いぬじゅん「今夜、きみの声が聴こえる」(スターツ出版文庫)感想
31 今夜、きみの声が聴こえる
(いぬじゅん/2018年6月/スターツ出版文庫)
いぬじゅん先生は、「いつか、眠りにつく日」で
既に一度取り上げています。(過去記事参照。)
あの作品には感動し、泣いてしまったため、
私は今作も楽しみにしていました。
しかし、事前の期待値が高過ぎたのか、
今回は泣けませんでした。
「いつか、眠りにつく日」は、人の死を
主題にしつつも、「人が亡くなること」
自体で泣かせようとせず、更にひねって、
それを上回る仕掛けがありました。
仕掛けが発動して読者は驚かされ、
その驚きをもって初めて泣かされる、
という趣向でした。
そこに好感が持てたのです。
「今夜、きみの声が聴こえる」も、
やはり、人の死が主題です。
そして、今回も様々な仕掛けが
施されています。
ところが、です。
それら仕掛けが、人の死という主題を
超えていたかというと、本作は必ずしも
そうとは言えませんでした。
人の死が中心にあって、それをぐるりと
取り巻く秘密や人間模様が明かされてゆく
という展開。
物語は丁寧に作り込まれていたのですが、
余り意外性はなく、予定調和という感じでした。
ジグソーパズルに例えると、八割方、
パズルのピースが埋まった段階で全体の
絵が見えてきて、あとはそのまま、予測
通りの絵が仕上がって終了、といった印象。
ただし、パズルのフック、継ぎ目は鋭くて、
小気味よくカチリ、カチリとはまっていく
様子は、読んでいて快かった。
さすがというか、この辺りの技巧は
隙がない。手慣れています。
そして、完成しかけたその「絵」が、
本書の表紙イラストとぴたり重なった
瞬間にも、ゾクッと鳥肌が立ちました。
これは、「いつか、眠りにつく日」には
なかった感動です。お見事。素晴らしい。
(なお、今作のカバーイラストは「爽々」先生。)
では、お話の紹介へ移ります。
主人公、茉奈果は、高校二年の女の子。
友達もおり、周囲とのコミュニケーションも
一応普通に取れはするものの、やや内気な性格です。
それには明確な理由があります。
中学時代に「まんなかまなか」という
あだ名を付けられ、それがコンプレックス
となっているのです。
あだ名の由来は、茉奈果の身長や体重、
試験の点数などが「平均値」を取ることが
多いから。
それを面白がった男子クラスメイトや
教師が茉奈果をこのあだ名で呼び始め、
定着してしまったのです。
それからというもの、テストや体力測定
の度にこのあだ名を持ち出され、平均値
だったら周囲は「やっぱり」と勝手に
盛り上がります。
間の悪いことに、実際、平均値に
近くなることが、それなりに続いて
しまったようです。
一方、平均値でなかったら、今度は
「らしくない」と理不尽に批判してくる周囲。
そんなしんどい日々が続き、高校に
入っても尾を引いているのです。
茉奈果は、この呼ばれ方を内心とても
嫌がっていますが、いつも作り笑いで
やり過ごしています。
そのような弱さにも自己嫌悪。
自己嫌悪といえば、もう一つ。
茉奈果は、三歳からの幼なじみの公志に
ずっと恋心を抱いているのですが、それを
隠し通しているのです。
誰にも言わず、態度にも出さず。
悟られることを神経質に気に掛けています。
今の関係を壊したくはないし、それに、
「まんなかまなか」を公志が好きになる
わけがない、といった卑屈な感情もあり。
公志はクラスメイトで、放送部員。
お昼の校内放送を担当し、声も内容も
良いので学校で評判です。
公志の将来の夢はラジオのパーソナリティー。
また、スポーツも万能。
そんな公志と、私なんかが釣り合うわけが
ない。だから、今のままでいいんだ。
茉奈果は、そう自分に言い聞かせています。
とはいえ、素直になれぬそのような
自分の性格も、茉奈果はどうにかしたいなと
本音では悩み続けているのでした。
ところが。
やがて、その性格は、茉奈果にとって
最悪に近い形で裏目に出てしまいます。
クラスメイトの女の子、秀才で寡黙な
風紀委員である優子から、突然、茉奈果は
呼び出しを受けます。
そして、「茉奈果が公志に恋愛感情を
持っているのか、いないのか」を問いただ
されるのです。
動揺しつつも、茉奈果は、自分の感情を
悟られたくない一心で、「公志は腐れ縁の
幼なじみにすぎず、恋愛感情はない」と、
優子へウソをついてしまいます。
その場限りの話題で済むはずだ、
済んでくれ、と願いながら。
でも、残念ながら、それでは
済まなかったのです。
早速、その日の放課後、公志が優子と
一緒にいるところを茉奈果は見つけて
しまい、しかも、公志自身の口から
「俺たち、付き合うことになったんだ」
と告げられてしまうのです。
つまり、優子も公志に惚れており、
告白しようか迷っていて、茉奈果が
公志をどう思っているのかを確かめた、
ということだったわけで。
明らかに、茉奈果のウソが最後の
一押しとなってしまったのです。
茉奈果はショックで高熱を出し、数日間
寝込みます。
日曜日に回復し、近所の祖母の家を訪ねます。
祖母は口が悪いですが、昔から茉奈果を
優しく思い遣ってくれます。
