大森望・日下三蔵〔編〕「年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック」(創元SF文庫)感想・上
37 年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック
(大森望・日下三蔵〔編〕/2018年6月/創元SF文庫)【上】
今回は番外編です。
様々な作家による、SF短編小説集。全17本。
その感想を、二回に分けてお届けいたします。
私は初めて見たのですが(エキナカの書店にて
平積みにされていました)、年に一回出されている、
前年の日本SF短編ベストセレクション。
通算、今回で第十一集となります。
600ページに及ぶ分厚さ。どさりです。
コートとかのポケットに入れたら服が
重さで傾いてしまうでしょうし、カバンに
入れたら明らかにかさばります。
価格も1300円。
その場で知った文庫本に出すには、ちょっと
勇気が要る値段ですよね。
私、別にそこまでSF好きでもないし。
途中で投げ出しそうな気もするなあ。
(余談ですが、ラノベも、買ったけど途中で
読むのが苦痛になって放り出した物が相当数
あったりします。
文体が崩れ過ぎている物、エロに走り
過ぎている物など。
もちろん、こちら「ラノベは文学の遊園地」
にも一切取り上げておりません。)
でも、ここで買わなかったら、もう二度と
出会わない気もする。
大きな書店等で、自らSFの棚を
見に行くのも、せいぜい年数回なので。
よし、これも何かの縁だと、購入。
ベストセレクションなら、一定水準
以上の作品がそろっているはずですし。
で、少しずつ読み、三か月かけて読了。
全作品、面白かったです。
作品の前には細かい文字でびっしりと
一ページ分の作者紹介。
作品の後には、作者自身の短いコメント。
この豪華な作りにも感激しました。
それでは、以下、収録順に御紹介。
・上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」
舞台は深海。
そこを泳いでいる女性には、大きなひれや
尾が生えています。
ああ、人類滅亡後の遠い未来が舞台かなと、
冒頭の十行ほどで気付きます。
海底で平穏に暮らす種族ですが、主人公の
この女性には、海の上へ上へ泳いでいったら
何があるのかという強い好奇心が芽生え、
群れを離れてそれを実行します。
やがて、謎の光が差し込んできて。
海や陽光の描写が美しい。
しっかりと固められた文体で表現されて
おり、「今、私は文学を味わっている」という
気持ち良さがスルスルと続いていきます。
一転、後半の娯楽感、ワクワク感は
まさにSFならでは。
「おっ、この重たくて分厚い本、当たりかも。
迷ったけど買ってよかったぜ」と初っ端から
思わされた一本。
・円城塔「Shadow.net」
マンガ・アニメ「攻殻機動隊」(士郎正宗)を
小説化した短編。
攻殻機動隊、私は余り見たことがないのですが、
この短編単体でも楽しめました。
「わたしは一つの眼球である。」で始まり、
「主人公」はネットワークを駆けめぐり、街頭の
監視カメラ等を通して景色を俯瞰し、人間の顔を
ズームしていきます。
読むほどに、クリアな映像が頭にグバーンと
浮かんだので衝撃でした。
これをよく、文章で表現できるなあと。
過去に見てきたニュースやアニメや
映画から私の記憶へと蓄積された映像が、
文章の作用で「呼び出された」のでしょうね。
話自体には、「この辺りは私には何のこと
だか分からないなあ。多分、攻殻機動隊ファン
にはおなじみのキャラや用語なのだろうけど」
といった箇所もあり、置いてきぼり感も。
が、独特の緊迫感は伝わりました。
こういう「特定の作品を知ってること」が
前提条件となっている小説を、普遍的であるべき
本アンソロジーに収録するのはマナー上ちょっと
どうなのよ、と思わなくもないんですけどね。
ただ、前半の文章表現には純粋に驚かされたので、
この小説を読めて(知ることが出来て)良かった
のは確かです。
・小川哲「最後の不良」
近未来の日本が舞台。
描き出される景色も、道路やビルなど、
私たちが生きている現代社会をそのまま
思い浮かべれば、十分に物語世界へ入って
行かれます。
物語内の日本では、「流行」そのものが
なくなっています。(世界的な現象。)
すなわち、ファッションやアートなど、
自分の個性や好みを追求しようという熱意が
失われたドライな社会です。
とはいえ、決して暗くも不便でもなく、
むしろ清潔でさわやか、シンプルな世界。
主人公は、総合カルチャー誌の編集者。
当然、雑誌も勢いをなくし、このたび休刊に。
その最終号を入稿した後、派手な
髪型・特攻服・単車で首都高を暴走し、
主人公は、ある場所へ向かいます。
自分は気に食わない現代の風潮へ、
せめて一矢報いるために。
設定としてはありがちですが、
現実社会と地続きでリアルに描いて
