大森望・日下三蔵〔編〕「年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック」(創元SF文庫)感想・下
37 年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック
(大森望・日下三蔵〔編〕/2018年6月/創元SF文庫)【下】
番外編です。ラノベではなく、SFの感想。
前回記事の続きとなります。
2017年の日本SFベスト短編を選んだアンソロジー。
この分厚い文庫本の、後半9編を御紹介します。
・伴名練「ホーリーアイアンメイデン」
編者日下氏が、何と、コミケにて入手した
(しかも、最初からこの冊子を求めていたとの
こと。そんなにお好きとは)小説同人誌(コピー誌)
に収録されていたという新作。
すごい熱意。色々な所から集めてきますね。
実際、伴名氏も専業作家ではないそうです。
(ウィキペディアには載ってましたが。)
確かに、これを同人誌で発見したら、
私でも興奮したでしょうね。面白かった。
妹から姉にあてた長い手紙数通。
空襲、防空壕、といった単語がちりばめられ、
どうやら第二次大戦中の思い出話を戦後まもなく
書いた物かなと気付かされます。
手紙では、姉に備わった一つの特殊能力と、
「姉様がこの手紙を読んでいるということは、
私はもう死んでいる」という物騒な内容が
語られていきます。
長い手紙が二通目、三通目と移るにつれ、
徐々に背景や事情が分かってはきます。
しかし、妹がなぜ死ぬ必要があったのか、
そもそも、こんな極秘扱いの手紙がなぜ流出も
せず確実に届く(少なくとも、書いた時点では
それを確信していた妹)のか、等の謎はなかなか
明かされません。
そんな中、ついに手紙は最後の一通に。
先が気になるわ、手紙中の場面描写は
豊かだわ、根底の思想には考えさせられるわ
(真の平和の意味など)、大変な読み応え。
発掘していただき感謝。
・加藤元浩「鉱区A-11」
本アンソロジーで唯一の漫画作品。
ミステリー漫画「Q.E.D」シリーズで
知られる漫画家ですが、本作は月軌道上の
小惑星を舞台にしたSF。
「C.M.B」という作品の番外編的な物らしく、
それを踏まえたギャグも。
漫画の愛読者にはおなじみの二人組キャラが、
初対面として登場するのです。私はこの漫画を
知りませんが、最初の編者解説のおかげで、
「ああ、ここは笑うところなのね」と分かり
ました。(親切な解説、有り難かったです。)
時代は未来(2075年)で、遠い宇宙から
資源採取用の小惑星が幾つも運ばれ、月の
軌道へ人工的に乗せられている、という設定。
そのうち一つの小惑星で、事件は起こります。
小惑星に一人しかいない技術者が、銃弾に
より命を落とすのです。
犯人は、小惑星に何台もいるロボット
以外に考えられない。だが、ロボットは
設計上、人間を傷付けることは不可能。
では真相は一体。
探偵役が派遣され、推理していきます。
どうやら、現地で案内役を務めるAIが
何かを隠している様子。
でも、やはりAIも、設計上、人間に
対してうそはつけないのに。
どういうことなのか。
「実はこうでした」という後出しの
ルールを加えることなく、すっきりと
納得させるラストでした。
トリックの意外性には驚かされたものの、
絵や内容自体は、衝撃的というより安定的。
隙のない、プロの手慣れた仕事という印象。
・松崎有理「惑星Xの憂鬱」
冥王星にちなんでメイと名付けられた少年が、
小四の時の事故で、その後十年間、昏睡状態に。
それは、冥王星探査機の人工知能の
スリープ期間となぜか一致していて。
昏睡から目覚めたメイは、妹もいつの間にか
高校生になっており、その成長に戸惑う(その
場面には無駄にラノベ的なお色気もあり、私も
読者として困惑・苦笑)などします。
この件はマスコミにも騒がれますが、冥王星
探査機とか、冥王星の惑星からの降格の件と
結び付ける人たちもいて。
やがて、大騒動、ドタバタに発展します。
後半が若干ふざけ過ぎの観もあり、
それなりに真面目に読み進めてきた私は
馬鹿にされた気分にもなりました(苦笑)。
が、ギャグ部分を取り払っても、
物語の起承転結自体には破綻もなく、
冥王星の時事ネタとの絡みも面白かった。
何より、一般的には、こういう楽しい
お話の方が作りにくいので(陰気なお話は
簡単に書けます)、大した労作だなあとは
思いました。
・新井素子「階段落ち人生」
私は星新一が好きで、エッセイもほぼ全て
読みましたが、ある時期から新井素子のお名前が
出て来るようになり、よほど推していらっしゃる
のだなあと思ったものです。
で、少年時代に何冊か手に取りましたが、
話し言葉をそのまま文章化したような語りに
驚かされ、こういう書き方もアリなのかと
カルチャーショック。
(それまでどんだけ真面目な文章ばかり
読んできたんだよ、という話でもあるんですが。
