青海野灰「逢う日、花咲く。」(メディアワークス文庫)感想
48 逢う日、花咲く。
(青海野灰/2019年6月/メディアワークス文庫)
第25回電撃小説大賞、選考委員奨励賞。
書店や出版社としてもプッシュしているようで、2019年10月現在でも、本屋のラノベコーナーの目立つ場所に置かれているのをよく見かけます。
これは装丁の勝利ですな(笑)。
濃厚に塗られた色鮮やかな表紙イラスト(絵は、ふすい氏)。
そこへ掛けられた金色の帯。
本当にまぶしいです。最近見たラノベ表紙では断トツのインパクト。迷わずジャケ買い。
表紙イラストは、制服姿の少年少女が背中合わせに立ち、向こう側から差し込む陽光、手前に花畑。
青を基調としつつ、陰の多い配色。
余り明るいお話ではなさそうだなと予想しながら読み始めました。
主人公の少年は高校1年。
難病のため、中学1年の時に心臓移植を受けます。
難病や手術、元々複雑な家庭環境のせいもあり、当初、少年は陰気で無気力な日々を送っていました。
他人の臓器をいただいた重さは十二分に理解もし、感謝もし、なおさら、僕にその価値や資格があったのかと自責や自己嫌悪も。
しかし、そんな彼にも救われる時間があります。
それは、移植手術の直後から、眠るとたまに見るようになった夢です。
夢の中で、少年は、幼い少女となっています。明るい家族に囲まれ、幸せに暮らしています。
やがて、夢の少女は成長し、充実した高校生活を送るようになります。
どうやら、これは心臓を提供してくれた元の人物の記憶らしいと、少年は気付きます。
科学的な根拠はありませんが、臓器移植の後、ドナーの記憶が引き継がれるという話はよく聞きますから。
夢は細部までリアルなので、少女のフルネームも判明します。
少年は、この少女を好きになります。初恋でした。
そして、少女から移植されたこの心臓こそが命の本質であり、僕の体や脳はそれを維持するためのおまけにすぎないのではないかとすら、少年は考えるようになります。
ならば、この心臓のために生きよう、規則正しい生活を送ろうと、少年は人生観を修正します。
幾分か屈折した生きがいではあるものの、この少年なりの哲学で、毎日が続いてゆくのでした。時々見る、少女の夢と共に。
夢のシーンでは、小説は少女視点で進みます。言わば、一つの心臓を共有・介在させ、物語は主人公とヒロインに分かれるのです。
余談ですが。
これ、夢で少女に入ってる間には、恐らく着替えや入浴の場面もあるはずで、死後とはいえ少女の尊厳はどうなってるのよと私は思いましたが、その辺の事情は後で明かされていました。
(さらに余談ですけど、物語後半、少女はある「かわいい方法」でその危機を回避します。)
さて。
少女に「入れ替わる(なり切る)」夢は、どんどん時系列が進んでいきます。
普通に考えれば、この夢は、何らかの原因により少女が亡くなる場面で終わるはずです。悲しいことですが。
ところが、ある日、不思議なことが起こります。
少年の高校の数学教師(若い男性)が、何と、少女の夢に登場するのです。新任教師(正確には産休者の代理)として。
驚いた少年は、夢の中で思わず教師の名前を呼んでしまいます。
すると、それは少女にも聞こえて、つられて少女も教師の名前を呼びます。あたかも、シンクロしたかのように。
少女本人も、周囲も、もちろん教師も、一斉にびっくりします。初対面なのに、なぜ名前を知っているのかと。
ここで目覚めた少年は、大きな疑念を抱くことになります。
まあ、数学教師が夢に登場したこと自体は、説明がつきます。かつて、少女の高校にも赴任していたのでしょう。
しかし、少女が数学教師の名前を呼べたのはおかしな話です。だって、この夢は、心臓に宿った、少女の生前の記憶を順番にたどっているだけなのに。
いや、待てよ。もしかして、この仮説が間違っていたとしたら。
常識ではあり得ないが、少女の側も、僕(少年)の存在に気付いているのだろうか。
ひとまず、少年は職員室へ数学教師を訪ねます。
そこで、少年は衝撃の事実を告げられてしまうのですが。
作中でも言及されていますけど、仮に不思議な力が作用し、少女の死を避けることが出来たとしても、今度は少年が助かりませんよね。心臓は一つしかないわけですから。
二人が、生身の人間として、同一の時空間にて結ばれることは不可能なのです。
もし「歴史改変」が可能となっても、結局は、どちらかの犠牲を受け入れ、現実と折り合いを付ける以外に方法はありません。
ではどうするのか。これが物語の鍵となります。
話のテーマは深刻なのですが、ラノベらしいほのぼのした、又はドキドキする恋愛模様もあり、そんなに暗くもなかったです。
それでいて、難病や臓器移植をお手軽な小道具として扱うこともなく、バランスが取れていました。
終盤にはサスペンスも。飽きさせません。
小説の長さもちょうどよく、サクッと読み終わりました。
ラストにも納得。
さすがは受賞作。もしも私が審査員の一人だったとしても、この作品は選考からまず落とさないだろうなと思いました。