるかもしれない。
しかし、駄目です。タイムトラベルは使用不可。
使っていいのは、我々が住む現実世界で起こり得る現象のみ。当然、パラレルワールドも駄目です。
じゃあ、それは別の星の宇宙人だったのだ。
なるほど、そうかもしれません。
実際、物語の中でも、学者たちがそのような仮説を立てます。
なお、この謎の遺体は「チャーリー」と名付けられます。
発見された場所は、落盤により埋まっており、真空・凍結状態にあり、遺体の保存状態は良好(とはいえ、干からびてミイラ状ですが)。性別は男性。
チャーリーが身に着けていた宇宙服や、所持していた超小型原子力発電機などにより、彼が生前に生活していた世界が、かなりの文明、はっきり言えば現代の地球人以上の科学力を持っていたことは明らか。
ちなみに、「星を継ぐもの」の舞台は、西暦2028年の地球。
今を生きる我ら読者にとっては「なあんだ、たった7年後か」と思ってしまいますが、最初に紹介したとおり、本作品が発表されたのは1977年。当時としては、はるか先の未来だったことに注意。
小説の中の2028年は、「科学の進歩と出生率の低下により、イデオロギーや民族主義の対立は20世紀中になくなり、世界は均一な社会となって、人類は宇宙開発に励んでいる」という平和な世界観となっています。
地球では、飛行機内のテレビ電話にカードを差し込めば、口座から料金支払いができ、飛行機が目的地へ到着した後のエアカーを予約できる、という便利な社会です(スマホはないみたいです・笑)。
宇宙では、人類は月面に大規模な施設を建設し、太陽系を宇宙船が自在に飛び回り、木星にも行かれる、という科学力を有しています。
さて、その人類が、各国・各分野の専門家たちの力を結集し、チャーリーの謎へ挑みます。
チャーリーが持っていた手帳や、月の別の場所で新たに発掘された他の遺体(こちらは傷みが激しい)、機械、記録などにより、チャーリーたちの使っていた文字が解読され、背景が分かってきます。
それは、おおよそ以下の通りです。
・チャーリーは地球人ではない。地球にはない文字を使っているし、そもそも5万年前の地球に人類の文明はなかったのだから
・チャーリーが生まれ育ち、住んでいた惑星は、地球から極めて遠い場所にあった。軌道を計算した結果、その星は火星と木星の中間にあった。仮に「ミネルヴァ」と名付ける
・5万年前の当時、チャーリーたちは核戦争に巻き込まれていた。月面にも、古いクレーターに核爆発による物を発見。どうやら、月は核戦争の前線基地だったらしく、チャーリーも参戦していた模様
・惑星ミネルヴァも、恐らく核爆発により崩壊した(宇宙線照射時間等の計算で、ミネルヴァが5万年前に消滅したこと自体はほぼ確定)
なあんだ、そこまで判明したのなら、十分じゃないか。太古に宇宙戦争の悲劇がありましたってことで、もう解決だよね。
と思われるかもしれません。
ところが、論理的に考えると、おかしな点が残るのです。
次に、それを挙げてみます。
・チャーリーの体の構造が、現代人と同じであることの説明が付かない点。
なぜなら、生物の進化は偶然の積み重ねにすぎないため、時代や場所がちょっとずれただけでも、骨格や臓器の位置が変わるから。時代、場所がこんなに違うのに、別々の生物が同一の進化を遂げることは、まずあり得ない
・チャーリーの手帳の日記に、理屈に合わない記述が見られる点。
晩年、チャーリーは月面基地で戦争に参加していたが、月面から惑星ミネルヴァを攻撃したり、それどころか、月からミネルヴァを見ている描写まである。これは余りにも変。前述の通り、ミネルヴァが存在した位置は木星・火星間。月から攻撃するには遠過ぎるし、まして見えるはずがない
・様々な無理があるのを承知の上で、「ミネルヴァがかつての地球だった」説を検討してもよいが、両者の地形が違い過ぎるため採用は難しい
一方、物語中盤では、木星の衛星ガニメデで、全く別の宇宙船の残骸が発見されます。中には、乗組員だったらしき、巨人の骸骨が。
当然、チャーリー問題との関連が浮かぶものの、この巨大宇宙船は、何と2500万年前のものと分かり、直接は結び付きそうにもなく。
とはいえ、意外なところからつながりそうな気配も見せつつ、話は進みますが、さあ、果たして真相は。
こうして、私はこの長編を読んでいったわけですが、終盤までの率直な感想は、「面白いけど、読みにくいなあ」でした。
第一に、登場人物の外国人名になじめず(ハントとかコールドウェルとかダンチェッカーとか)、誰が誰だか、という感じで混乱し。
また、英字の略称も(未来の、架空の組織名など)なかなか覚え切れず。
科学、物理学の専門用語も多く。
さらに、恋愛もお色気も(わずかに、女性社員の体つきの描写があったくらい。セクハラの観念も薄かった1970年代としては珍しいのでは)、友情も争いもなく、淡々と会議、考察、探求を重ねるだけのストーリー展開。
全体的に固いんですよね。
俺、話をちゃんと追えているのかなあ、何か読み落としてないかなあと、心配になってきて。
しかも、終わりの方には幻想的なシーンも出てきて。
あっ、これはもしかして、細部までしっかり読み込んだ人にだけ分かる、哲学的で意味ありげな結末でふわっと終わるのかなあ、という予感がよぎりました。
ところが、全く、そんなことはなかったのです。
むしろ、登場人物の関係性など、把握していなくても何の支障もありません(笑)。難解な箇所は、読み飛ばしても大丈夫です。それらは、話の骨格を理解する上で、特に必要な部分ではないので。
仕掛けはシンプルそのものでした。
最後に披露される、実に鮮やかな謎解き、種明かし。
もはや、最初にこのトリックを考えついた作者の一人勝ちだなと思いましたね。
長い物語は、このトリックを生かし、盛り上げるためのオマケにすぎないと言っても過言ではないでしょう。
(現実の)人類の歴史とすらガッチリとつじつまを合わせ、「もしかしたら本当にそうかも」という壮大なロマンを余韻に残す、圧倒的な読後感。
スッキリ。大興奮。これぞSF文学。やられたなと思いました。