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櫻いいよ「1095日の夕焼けの世界」(スターツ出版文庫)感想

40 1095日の夕焼けの世界

(櫻いいよ/2018年12月/スターツ出版文庫)


 主人公は女の子です。名前はあかね

 黒ワンピースと赤リボンの制服の高校生。


 物語は、茜が高校へ入学し、友達もでき、

入学前に抱いていた期待感も「こんなもんか」と

ほどよく薄れて冷め(笑・あるあるですよね)、

落ち着いた頃がスタートとなります。


 タイトルの「1095日」とは、一年365日を

三倍にしたものです。

 すなわち、三年間の高校生活を通した一連の

お話ということになります。


 小説の中身も、「十五歳の春」、「十六歳の夏」

といったふうに、茜の年齢ごとに章立てされて

いるのです。

 それぞれの季節に起きた出来事が、どちらかと

いえば穏やかに、淡々と描かれていきます。


 創作で学生時代や青春をテーマとする場合、

大きめの事件を起こして思春期の葛藤、苦悩を

浮かび上がらせる手法と、一方、そうではなくて、

平穏な日常を一定に描くことによって、全体で

思春期特有の感情を受け手に想起させる手法。


 もしも、この二つに分けるとするなら、

本作品は明らかに後者でしたね。


 とはいえ、冒頭にはそれなりに衝撃的な

場面が出てきます。


 高校の裏門の手前辺り、散り始めの桜の

木のそばで、白衣姿の男性が、空を見上げつつ

涙を流し続けているところを、たまたま茜は

目撃してしまうのです。


 その男性は教師でした。三十代に入ったばかり。

 名字は米田よねだ


 茜は、この時期、何となくモヤモヤした日々を

送っていました。


 前述の通り、高校生活への漠然とした期待は

既になくなっていましたし、また、中学時代からの

男友達である百瀬には入学早々に彼女ができて

しまいましたし(茜も、密かに好きだったのです)。


 かといって、茜には打ち込める趣味なども

特にはなく。

 勉強は得意ですが、強調するほどの勉強好きと

いうわけでもなく。


 そこへ、突如目撃した米田先生の件。

 やがて、米田は化学部の顧問だと知る茜。


 導かれるように、茜は化学部へ入部します。


 ただ、化学部とは名ばかりで、活動実態は

ありません。


 部員数は多いようですが、ほとんどが

いわゆる幽霊部員。顔を出すのは加賀谷と

いう一年生の男子のみ。茜とは別のクラス。


 その加賀谷も、放課後のたび、一時間ほど

化学室に入り浸り、ポータブルゲーム機で

ひたすらゲームに没頭しているだけ。

(それからはバイトか予備校。)


 後から入部した茜も、似たようなもの。

 放課後、週三回ほど化学室に行き、

ぼんやりしたり居眠りしたり、本を読んだり。


 加賀谷は無愛想で、茜もなかなか打ち解け

られませんが、根は悪い人でもなく、時には

口げんかや軽口のたたき合いをします。


 そこへ米田先生が交じり、談笑することも。


 こうして、茜にとって化学部は大切な

居場所となり、季節は流れていくのでした。


 ところで、茜には三歳年上の姉がいます。

 大学生。勉強ができ、お菓子作りも得意、

優しく美人で、憧れの存在。


 その姉と自分とを見比べ、茜は、目標や

夢を決められない我が身を振り返り、焦りを

覚える日々でもあります。


 そんな茜に対し、加賀谷は、冷ややかながらも

真面目なコメントをしてきます。

 なお、加賀谷は将来の目標が決まっている模様。


 一方の米田先生は、茜の若さを眩しそうに

眺めつつ、優しく見守ります。

 そして、冒頭で「泣いていた原因」(小説内

では早めに明かされ、茜も知ります)へ、

米田も向き合おうと努力します。


 やがて、茜は米田先生へ恋心を抱きます。

 生徒と教師。禁断の恋です。


 また、大学でコツコツと順調に勉強を

してきたかに見えていた姉も、実は大きな

迷いを抱えていたことが判明し、茜の

家族の間で議論になります。


 かくして、様々な問題が顕在化し、

物語は山場を迎えます。


 大事件は起こらないにせよ、茜の

高校生活終盤は、若さゆえのぶつかり合い

等でそれなりにささくれ立ってゆくのですが、

さて、各々はどんな結論を出すのでしょうか。


 読み終えた感想としては、小さなキラキラが

均等に配置された感じで、どこを読んでいる

時にも、懐かしさと穏やかさが一定のレベルで

すっきり保たれていました。


 先が楽しみでぐいぐい引っ張られる、みたいな

感覚はないのですが、つい、手に取って、少し

続きを読みたくなるのです。


 特に、私などは高校を卒業して二十年は

過ぎているため、青春の頃の悩みも今や

とっくに昔話です。


 そのせいもあるのでしょう、作中で茜や

茜の姉がどんなに悩んでいても、


「そうだよね。分かるよ。分かるんだけど、

それもすぐ思い出になって、そんなことも

あったねって笑えるよ。


 どう着地したとしても、恐らくそれらの

悩みなんて長続きはしなくて、十年、

二十年後には全然違うことで悩むことに

なるのだろうし」


 と、どこかほほえみながら、ゆったり

構えて読んでいる私がいたのでした。


 きっと、この小説を読んだ大人は、多くが

似たような懐かしさを味わうのでは。


 その意味で、時期を特定せず、高校生活

三年間を丸ごと、落ち着いた筆致を保ったままで

見事に描き切った本小説は、決して派手でも

華やかでもないけれど、なかなか技ありの

作品だと思います。


 学校行事(文化祭や修学旅行など)を余り

絡めずに、舞台を絞り込んだのも、うまいです。

 作中時間はたっぷり三年もあるのに、テーマが

ぼやけず、終始、話の濃さも同質でしたから。


 作者の優しいまなざしも行間からにじみ出て

おり、読んでいて気持ちがよかった。


 まあ、米田も加賀谷も、二人そろって

長身イケメンなのは御愛嬌として(笑・女性読者

向けの小説ですからね)、登場人物も基本的に

前向きな常識人が中心で、「刺激は少ないかも

しれないけど、こういう日常を送れたら

人生悪くないかなあ」などと思わされました。

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