西尾維新「人類最強の初恋」(講談社NOVELS)感想
44 人類最強の初恋
(西尾維新/2015年4月/講談社NOVELS)
新書サイズ、アニメ風のシャープなカラフルイラストの表紙。
イラストはtake(竹)。
巻頭にも、折り込みのカラーイラストによる、登場人物紹介。
本文は二段組みで、文字がギッシリ。
いわゆる娯楽小説の体裁ですね。
文体は独特です。
主人公が、「あたし」の一人称でひたすら語っていく方式。くだけた口調です。自分の気持ちや過去や、置かれた状況の説明など。
そこへ、「」でセリフが入ります。当初、主人公のセリフかと思ったら、そうではなく、話し相手のセリフ。
主人公には「」は用いられません。セリフをも、地の本文に吸収され、含まれているのです。本当に独特。
雰囲気を私なりに再現してみると、例えばこんな感じ。
このまま道が続いてるのかもあたしは知らねー。よくわかんねーんだが(そもそもいきなり巻き込まれたんだからな)、終わったら責任とってくれるんだろうな。
「責任なんてとれないですよ。私だって命令で来ただけなんですから」
へっ。よくもまあ、ぬけぬけと。
上記の例では(つたない文体模写でごめんなさい)、「終わったら」以降が主人公のセリフなのです。
しばらく混乱したものの、すぐに慣れ。
気が付いたらグイグイと何ページも読まされていました。
これぞ、ヒットメーカーの実力なのでしょうね。
本書のタイトルは、「まさに人類最強レベルと言い切ってもよいほどの、美しくロマンチックな物すごい初恋」といった意味かと思いきや、そうではなく。
主人公の女の子、哀川潤の戦闘能力が高過ぎて人類で最強、という意味なのです。
つまり、「人類最強」は「初恋」に掛かるわけではなく、それ自体が哀川潤を指す名詞なのです。
哀川潤の初恋、ということです。
最強って、どれぐらい強いのかと言うとですね。
通常の暴力は(殴る蹴るなど)もとより、武器、兵器でも倒せない感じ。
攻撃力も高い。巨大な岩とかも、素手のパンチで壊せるレベル。要は超能力者です。
今まで、哀川潤はこれを生かして「請負人」という仕事をしてきましたが、やがて、余りにも強過ぎるのが災いし。
何しろ、東京に住み着いただけで、都民が恐れて全員避難し、東京が哀川以外無人になってしまったほどですから。
スゲー。本人も自覚していますが、もはや存在自体が「戦争、災害」です。
そして、様々な組織や同業者で包囲網、紳士協定が出来、哀川潤には仕事を依頼しない、関わらず遠巻きに見ているだけにする、という方針に。
言わば、世間全体から敬遠され、煙たがられているわけです。
哀川潤はあっけらかんとした性格で、この事態にも落ち着いています。
それでも、退屈なのは嫌だし、疎外感、孤独感だって、そりゃあ、ないわけでもない。
スカイツリーの屋上に寝転んで、つらつらと物思いにふけっていると。
何と、そこへ隕石が直撃します。
強烈な光と大爆発。付近一帯は巨大クレーターに。
東京は壊滅し(都民は避難していたので無事)、哀川潤は負傷(これぐらいでは死なないのです。重ね重ね、スゲー)、因縁のある組織に救助され、手当てもしてもらい、回復。
一方では。
この隕石に「乗って」いたのか、隕石そのものなのか、謎の物質のような存在が、この組織によって回収されていました。シースルーと名付けられます。
シースルーは自律的には動かず、撮影等は出来ないのでデータも取れない。
しかも、人によって違う姿(人間)に見えるのです。
果たして、宇宙人なのでしょうか。正体も目的も一切分かりません。
組織に頼まれ、哀川潤は、厳重に管理されたシースルーと対面することになるのですが。
途中までの、気持ちよく引き込まれる感じ。
終盤、シンプルな仕掛けがポンと明かされ、タイトル含め、全てのつじつまが合った時の驚きとうれしさ。
これが西尾維新作品か、なるほどなあと。
このような快感が毎回味わえるのなら、西尾維新ファンがたくさんいらっしゃるのにも納得です。
さて、本書の後半には、もう一本、「人類最強の失恋」という作品を収録。
本の真ん中よりもだいぶ後ろです。
(長さは初恋が約160ページ、失恋が約90ページ。)
哀川潤が、長瀞とろみと、女子二人で旅をするお話。
行き先は何と、月面です。
赤い宇宙服を着る哀川潤。
ああ、そうか、折り込みイラストの赤い衣装は、これだったのか。本を見返す私。おお、かわいいなー。
月面を歩いて地球を見上げる壮大な場面を、哀川潤のカラッとした口調(文体)で味わう面白さ。
さすがの人類最強も、月に来ると結構感動していて、私は何だか、それが妙にうれしかった(笑)。
そのあとはバトルも展開。
複雑なシーンを分かりやすく描写する筆力に、引き込まれました。
全体のストーリーはシリアスでした。
恐らく、多くの読者が既にツッコんでいるとは思いますが、かつての「ウルトラマン」に、今回の話と似たエピソードが出てきましたね。
ただ、「最強」という設定にうまく絡めたため、「重いのだけど、暗くなり過ぎない」ラインにとどめており、娯楽として成立しているのが良いなあと感じました。
「ウルトラマン」の方は、ちょっと救いや遊びがなさ過ぎて、私はあんまり好きではなかったので。
時代が違うと言われたら、そうなのでしょうけど。
ドラマも小説も、随分と自由になりましたよねえ。
最後に。
本書は、古本屋でたまたま目についたので買ったのですが。
私はてっきり、全くのシリーズ第一作目かと思い込んでいました。
(だって、帯にも「最強シリーズ、開幕」とか書いてあるんだもん。)
ところが、読んでいるうちに、過去の話が「幾ら何でも第一話にしては山盛り」なことに気付きまして。
人名やら組織やらエピソードやらが、どんどん出てくるんですよ。行間からにじみ出てくる、「当然、御存じだろうけど」という圧力(笑)。
どうやら、今作は、別の長いシリーズのスピンオフみたいな位置付けのようですね。
(この感想文に影響しないように、今はまだ、ネット検索で軽く調べた程度です。)
でも、この本でスタートでもさほど問題はなく、楽しく読めました。
実はこれも、優れた娯楽作品の条件ではありますよね。