まあ、そのおかげかどうか、今、文章で
ご飯を食べてるわけですけど。)
この作品も、それが全開。
何せ、冒頭から「がくっ。んでもって、ずるっ。
そして、ずだだだだ……。」ですからね。
主人公の若い女性は、昔からしょっちゅう
転んだり階段から落ちたりしてばかり。
なのに、なぜか毎回大したケガをしないで
済む。運が良いのか悪いのか。
ところが、それは正確ではなく、実は
「大ケガを負ってるけどすぐ治ってる」場合も
あるようで。
そのシーンが、冒頭に突如展開されるのです。
しかも、それを見知らぬ男性に目撃され、
この出会いが物語の核となります。
何と、男性は、この現象の事情を知って
いるようなのです。
驚くべきその内容とは。
話し言葉全開の崩れた文体なんですが、
ラノベとは全く別物。
読みやすさも引力も新井が上。
あっという間に読まされ、笑わされ、
ビックリさせられ。
「ベテランSF作家が自分の作風で格の違いを
見せつけ、さらりと他を圧倒した」という
意味では、この作品が本アンソロジーで
一番かなあと思いました。
・小田雅久仁「髪禍」
ジャンルとしてはホラーですかね。
終始、不気味な内容。
ただ、不快さも適度に抑えられており、
読みたくなくなるほどではない。
むしろ、先が気になり、どんどん
読み進めていきました。
「これ絶対、気持ち悪いことが後半で
ドカッと始まるだろ」という予感を
抱えつつ、来そうだ、来そうだと思って
いたら、ああ、やっぱりと。
終盤の壮大な気持ち悪さは、本書でも
トップ。
主人公は三十代女性。
子供の頃から、髪の毛への強烈な
嫌悪感を持っています。
散髪で切り落とされた髪に「死体のような
かげり」を感じるとまでいいますから、
相当なものです。
離婚を経て、現在、過酷な仕事で
疲れ果てた日々。やがて、余りの
体調不良により仕事をも辞めてしまいます。
そこへ、知人男性から、怪しい高額バイトが
持ちかけられます。
髪の毛を特別視している謎の団体があり、
その儀式を会場にて一晩見ているだけでよいと。
言わばサクラです。
条件は、長い黒髪の女性であること。
主人公は当てはまります。
集合場所へ行ってみると、お迎えは
マイクロバスかと思いきや、立派な
大型バス。
それから、バスは山奥の会場(要は、その団体の
拠点)へ。すると、これまた妙に立派な大規模
施設が幾つも建ち並んでいます。
そして、バスや施設には、同じ手順で
集められたのであろう、長い黒髪の女性が
たくさんいて。
最終的には何百人にも上りました。
何だ、この団体は。どこから、この資金や
力が集まったのか。
胸騒ぎの中、ついに儀式が始まります。
もう、終盤の盛り上がりには圧倒されるのみ。
タイトルからも予測可能なように、何らか
「髪の毛に関する怖いこと」が起こるんだろう
とは思いましたが、まさかまさか、あそこまで
やるとはね。
ただ、やや力業かなあと思ったのと(背景の
詳細な説明が足りない)、異形の人間が
出てくる話は本書では四度目で、さすがに
ちょっと飽きちゃいました(苦笑)。
まあもちろん、後者は作者のせいでは
ないのですけどね。
・筒井康隆「漸然山脈」
出ました、日本SF御三家のお一人。
(あとお二方は星新一、小松左京の両氏。)
ただ、内容としては、めちゃくちゃに
混ぜたり狂わせたり壊したりした文章で、
「ああ、また、この手の奴ね(苦笑)」
という感じ。
普通に起承転結やオチがある短編は、
つまらない場合には、その「つまらなさ」が
すぐ見抜かれてしまいますからね。
それを筒井は恐れているのかなあと、
余計な邪推までしてしまいます。
一方、こういうルールを無視した構成の
短編は、隠された意味とか元ネタとかを
幾つか仕込んでおけば、あとは熱心なファンが
それらを読み取ってくれますから(時には、
作者の想定外の物まで探し出してくれますし)、
楽なんですよね。作者は傷つかないで済む。
でもね、私は、作者に対してそこまでの
愛情は持ち合わせちゃいませんよ、という
ことです。
私は、これまでにも筒井康隆の短編集を
何冊も読んできましたが、この手の物が
出てきたら読み飛ばしてきたクチです。
筒井の新作が読めたうれしさと、
「相変わらず、やってますな(笑)」という
懐かしさは大きな収穫でしたが。
・山尾悠子「親水性について」
幻想的です。
硬い文体で、情景を淡々と客観的に
描写していきます。
数行ずつ、場面は切り替わっていきます。
どうやら、時系列もバラバラのようです。
遠い未来か、もしかすると銀河か。
主人公「わたし」は女性で、大型船などを
乗り継いで、組織か何かから逃げている様子。
追ってくるのは妹。
壮大な物語の予告編かダイジェスト、
といった雰囲気。面白そう。
だけど、もしも「そうなんですよ。実は、
これを描いた大河小説が新書で十数冊、
あるんです。読まれますか」などと勧められ
たりしたら、「また、つ、次の機会に(苦笑)」
