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沖田円ほか6名「きみに、涙。」(スターツ出版文庫)感想

43 きみに、涙。

   スターツ出版文庫 7つのアンソロジー 1

(沖田円・逢優・春田モカ・菊川あすか・汐見夏衛・麻沢奏・櫻いいよ/2019年4月/スターツ出版文庫)


 涙をテーマにした短編集。

 私としては、泣けた作品はありませんでしたが、元々これは若者向け、しかも女子がメインターゲット。

 十代向けの女の子雑誌(余り読んだことはないけれど)に載っていそうな物語ばかりで、健全で、心穏やかに楽しめました。


 表紙絵は、そつなく描かれた(笑)セーラー服少女の横顔。

 描き手は、大ベテランの和遥かずはるキナさん。

 画集も買って持っており、結構好きなイラストレーターですが、この絵は手慣れ過ぎているのがちょっと(笑)。

 まあ、非常にきれいな絵です。ジャケ買いも多いはず。


・沖田円「雨上がりのデイジー」


 本連載「ラノベは文学の遊園地」を、まだガラケーブログでやっていた2017年頃。

 当時、実は沖田円作品を取り上げたことがあります。「一瞬の永遠を、きみと」です。

 が、こちら小説家になろうへ移転した際、記事ごと削除した経緯があります。理由は、結構けなしてしまっていたから(ごめんなさい)。

 自殺を考えるほどの少女が、男子を後ろに乗せて自転車をこぐ気力があるとは思えないとか、終盤の泣かせ演出が長過ぎるとか。

(ただし、途中までの展開の速さは面白かった。)


 というわけで、あんまり期待していなかったのですが、これは良かった。


 主人公の女の子(高校生)は複雑な家庭環境。未婚の母と二人暮らし。

 父親は、自分を妊娠中の母を置いて、別の女性と結婚、その後、母違いの弟が生まれます。

 しかし、父は時々訪ねてきて、主人公と遊んでくれたので、それなりに楽しい思い出はあるのですが。

 やがて、父は亡くなってしまいます。その三回忌の法要へ主人公が出向き、「弟」と再会するお話です。


 激しい感情をぶつけることも、大きな事件を起こすことも、また、結論を急ぐこともなく。

 登場人物が冷静で、各々の立場でごく自然に振る舞っていました。

 これ、もしこのまま漫画や映画化したら、恐らく物足りないと思う。

 小説の速度だからこそ、繊細な雰囲気がよく伝わりました。



・逢優「春の終わりと未来のはじまり」


 高二の女の子が、落とし物を偶然見つけたことをきっかけに、他校の男の子と知り合います。

 女の子には、同性の友人も含め、自分の気持ちをうまく口に出せないという悩みがあります。

 男の子との交流を通じ、それを乗り越えようとするのですが。


 プロの短編としてよくまとまってはいるんですけど、私みたいな中年男性が真顔で読むのは少々気恥ずかしい感じで(苦笑)。

 冒頭に書いた「少女雑誌」のイメージを本書で最初に想起させたのは、この作品です。


 いじめ問題の取扱いも若干御都合主義で軽い気がしますけど、まあ、この短編集にそういうリアルさや重さを求めるのは野暮なのでしょうね。



・春田モカ「名前のない僕らだから」


 親御さんとの死別を扱っており、沖田作品とそこは同じ。

 ただ、こちらの方が悲惨な感じ。激しい。


 主人公は女子高生。クラスメイトの男子と登校するほのぼのした場面で始まるのですが、実は二人には大きな秘密があって、という展開です。

 話が進むにつれて徐々に全貌が明かされる構造ですので、ネタばらしにならぬよう、これ以上は筋を書かないことにします。


 流れが目まぐるしいので、「退屈しなさ」では本書で一番でした。

 ただ、途中から、「この後どうまとめたとしても、もはや主人公が救われにくい」状況に陥ったため、終盤は読んでて割とつらかったことを付記しておきます。


 女性読者には、こういうのをお好きな方々が一定数いらっしゃり、根強い需要があるのかなあ。

(偏見でしたら済みません。)



・菊川あすか「君想うキセキの先に」


 主人公は高二の女の子。

 口うるさい母親につい反発してしまう毎日。

 そんなある日、旧校舎で高三の男子の先輩と出会い、交流が始まります。


 思春期にありがちな、「どうでもいいことで一々いら立ち、悩む」心理の描写が細やか・鮮やかで、本当に引き込まれました。

 それが余りにうまいので、物語全体へ巧妙に張り巡らされた仕掛けに、私はなかなか気付かずに。


 あっ、しまった、これってもしかして「そういうお話」だったの!?