この時にも、失恋のことを打ち明けたら、
毒舌を交えながらも元気付けてくれます。
そのあと、古ぼけた大きなラジオを、
祖母は押し付けるように茉奈果にくれます。
重いし、ラジオならスマホで聴けるし、
茉奈果にとっては迷惑でしたが、渋々
古ラジオを持ち帰ります。
まあ、ラジオこそ余計なオマケとなって
しまったけど、祖母と話せて気も紛れたの
だから、これでいいかと。
公志と優子が付き合いだしたのは悲しい
けれど、徐々に現実を受け入れていけたら
いいなと、少しだけ前向きになれた茉奈果。
しかし、追い打ちを掛けるように、
更なる悪い知らせが入ります。
前述の通り、ここで人の死が描かれます。
何と、公志が交通事故で亡くなって
しまったのです。
茉奈果は、今度という今度は高熱どころ
では済まされず、意識を失うように倒れ
込んで、回復まで三日を要します。
そのため、公志のお葬式には出られ
ませんでした。
でも、公志の初七日法要には何とか
出席しました。
ぎりぎり、公志を死者として見送る
ことだけは出来たわけです。
こうして、絶望や疲労で呆然となって
いるところへ、突然、あの古ラジオが起動し、
信じ難い現象が起こります。
何ということ、ラジオから公志の
声が聞こえてきたではないですか。
録音とかではないようです。
やがて、公志ははっきりと茉奈果の
名を呼び、「俺が見える、と心から
信じてみてほしい」と告げてきます。
わけが分からないながらも、茉奈果が
どうにかそれを実行すると、公志の霊が
見えるようになるのです。
触れ合うことは一切出来ず、公志の霊を
見ることが出来る者も茉奈果のみ。
でも、普通に会話は出来ます。
当然、茉奈果は戸惑いつつも歓喜します。
公志の話によると、自分はあの世へ
行かれず浮遊霊になってしまったらしい、
早く「探し物」を見付けないと、未練を
残したまま強引にあの世へ連れていかれ
そうでまずい、とのこと。
既に公志は調子が悪そうな表情ですし、
実際、本人も体がひどくだるいと訴えます。
が、「探し物」とは何なのか、公志にも、
もちろん茉奈果にも分かりません。
探し方すらも。
そんな中、例の古ラジオがまた起動して、
別の声を流します。
しかも、今度は死者ではなく、現に
生きている人の声のようなのです。
どうやら、このラジオに大きな秘密が
隠されているようです。
こうして、公志の霊と、茉奈果との
謎解きが始まります。
小説の構成としては、冒頭でいきなり
失恋するわ、事故は発生するわ、ラジオが
超常現象を起こすわで、ストーリー展開が
目まぐるしく、あっという間に引き込まれ、
読んでて退屈しなかったです。
終盤では茉奈果が自身と向き合い、逆境を
乗り越えようとする局面もあり、主人公の
成長物語としても良く出来ていました。
最初に書いたとおり、大きな意外性は
ありませんでした。
作者としてはそれなりに自信を持って
張ったのであろう伏線も、今作は見抜けて
しまった物が多かったですし。
話全体のスケールとしては、でか過ぎず、
こぢんまりし過ぎず、無理なく広がって、
上手に収束して、ラノベ一冊分としては
ちょうど良かったと思います。
ただ、ここで最後に一つ、あえて指摘
させていただくなら。
実を言いますと、私が終始気になって
いた点がありまして。
それは何かというと、小道具として
半ば強引に割り込んできた古ラジオへの
違和感。
ぶっちゃけ、「これ、わざわざ
古ラジオを出さなくても成立させ
られる話だよね」と感じてしまった
んですよね。
もっと言えば、そもそも、公志が
校内で人気の放送部員で、ラジオの
パーソナリティー志望という設定も、
いまいちこなれていない印象で、
取って付けたかのような感じがしました。
もしかして、これって、最初から
ラジオありきの執筆だったのじゃない
かなと、少々うがった見方をしつつ
読み終えると。
あとがきにて、そこら辺の事情が
ちゃんと説明されていました。
ああ、やっぱりそうかと。そういう
ことでしたか、と。
(もっとも、いぬじゅんファンの皆様に
とっては、出版前から既によく知られた話
だった可能性も高いですよね。
だとしたら、私の指摘などは
「何を今さら」でしょうけど。)
小説家に限らず、プロとして創作を
する方々全般に、これは共通して
関わってくることなのでしょうけど。
すなわち、活動の領域が広がるほど、
様々な縁もつながり、企業や他ジャンル
との交流も生まれてくる、ということ
ですよね。
もちろん、それは素晴らしいことですし、
作者のお立場にせよ、作品の質にせよ、
更なる高みへ到達する可能性も秘めています。
でも、一方では、どうしたって制約も
課されてくるわけでして。
書いてはいけないことも出来るでしょう。
逆に、必ず書かなければいけないことも
出てくるはず。
その制約の中で、違和感のない傑作を
どう生み出すかが、プロとしての腕前の
見せどころ。
今作に登場した古いラジオは、
少なくとも私の目には、物語上の
「異物」として映りました。
「なるほど、これは確かにラジオを
介さないと話が成立しないよね」と
読者を納得させるために、もう一工夫、
説得力が欲しかったかなあ、というのが
率直なところです。