とか言ってしまいそうです。
作者のコメントによれば、もう少し長い
小説へと書き直す意欲はお持ちのようです。
・宮内悠介「ディレイ・エフェクト」
2020年の東京全体で、ある日、大規模な
超常現象が一斉に発生します。
何と、戦時中である1944年の東京が、人も
建物なども、立体映像のように出現したのです。
映像は半透明、音付き。
現在の景色全てと重なっているわけではなく、
ところどころに割り込んでいる感じ。
例えば、少女時代の祖母(故人)の体の
後ろ側が透け、液晶テレビにめり込んでいる
ように見えたり、あるいは道路には昔の車が
走っていたり、あるいは国会では昔の議員が
勇ましい演説をしていたり。
なお、戦時中の「立体映像」は、あくまで
淡々と流れているのみで、触る、しゃべる等の
交流や干渉は一切出来ません。
当然、東京は大混乱。
とりあえずの対策が取られつつ、地方へ
一時的に引っ越して「疎開」する者も。
幾ら直接の被害は受けぬとはいえ、やがて
来る「東京大空襲」などを見たらトラウマにも
なりかねませんからね。
主人公のサラリーマンも、妻から「少なく
とも娘は地方へ行かせたい。八歳の多感な娘に
戦火の情景など見せられない」と提案されます。
が、主人公としては、時空を超えた「同居」が
せっかく始まったこともあり、このまま残りたい
と迷ってもいます。
そんな中、公安のキャリア官僚が主人公へ
接触してきます。
今回の超常現象は、どうやら、主人公が
業務で扱う技術と何らかの共通点がありそう
なので、意見を求めに来たのです。
はっきり言って、今回のアンソロジーでは
この一編だけレベルが違いました。
突拍子もない現象を起こしておきながら、
その舞台装置に作者が酔うことなく、日常的な
細かい情景・心理描写も冷静に積み重ねています。
何と言えばいいのでしょうかね。
純文学を書く筆力をもってして、大衆小説の
読みやすさを心がけ、そこへSFを呼び込んだ。
終盤では、伏線を技術的にクールに回収しつつ、
登場人物ごとに、人の心の機微も丁寧に描き出して
いました。
驚きと感動で、読後は幸福なグッタリ感。
フーッと、長いため息が出ました。
第158回芥川賞候補作でもあります。
・八島游舷「天駆せよ法勝寺」
巻末のこれだけは、アンソロジーの趣旨からは
若干外れます。ボーナス、付録的な位置付け。
第九回創元SF短編賞受賞作。
賞の募集は今年一月に締め切られていますから、
まさに、選考や受賞は今年初めに行われたわけで
あり、本書の他の短編同様、昨年を代表する
熱々のSF短編の一つとは言えるのかも。
内容は、仏教とSFとを融合した物。
僧侶たちの祈りの力を、そのまま物理的な
エネルギーへ変換できる世界。
それにより、お寺をロケットのように
宇宙へ飛ばしたり、他の星へも社会を
築いたり出来るのです。
その飛行の仕組みは非常に機械的なもので、
大がかりなメカのかっちりした描写が面白いです。
体系化された学問、理論の解説も凝っています。
(それこそ、幼い子供が読んだら信じてしまい
かねないレベル。)
法勝寺の乗務員(修業を積んだ高僧)が
よろいを着て戦う時にも、力士像が小片に
分解されて浮かび、僧侶の体の周辺を
囲んだ後に手足へカチャッ、カチャッと
装着されるなど、アニメ的で楽しい。
女性や少女キャラによるほんのりした
お色気も多少はあり、抜け目ない作り。
もっとも、本アンソロジーを順番に
読んできた私としては、後半に「うげっ」と
なってしまった箇所があったのでした。
それは、またしても、またまたしても、
ぎょうぎょうしい描写と共に、異形な
生命体がドッカーンと登場したことです。
もう、五回目ですぜ。
さすがに、お腹一杯ですって。
(年末のごあいさつ)
本年もありがとうございました。
目下、読み終わりそうなラノベ、真ん中まで
読んだラノベ、それぞれ一冊ずつ手元に抱えて
おる状態ですが、さすがに年内に読み終えて
感想まで書くのは、間に合いますまい。
また来年も、こんな感じで不定期にやっていこうと
思っております。
今年を振り返りますと、八月にやたらと
アクセスが増える謎の事案が発生しました。
正直、最初はちょっと怖かった。
が、やがて気付きました。
ああ、もしかして、夏休み中の学生さんたちが
宿題の読書感想文の参考にされているのかなと。
それなりに名推理だったのか(笑)、九月になった
途端にパタッと元通り。
あるいは、後にラノベ雑誌の賞を取ったり映画化
されたりした作品があると、そこへアクセスが集中する
現象も起こり、うれしかった。
作品名で検索した方々が、色んな感想サイトを回って、
ついでにここへも流れてきているのでしょう。
有り難いことです。
もっとも、そういう作品に限って、私の感想では
あんまり褒めてなかったりするんですよね(苦笑)。
なかなか、世間とかみ合うのって、難しいものですね。
KIZOOS