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八目迷「夏へのトンネル、さよならの出口」(ガガガ文庫)感想

51 夏へのトンネル、さよならの出口

(八目迷/2019年7月/ガガガ文庫)


 不思議なトンネルを見つけた高校生男女が、日常の悩みを解決するためにトンネルへ入るのか、やめるのかを葛藤するお話です。


 作者デビュー作。

 第13回小学館ライトノベル大賞のガガガ賞、審査員特別賞。


 厚めの文庫本で(約320ページ)、空の青色がきれいな表紙イラスト。

 絵では、海をバックに、セーラー夏服の美少女が一人、笑わずにこちらを見つめ、直立しています。手前にはトンネルのふちのような物も。どうやら、トンネル入り口から外を見たアングル。


 ああ、これは大丈夫だろうと、私はジャケ買いしました。

 何が「大丈夫」かといえば、青春の懐かしさや切なさをまっすぐ味わえるに違いあるまい、と。イラストは「くっか」氏。


 タイトルと絵から察するに、恐らく主人公は男の子で、この絵の女の子と二人でトンネルへ入るのだろうと。

 トンネルの向こうは異世界とか過去とかで、ひと夏の共同秘密作戦を決行するのだろう。私はそのような予想を立てました。


 これは、一部外れました。


 まず、共同作戦ではなく、主人公の少年と、ヒロインの少女の目的はバラバラでした。

 少年は、妹を取り戻すこと。五年前に死別したのです(遊んでいる最中に事故死。少年は自分の不注意のせいだと悔いている)。

 少女は、特別な存在になること。普通に生きて、いつか普通に死んで、あっさり忘れ去られることをとにかく恐れているのです(その背景や、実は将来の夢みたいなものがあることも、中盤で明かされます)。

 なお、二人はクラスメイトです。少女は転校生。


 また、トンネルは(都市伝説にちなみウラシマトンネルと呼ばれることに)、明確な別の場所へたどり着けるわけではありません。

 ある日、少年が家の近くで偶然見つけるのですが(線路わきの、陰で見付けにくい所)、どこへつながっているのかは謎。


・しばらく行くと、たいまつと白い鳥居が延々続くエリアへ出る(目的や原理は不明だが、この時点でトンネルの超常性は明らか)

・過去に失ったものと遭遇する(少年は、妹のサンダルと、昔飼っていて死んだはずのインコ)

・トンネルの中と外の、時間の流れ方が違う。外が速い。トンネル内の数分が、外では一週間


 先に見つけた少年による単独調査や、やがて仲間になった少女と二人での調査によって、以上のことが徐々に判明していきます。


 こうして、物語のクライマックスでは、少年はいよいよ、


・ウラシマトンネルの不思議な力を信じて、妹を探しに、トンネルの奥へ奥へと行ってみる

・ただし、その間に外では何年も歳月が過ぎ、青春も犠牲にして、元の世間へも戻れないかも

・そもそも、妹を取り戻せる保証はなく、それどころか再会できるかさえ分からない

・それでも行くのか


 という決断に迫られます。


 話の骨格はこのような感じなのですが、ここへ至るまでに、ほかにもさまざまな要素が描かれます。

 例えば、舞台の田舎の様子や、ヒロインの少女へのいじめ問題や(少女は強いので逆襲するのですが)、少年の複雑な家庭環境など。ストーリーの展開はじっくり目です。

 ウラシマトンネルありきの話ではなく、むしろウラシマトンネルはきっかけにすぎないような位置付けでした。


 感想を率直に書くなら、あんなとんでもないトンネルを発見しておきながら、一方では今までどおりの日常を淡々と送る二人に違和感を覚えました。花火大会なんて行ってる場合じゃないだろ、みたいな(笑)。


 加えて、せっかくの舞台装置であるウラシマトンネルを、作者自身が使いこなせず、持て余し気味な印象。

 工夫次第で、もっと色々と遊べそうな気がするんだけどな、あのトンネル。


 結末はあれでいいとは思うものの、そこへの手前で、壮大な盛り上げがあり得たのではないかと。

 終盤は、もう少しスカッとしたかったです。カタルシスがないんですよね。あれでは、表紙の絵に負けていると言わざるを得ません。


 一方で思ったのは、多分、八目迷先生は、日常を超越した派手な物語を書きたかったわけではなくて。


「日々のつらさは、ちょっとした思い遣りと、小さな奇跡があれば幸せへと変えられる。いや、本当は奇跡さえ必要なくて、思い遣りだけでも変えられるんだよ。」


 こういうことを訴えたかったのかなと。

 だとするなら、本書は成功しています。この辺りを評価されての受賞だったのかもしれません。


 話全体を見ると、恋愛模様もたっぷり、(重苦しい設定が多い割には)文体も明るめで、ラノベとしてなかなか楽しく読めました。

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