 ……と、私がようやく悟ったのは、既にラスト数ページ前まで読み終えた後だったのでした。遅い遅い(苦笑)。


 やられた!

 この本で断トツの傑作。読後感の良さも圧倒的。



・汐見夏衛「君のかけらを拾いあつめて」


 一方、こちらは、最初の数行で語り手の正体を見破ってしまい。

 「ええっと、まさかこれがオチじゃないよね?」と、かえって、変にザワザワ、ドキドキしながら読み進めたのですが……。


 前述の「この小説は、大人の男が真顔で読む物ではないのかも」感を、本作からも味わいました。


 ただ、敬語の文と、詩的な改行と、全体の短さが独特で。

 これ、改作してイラストを付けて絵本にしたら、大化けするかもしれない。



・麻沢奏「ウソツキアイ」


 高二の女の子が主人公。

 他校の男の子(小学生時代から知り合い)と、毎週木曜日、放課後に公園のベンチで会って、しばし談笑するのが習慣です。

 それ以外には会わない不思議な関係ですが、これにはわけがあります。


 当初は幼馴染みということで仲良しだった二人ですけど、中学に入ると互いを異性として意識し始め、しかも男の子はイケメンで性格も良く、そこそこモテるようになってしまい。

 やがては他の女の子たち数人にしょっちゅう囲まれる状態となり、二人の距離は離れがちに。

 男の子へ恋心を抱く主人公は、内心面白くありません。


 ところが、中三のある日、一つの事件が起こり、この男の子は主人公へ負い目を感じるようになります。

 そして、男の子は持ち前の誠実さで、主人公に尽くしてくれるようになるのですが。


 それをずるずると続けさせた名残が、今の週一の談笑。

 主人公の女の子は、男の子に想いを告白して勝負に出ることもせず、かといって、「もう、私に気を遣わなくていいよ」と男の子を解放してあげることもせず、何ともモヤモヤした日々。


 しかし、その危うい均衡を、ぐらりと崩す出来事が発生し。


 終盤がにぎやかで、むしろこれはアニメとかの方が盛り上がりそうだなと思いました。



・櫻いいよ「太陽の赤い金魚」


 以前、「1095日の夕焼けの世界」で取り上げた作家さん(過去記事参照)。

 あの作品は、派手な設定も場面も作らずに、淡々と感動を浮かび上がらせる手法でしたが、まさに今回もそう。


 この短編集としては異質で、主人公は男の子。高二。

 祖母が亡くなり、お通夜などに出るため、遠い田舎を久しぶりに訪れます。

 すると、高一の女の子が待っています。いとこです。祖母と同居していました。


 いとこは黒いセーラー服で、スカートをひらひらさせて歩くなどの描写が何度か出てきて、ああ、作者は頑張って男目線してるなあ、と思いました。

(確かに、男の子はそういうところをよく見ていますからね。)


 様々な回想シーンと共に、幼い頃のこの二人と、生前の祖母との様子が描かれていきます。

 このままノスタルジックに終わるのかなあと思いきや。

 なかなかどうして。


 通常、孫の祖父母への情は、両親へのそれと比べれば希薄ですよね。私にも経験がありますし、小説にも時折取り上げられるテーマ。

 加えて、多感な少女が、弱った高齢者と同居する際の現実。


 ラストの方では、この辺りが結構な残酷さで掘り下げられており、単なるきれい事・お涙物では終わらせず、ほろ苦い、でも前向きな幕切れだったのでした。


 アンソロジーとしては、最初と最後が堅めの話で、「荷崩れ」していない感じが良かったです。

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