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夢枕獏「餓狼伝」(双葉社)感想【娯楽小説論】

29 餓狼伝

(夢枕獏/1985年~/双葉社)


 今回は番外編です。

 まあ、この作品をラノベに分類する人は

余りいらっしゃらないと思いますので……。


 「餓狼伝」は、もう三十年以上にわたり

書き続けられている大河小説です。

 ジャンルは格闘物。


 三十代男性の空手家・丹波文七たんばぶんしちが、

放浪しながら、路上や河原、リングなどで

様々な格闘家たちとひたすら闘い続ける物語。


 女性キャラも出てくることは出てきますし、

まれにお色気シーンもあるものの、基本的には

男同士が闘いまくるお話です。


 現代の宮本武蔵物を書きたかった。

 あるいは、漫画では前例が多い「主人公が

強さを追い求めるだけの」格闘物を、あえて

文学で表現したかった。

 そのように作者は述べています。


 舞台は現代の日本。

 実際のプロレス界、空手界の業界ネタも

随所に織り込まれており、その歴史資料的な

面白さもあります。


 もっとも、当初は三冊程度で終わるはずが、

人気が出たのと作者の構想が広がり過ぎた

ために、その後、十数冊に及んでも未だに

終わらず。


 結果、作中時間と現代社会とがどんどん

ズレてきてしまい。


 「餓狼伝」の方が発想は先行していたのに、

やがて現実が追い付いてきて、今の若い読者

には新鮮味がない(例えば異種格闘技戦の

流行と衰退など)等の弊害も出てきました。


 しかし、内容が純粋な「格闘」であるだけに、

景色(街や商業施設など)とか小道具(携帯

電話やインターネットなど)における矛盾、

違和感は少なく、その辺は救いです。

 要は古びにくいわけですね。


 絵や映像なら一目で分かる「手足の出し方、

絡まり方、人の倒れ方、攻守の逆転」などの

格闘シーンを、文章でどこまで再現できるか。


 いかにリアルに、それでいてスピーディーに

描写するか。


 それらに執筆労力の大半がさかれており、

文字を目で追うごとに興奮し、気分が

熱く高まります。


 さて、今回は、この作品に関連させ、

娯楽小説とは何か、エンターテインメント小説

とは何かについて書いてみたいと思います。


 様々な本で、小説を論じた文章、小説の

書き方を解説した文章等を読んでいますと、

しばしば出てくるのが、この「娯楽小説、

エンターテインメント小説」という用語です。


 これって、具体的にどういう物を言うん

だろうと、長い間、私は疑問でした。


 私の中高生時代のエピソードですが、

こんなことがありました。


 担任の教師から趣味を聞かれ、

「僕の趣味は読書です」

 と答えたら、


「どんなの読むの」

 と尋ねられたので、


「星新一や筒井康隆です」

 と答えたところ、教師は苦笑いをし、


「そのような作家は、我々みたいな大人が、

仕事で疲れた夜などに、お酒とか飲みながら

気晴らしに読む本だ。


 君はまだ子供で、学習中の身。


 もっと、時代を越えて読み継がれて

きた物や、読解が大変な物など、

難しい文学作品も読んでほしい」


 などと私を諭したのです。


(敬愛する星新一を馬鹿にされたようで

当時は反発しましたが、大人になった今では

恩師のおっしゃりたかったことも分かります。)


 そして。


 私が「娯楽小説、エンターテインメント

小説」という用語に出会ったのは、それから

ほどなくして、まだ学生の頃でした。


 私は思いました。


「つまり、あの時に先生がおっしゃっていた、

大人が気晴らしに読む小説のことかなあ。


 ということは、星新一や赤川次郎や、

改行や会話が多くて読みやすい小説を

娯楽小説と称するのかな」


 と。


 しかし、星新一をことさら「娯楽小説」と

呼んでいる言説に、私は出会ったことが

ありませんでした。


 何かが違うんじゃないかという気持ちが、

ずっと私の頭を離れませんでした。


 たまに、書店で文庫本の棚を端から端まで

眺めてみても、「なるほど、これぞ娯楽小説」

と、ピンとくる本は見つからず。


 月日は流れ、成人し、ある日のこと。


 書店にて、偶然私は、文庫本とは全く

別の場所に独立した棚があり、そこにも

小説がズラリと並んでいるのを発見。


 文庫本ではありません。

 といって、大きな単行本でもありません。

 新書サイズだったのです。


「ええっ、何これ」

 衝撃でした。


 今まで、新書サイズといえば、社会を

論じた硬い文章とか、語学の本とか、

そういうイメージしかなかったので。


 手に取ってみると、中は上下二段組みで、

文章がびっしり。

 内容は、会話や場面。


「すげえ。本当に小説だ。

 これ、全部小説なのか」

 大興奮でした。


 表紙には、かっこいいイラスト。

 ジャンルは、架空戦記物、歴史物、推理物、

漫画作品のノベライズ・番外編などなど。


 中には、まるで漫画のように、何巻も

何巻もシリーズが続いている作品も。


 独特の雰囲気で、文庫の小説とは

明らかに文化が違う感じ。


 これらを見た時、長年のモヤモヤした思いが

吹き飛び、疑問が一気に氷解したのでした。


「ああ、これだったのだな。

 娯楽小説、エンターテインメント小説とは

こういう物を言うわけか」

 ストンと胸に落ちました。


(今さら言うまでもなく、娯楽小説、

エンターテインメント小説に明確な

定義や分類はありません。


 あくまでも「私は大いに納得した」

というだけですので念のため。)


 特に、何巻にも及ぶ長いシリーズが、

縦長で薄い新書サイズで、本棚にズラーッ

と並んだ光景は壮観で、妙な美しさと

色気に満ち、


「ゾクゾクするなあ。確かにこれは

娯楽だ。エンターテインメント小説としか

言いようがない」

 と、私は思いました。


 例えば、武将同士の領地の獲り合い、

天下統一までの道のり。

 宇宙での壮大な戦争。


 一つの作品ごとに、イラストも含め、

テーマをとことん追求する姿勢といいますか。

 圧倒されましたね。


 文学性とか思想とか、作中と現実との

ズレとか、残らず呑み込んで、それでも

読者は作者について行き、主人公と共に

物語を追い続ける。


 なるほど、こういう世界もあるんだなあと。


 で、「餓狼伝」との出会いは、更に

何年か後のことでした。


 1996年から板垣恵介により漫画化されて

おり、それにハマったのがきっかけ。

 やがて、原作小説にも興味が出たわけです。


 小説「餓狼伝」も、新書サイズでした。

 極上の娯楽小説、エンターテインメント小説。

 男たちが、ひたすら強さを追求する物語。


 漫画と小説を読み比べると、キャラの強さ、

仲の悪さ、勝敗などが漫画では幾つも変更

されていました。


 一方、板垣の漫画の展開に夢枕獏が感激し、

小説へ取り入れるという逆の現象も発生。


 こういうライブ感、リアルタイム性も、

娯楽小説の醍醐味なのでしょうね。


 いわゆる文学作品とも違うし、星新一たち

とも違う独特な楽しみ方を、いつも堪能させて

もらっています。

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