いるのが新鮮でした。
まるでルポみたいな雰囲気でしたから。
(実際、掲載されたのも小説誌でなく
カルチャー誌。)
ただ、あのラストは好きではないですね。
何か安易ですし、素人っぽい気がしました。
・我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」
人工知能の仕組みは、特定のテーマに
絞った情報をくぐらせ、学習させたり
判断させたりすることです。
例えば、囲碁の戦法や接客マニュアル、
医療の診断法など。
それぞれ、専門分野に特化されています。
では、犯罪事件に特化し、現場の手がかりや
犯人の人間関係相関図、日時等を大量に
入力したら、どうなるだろう。
もしかしたら、驚異的な推理力を持つ
AI名探偵が実現するのでは。
警視庁の職員がそう考えつくところから、
物語は始まります。
スリリングなミステリー仕立ての短編で、
テンポも早い。
そつがないため、例えば短編小説執筆
講座などの模範解答例には使えそうです。
一方、このアンソロジーのタイトルを飾る
作品としては、内容が地味かなあと。
(大森氏の序文によれば、字面のカッコ良さで
選んだようですが。)
作者コメントにもあるとおり、今や
このようなことが実際に起こり得る、
という点では確かに怖い。
しかし、SFとしてはどうですかね。
既に「ターミネーター」の世界観に
すっかり慣らされている我々にとっては、
何を今さらではないでしょうか。
・酉島伝法「彗星狩り」
遠い宇宙に住む生命体の日常。
前述の「ルーシィ」を更に極端にした感じで、
異形な外見の生物が出てきます。
「ルーシィ」は、舞台が地球だったので
まだよかったのですが(よかったという言い方も
変ですけど)、こちらは舞台も宇宙であり、異様。
生物の外見を思い浮かべるのに苦労し、
その上、舞台を思い浮かべるのにも苦労し、もう、
想像力をフルに使わされました。疲れた。
恐らく、作者が思い浮かべている絵と
私の絵、ほとんど一致していない気がする(苦笑)。
場面の再現性としては、決して高くは
なり得ない小説。
が、一行読むごとに、おぼろげではあるけど
キラキラしたカラフルな場面が頭の中に
展開されます。
この豊かな感動は、小説だけの物。
・横田順彌「東京タワーの潜水夫」
わずか8ページであり、短編というより
掌編。大部分が会話で終わるユーモア小説。
ただ、これも、先ほどの攻殻機動隊の件と
同様、作者オリジナルではなく、フランスの
アンリ・カミのルーフォック・オルメスという
探偵物(私は未読)のオマージュ作品。
やはり、今回のアンソロジーには不向き
であると思わざるを得ません。
これは、大御所作家横田順彌のネームバリュー
で選んだのかなあと。
「元ネタ」を知らなくてもそれなりに
面白く読めたし、その力量には敬意も
表したいです。
が、例えば後世の人がこれを読んだとして、
「2017年を代表する日本SF短編の一つ」として
納得するかというと、果たしてどうですかね。
・眉村卓「逃亡老人」
またも大御所。
そして、こちらも長さ的には掌編ですね。7ページ。
ベンチで休憩をしていた老人が、
突然、謎の老人に話しかけられます。
謎の老人は、「時間航行機で自分は50年先
の未来から来た」と告げるのですが、さて。
ユーモアもあり、よくまとまってはいるんですが、
じゃあ、もし、これを新人賞とかへ投稿したらと
考えるとね。
まあ、良くて二次選考止まりかなと。
解説では、編者が「日本SF第一世代作家」からの
掲載を喜び、誇っているけれど、それが自己目的化
しては駄目でしょうに。順番が逆ですよ。
そりゃあ、気持ちは分からなくもないですよ。
眉村卓の名前が入ってるだけで、本書の
格も売上げも変わるんでしょうし、それに、
古いSFファンはうれしいだろうなあとも
思うけれど。
・彩瀬まる「山の同窓会」
ごく普通の同窓会出欠確認のシーンから
始まります。でも、何か変。
「三回産卵した女は大抵死んでしまう」とか
言ってる。
そう、現実社会に一部改変を加え、その結果
生じた問題や人間模様を描くという手法。
もちろん、改変された小説内の世界では、
そっちこそが普通で、ありきたりの日常なのです。
異形な人間を詳しく描写して読者を驚かせる話、
本書ではもう三本目。
これ、流行りなんですかね。
この作品単体では面白かったのですが、
本書を順番に読んできた私としては、
若干、「またか」と感じてしまったことを
告白しておきます。
ただ、大御所お二方のぬるい(よく言えば
自然体の)作品が続いた後の、この一本。
落差はすごかったですね。
細部まで作り込まれた設定や描写に
圧倒され、「これだよこれ、傑作選と
いうからには、このレベルでなくちゃ」と
納得、感嘆しましたね。
静の場面と動の場面とのめりはりや、
暗くなり過ぎない展開(皆が一応の役割を
自分なりに見いだそうとする点など)も
良かったです。
【感想の後半は「下」へ続く。】