Honey Works・香坂茉里「世界は恋に落ちている」(角川ビーンズ文庫)感想
30 世界は恋に落ちている
(Honey Works原案・香坂茉里著/2018年7月/角川ビーンズ文庫)
私は詳しくないのですが、元々、この小説は
「CHiCO with Honey Works」という歌手、
クリエイターユニットによる同名楽曲が原案に
なっています。
しかし、本稿では純粋に小説のみを取り上げます。
何の予備知識もなく読みました。
よって、Honey Worksファンの皆様に
とっては「そんなの常識だよ(笑)」とか
「違う違う、あの場面には元ネタがあるん
だよ(笑)」とか、もしかしたらもどかしい
部分もあるかもしれません。
あらかじめ御了承ください。
さて、私が本書を手に取ったきっかけは、
たまたま書店で見つけて、興味を持った
ことです。
ラノベ新刊コーナーの棚にあったのですが、
表紙イラストが、ラノベのさし絵とは異なる
雰囲気で、少女漫画風の絵でした。
非常に目立っていたのです。
(イラストはヤマコ。)
若者向けどころか、明らかにティーンズ向け。
絵は、セーラー夏服の女の子二人と、
ブレザー系夏服の男の子一人。
どうやら、仲良し三人組。
皆、明るく笑っています。
この表紙を見た瞬間、「ああ、これを
読んだら青春の甘酸っぱさをストレートに
味わえそうだな。若返った気分になれそう
だなあ」と私は直感し(笑)、購入したの
でした。言わばジャケ買いです。
歌を小説化したという触れ込みの通り、
内容は至ってシンプルでした。
通常、ラブソング一曲分にそんな
複雑で長い恋愛模様は描けませんからね。
もし、物語のスタート地点が「出会い」
若しくは「日常」であるなら、ゴール地点は
「好きになる」か「悩む、アタックする」、
そして、せいぜい「結果が出る」辺りまで
でしょうから。
本作品も、まさにそれを踏まえたものと
なっていました。
奇をてらわずに、誠実に、正統派の
学園恋愛物を書き切っていました。
前述した表紙イラストの通り、
主要登場人物は三名。
女の子二、男の子一。
事実上、この三人のみで話は進みます。
三人とも高校二年。クラスメイトです。
中学も同じでしたが、いわゆる幼なじみ
とは違い、女の子二人は中学から仲良し
でしたが、男の子は高校から仲間に加わり
ました。三人の接点は吹奏楽部。
女の子、一人目。名前は岬。
男子が苦手で、緊張すると赤面しやすく、
男子たちにそれをからかわれた嫌な過去が
あります。楽器はトロンボーン。
女の子、二人目。名前はつぼみ。
男子にモテる美少女。が、本人は恋愛に
興味なし。楽器はフルート。
男の子。名前は要。
陽気で料理もうまく、女の子にモテる
さわやかイケメン。楽器はトロンボーン。
主人公は岬です。
高一から要に片想いしています。
男子恐怖症の事情もあり、未だに
アタックは出来ていません。
一応、要となら仲良く会話する程度は
可能なのですが、それ以上進めないのです。
トロンボーンも、要への憧れから
始めました。
もっとも、恋心のみならず、要の演奏の
美しさに心打たれ、自分もあそこまで
吹けるようになりたいと思ったという
動機もあります。
一方のつぼみは、岬の恋を応援する立場。
要ともサバサバ話せますので、それとなく
岬のことについて探りを入れることも。
また、岬に似合いそうなヘアアクセサリーを
岬と一緒に買いに行くことも。
何かと世話を焼いてくれます。姉御肌の
いい奴です。
お名前からも察することが出来るとおり、
著者は恐らく女性でしょう。
そのためか、岬とつぼみのやり取りシーンは
不自然さがなく、読んでいて気持ちよかった。
ああ、女の子同士ってこんな感じなの
かなあと。
相当に美化はされているでしょうけど、
少なくとも女子読者が納得するクオリティー
には仕上がっているのでは。
私は男として、それをのぞき見するかの
ような不健全な楽しみ方をしてしまった
わけですけどね(苦笑)。
逆に、要の描き方には、男としては
ちょっと物足りなさを覚えました。
きれい過ぎるというか。
下品な表現になり恐縮ですが、高校生
男子って、女の子に対してはもっと
性的な興味が前面に出てしまうもの
なんですよね。
岬やつぼみを見る要の視線は、やや
その点が足りないかなと。
これは、少女漫画の男子キャラにも多く
当てはまりますし、仕方ないのでしょうけど。
女子読者にとっては、そういうのは
余り見たくない部分なんでしょうね。
いずれにせよ、要にとっての岬は、
男子は苦手だしトロンボーンもうまく
ないし、放っておけない気になる相手。
でも、それ以外の感情があるかどうかは
微妙なようです。
なお、小説は、三人それぞれの視点で
かわるがわる描かれていきます。
「岬のキモチ」「つぼみのキモチ」
「要のキモチ」と別立てにされて。
(形式は三人称ですが。)
そして、学校生活や街なか、お祭りなどを
舞台に、話は徐々に展開していきます。
やがて、三人の、特に女子二人の感情に
変化が生まれ、それを乗り越えねばならぬ
局面も近付いてきます。
本書のカバーによると、著者・香坂茉里氏の
肩書きは「フリーライター」と記されています。
既に多数のノベライズを手がけており、
ベテランのようです。
確かに、文体も非常に安定していて、
すっきりと読みやすいです。
ただ、この作品は、小説というより
何だか少女漫画のシナリオを読んでいる
感じもしました。
擬声語や表記が、妙に女の子向きというか、
読みながら気恥ずかしくなる感覚。
そのため、読んだ当初は、「もう、いいかな。
読むのやめようかな」と少々迷い、数回くじけ
そうになったことを告白しておきます(苦笑)。
もちろん、読者層として恐らく想定されて
いない私が、わざわざ読んだのが悪いんです
けどね。原因は私。
しかし、この独特なリズムにもだんだん
慣れてきて、途中からは違和感なく楽しめる
ようになってきました。
あえてストーリーに難点を挙げるなら、
吹奏楽部という設定が余り生かされて
おらず、演奏シーンが少なかったのが
気にはなりました。
でも、下手に吹奏楽を絡めると、かえって
恋愛要素がぼやけてしまったかも。
結果としては、恋愛に重点を置いたこの
構成こそがベターで、正解だったのかなと
考え直しました。
追記。
本書を読了後、YouTubeにて、小説の
原案となった歌「世界は恋に落ちている」を
視聴しました。
いい歌でした。
加えて、本書に使われていたイラストも
動画内でふんだんに使用されており、
小説の場面が次々とよみがえってきました。
歌が流れている間ずっと、私は物語世界へ
引き込まれ、どっぷりとつかっていました。
懐かしさと切なさで、何だか胸がいっぱいになり。
不覚にも涙ぐんでしまったことを、
最後に書き添えておきます。