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村上春樹「アフターダーク」(講談社文庫)感想

52 アフターダーク

(村上春樹/2006年9月/講談社文庫)

(単行本は2004年9月)


 今回は番外編です。

 まあ、村上春樹はラノベみたいなものだろう、と言う人もいますけどね。


 そう言いたくなる気持ちも、分からなくはないですね。


 数冊読んだ者が(私もその一人)、あくまでイメージで、「若くて今どきの男女が、割りと簡単に出会って、さほど努力もせず二人きりになって、デートや恋愛っぽい雰囲気になって、何らかの問題へ対処していく」というのが村上春樹の世界、みたいに捉えることは、決しておかしなことではないと思いますから。


 これって、ラノベに近いですよね。

 ラノベのテンプレである「さえない少年と活発な美少女」ほどあからさまではないにせよ。


 私も含め、「そういう世界へうまく入れずに人生を送る男たち」が、やや妬みも込めて、村上春樹作品をそう評している部分もありましょう(苦笑)。

 そこは自覚しつつ。


 「アフターダーク」も、十九歳の女の子・マリが(大学生)、若い男性から話しかけられる場面から始まります。場所は深夜のファミレス。マリは一人で本を読んでいました。

(後に明かされますが、男性の名字は高橋です。マリより二歳ほど年長。)


 高橋は、マリの向かいに勝手に座り、ペラペラと話を始め、メニューから注文もしてトーストやサラダを食べ始めます。非常識で、相当になれなれしい男です。


 二人は初対面ではなく、二年前にプールで男二・女二で軽く遊んだことがあります。でも、高橋とマリはその時に大して話もせず、それ限りの関係。


 深夜のファミレスで、その程度の間柄の男性からいきなり声をかけられ、向かいに座られたら、女性にとっては恐怖ですよね。

 でも、マリは、態度こそ無愛想ですが、高橋の話を真面目に聞いて、質問や同意や反論もし、その場は穏やかな会話で終わります。


 本をここまで読んで、「ああ、なるほどなあ、確かにこれはラノベ的だな」と改めて私は思いました。

 こんな、男にとって都合のいい展開、あるわけないだろ、という点では。


 マリの態度を無愛想に描くことによって、作者として女性心理に配慮してますという「アリバイ作り」をしつつ、その実、男性登場人物(ひいては、男性読者)の根っこのところは否定しない、というわけです。この辺りは結構ラノベっぽいです。


 ただし、そこは世界的文学者村上春樹。

 ラノベとの相違点もたくさんありました。

 以下、それを順番に説明します。


 まず、この後、二人は仲良くなるわけではなく、高橋は退場します。近くのビルの地下にて、朝までバンドの練習をするのです。

 デートシーンが始まって男性読者が気持ち良くなれる、なんてことにはならないのです。


 しばらくすると、今度は大柄な女性がファミレスに来ます。


 女性は、またしてもマリの向かいにいきなり座り(笑)、頼み事をしてきます。名前はカオル。

 カオルは高橋の知人で、マリの中国語の能力を高橋から聞かされ、「突然で悪いけどさ、ちっとやばいことになって。通訳をしてほしいんだ」などとマリにお願いをします。

 二人はファミレスを出て、物語は進んでいきます。


 一方、マリには浅井エリという美人の姉がいます。幼い頃から注目され、雑誌のモデルなどをしていました。


 浅井エリも、例の二年前のプールに来ていました。

 高橋はむしろ、マリのことを「あの時のプールに来てた浅井エリの、一字違いの妹」と記憶していました。浅井エリは華やかで、目立つのです。

 なお、高橋は浅井エリと高校時代に一度だけ、同じクラスになったことがあります。


 さて、現在の浅井エリは、部屋のベッドで眠り続けています。

 異様なほど深い眠りで、重病等、何か事情がありそうです。


 しかも、部屋のテレビの向こうから謎の男が見つめていたり、いつの間にか、その「テレビの中」へベッドごとワープしていたり、不可解で超常的な現象が起こります。


 これらのことが、一晩のうちに(各節の冒頭には、時刻を示す時計の絵もあり)、同時進行で流れていくのです。

 一体、主人公は誰で、目指すところはどこなのか、判然としません。


 また、小説全体の「視点」も独特です。

 多くの小説は、一人称にせよ三人称にせよ、登場人物の誰か一人の中へ入って、そこから状況を見聞きします。

 よって、自分の気持ちは分かるけど、それ以外の人物の気持ちは分からない、という構造になるわけです。


 しかし、「アフターダーク」は、作者・読者の視点は完全な第三者で、テレビカメラのようになっています。

 したがって、地の文は状況説明に終始し、マリや高橋らの思考や心理の描写はなく、せりふや動作で推測するのみなのです。


 ところが、浅井エリにだけ、そうした思考・心理の描写が出てくるなど、時折「地の文の視点の揺れ」があるため、読んでいて気分が落ち着かないのです。


 パラレルワールドとか、メタフィクション(登場人物自身が、自分が小説中の架空人物であることに気付く等)とか、「実は浅井エリだけ正気でした」とか、「実は全てがテレビ番組でした」みたいな明確なオチがあるならばスッキリするのですが、終盤になっても話は淡々としており、どうも、そういう種明かしもなさそうな感じ。


 と、以上のように、それなりに頭と神経を使わないと読めない小説でした。

 スカッとすることもなく、直ちに明日から使えそうな教訓もメッセージもなく。

 やっぱりラノベではなかったなと。

 やはり、この記事は番外編ですね。


 世間をつぶつぶのように高所から俯瞰しつつ、特定の人間関係の一晩だけにスポットを当てて、実はすぐそばまで迫ってきている異次元に、当事者は気付いていない。でも、異次元を行き来しながら、世の中はうまく回っている。

 「アフターダーク」から、私は何だかそのような主題をぼんやり感じ取りました。


(天下の村上春樹作品ですから、既に、もっと深くて多様な考察、分析が大量になされているはずですが、私は一切それらに目を通さずにこの感想を書いています。念のため。)


 最後に、「アフターダーク」から感じた不満をもう一つ。


 前述の「男性にとって都合のいい女性像」にも関連するのですが。


 作中、若い女性のヌードのシーンや(体つきの描写もあり)、マリが年配女性からバージンか否かを尋ねられて顔を赤らめるシーンが(果たして、女同士でこんな話、しますかねえ)出てくるんですが、「こういうの要らんだろ(苦笑)」と思ってしまいました。

 何か、雑談に必ず下ネタを混ぜないと気が済まない中高年男性みたいな感じがしてしまいました。


「そんなところが気になる方が変だよ。村上春樹の文学性を何も分かってないんだね」と、おしかりを受けるかもしれませんけど。

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