若桜木虔「石廊崎・堂ヶ島 万博船の殺人」(実業之日本社)感想【作家養成論】
42 石廊崎・堂ヶ島 万博船の殺人
(若桜木虔/2005年7月/実業之日本社 JOY NOVELS)
今回は番外編です。ラノベではなく推理小説、ミステリーです。
前置きが長くなりますが、作者の御紹介から。
若桜木虔のお名前は、小説家志望の方なら多くが御存じなのでは。
作家入門、小説作法の解説書、ハウツー本でとにかく有名な方です。
その内容は極めて具体的で実践的。例えば、
・現代の小説は、疲れた大人が気分転換に読む娯楽にすぎない。だから、読みやすさ、気持ちよさ重視。読解のストレスを排除せよ
・一文の長さは何文字まで。動詞は何個まで
・原稿用紙何枚分なら登場人物は何人まで。作中時間は何日まで
・読者が混乱しないように、登場人物の外見や年齢は早めに明かせ
・ドラマで使い古されたシーンは書くな
といった具合。
こういうのが延々と述べられるのです。早速取り入れられるものばかりで、大変ためになります。
で、最終的に何を目指すのかといえば、たとえ読み捨てられてもいいから、商品になる小説を継続的に作れる能力。
一作当たりの売上げは小さくても、プロとして売れ続けることが大事と。
若桜木氏のこの方針に対しては様々な御意見もありますが、私は嫌いではないですね。
じゃあ、その「お手本」とも言うべき若桜木氏御本人の小説を読んでみたいと思うのが人情ですよね。
実際、小説の著書は膨大にあります。
ところが、出版された本を入手しようとしたんですが、本屋さんで見つからないんですよ、これが(苦笑)。
そんな熱心に探し回ったわけではないけれど、ここ十年ほど、大型書店に立ち寄る機会があるごとに、あちこちの棚で若桜木氏の小説を探したのですが、古本屋も含め、全然見つからない。
どうやら本当に、良くも悪くも、一回二回の出版で読み捨てられる本が多いのかなあと。
ある意味では、作家入門と御自身の創作姿勢とが連動しているとも取れ、一貫性はありますかね。
(私の探し方が下手なのかもしれませんけど。
あと、私はネットでの買い物は一切しませんので念のため。)
しかし、今回、ようやく、古本屋にて本書を発見した次第です。うれしかった。新書サイズ。
夢にまで見た、若桜木虔の小説。
さあ、果たしてその中身は。
もう結論から言っちゃいますけど、これ、もし若桜木さんの作品でなければ、最初の方で読むのをやめていたでしょうね。
舞台は伊豆なんですが、観光名所等の紹介が、細かい番地まで含めてしょっちゅう出てくるんです。観光ガイドみたい。物語上の必然性もないのに。
また、句読点や改行の入れ方、単語の選び方が雑なんです。
私も文章で仕事をしているので分かるんですが、「恐らく急いで文字を打ってる上、じっくり読み返してない」ことが伝わってきて。
それから。
主人公は美女二人組で、刑事・なつみと、週刊誌の事件記者・南。
この二人が、いかにも昔のドラマやアニメに出てきそうな、軽い感じのキャラなんですよね。すぐ喜んだりふくれたり、男性陣のセクハラも明るく笑って受け流したり。
十五年前の作品という点を考慮しても、リアルさや重みに欠け、取って付けたようで、何だかなあです。
ただ、事件そのものはミステリー物としてスリリングでした。
海岸で男性の遺体が見つかるが、前日には別の場所の海面に浮いていたという目撃証言もあり、では流されたのか、それとも別人なのか、生前の姿が防犯カメラに映っていたが矛盾はないか……
などと、スピーディーで引き込まれました。
もう一つすごかった点は、それなりに凝った謎解きをしているのに、物語が複雑になり過ぎず、数日空けて続きを読んでも、話の筋へスッと戻れたことです。
なるほど、まさにこれこそが、読者へ余計な手間を掛けさせないサービス精神なのだろうなと。
若桜木さんの作家入門書などを読んできたからこそ気付けた、作者の陰の努力。そう思います。
とはいえ、作家養成の権威が書いた「模範解答」がこれだとは思いたくないです。
実際、必ずしも本作品が若桜木氏の代表作、自信作というわけではないのでしょう。
大量の作品の中の、比較的最近書かれた物を、今回、私がたまたま手に入れたということかなと。
あるいは。
たくさんの小説を執筆し続けた結果、その経験によりノウハウは編み出せたが、小説一つ一つは平均点ばかりで、抜きん出たヒット作は余り残せなかったのか。
まあ、仮に後者が真相に近かったとしても、プロの作家としては大きな足跡を残せたわけで、それはそれで幸せなことだと思いますが。