永良サチ「きみと泳ぐ、夏色の明日」(スターツ出版文庫)感想
28 きみと泳ぐ、夏色の明日
(永良サチ/2018年6月/スターツ出版文庫)
書店にて、表紙イラスト(hiko)に惹かれ、
「ジャケ買い」しました。
イラストは、水中で片手を浅くつなぐ
制服の少年少女二人組。
漂う大きな泡。上方でキラキラ輝く、
裏側からの水面。
リアルな人物と、幻想的な背景との
バランスがぴったり。
青系できれいにまとめ上げられた、
すっきりしたさわやかな画風。
そして、小説。
舞台は高校です。季節は夏。
主人公は高校二年の女の子です。
氏名は、間宮すず。
幼い頃は水泳が好きだったのですが、
家族に起きた「ある事件」をきっかけに
水へ入るのが苦手になってしまいます。
人命に関わる事件で、心の傷はトラウマ
レベル。家族以外には秘密にしています。
(読者へは、早い段階で明かされます。)
高校のプールの授業は、体調不良を理由に
プールサイドにて毎回見学しています。
そんな間宮とは対照的に、クラス、学校は
もとより、近隣の他校、水泳ファンにも存在
が知れ渡っている有名人が、クラスメイトに
います。水泳部。全国レベルの泳ぎ手。
男の子。氏名は須賀恭平。
当然、須賀は水泳の授業ではスーパー
スターです。女子たちからもキャーキャー
言われます。
物語は、プール授業を見学中の間宮が、
体育教師から「お前また見学か。なんで
授業に参加しないんだ」と、一対一で
きつめに注意される場面から始まります。
トラウマを秘密にしている間宮が返答に
詰まったところへ、プールの水しぶきが
大量に降り注いできて、この件はうやむや
になります。
水しぶきの出所は須賀。
須賀が、クラスメイトへ披露するように、
プールへと派手に飛び込んだのです。
ああ、これは間宮を助けるためにわざと
やったな、と私はピンときました(笑)。
いいですよね、こういうの。
女の子の気を引きたくて、気を利かせたくて、
つい、ちょっとオーバーに頑張っちゃう瞬間。
私にも、少年時代に覚えがありますよ。
(もっとも、この後、須賀は結構本気で
「わざとじゃない」と間宮へ謝罪しており、
もしかしたら私の読み違いかも。)
さて、体育教師は須賀を叱り付けますが、
余り本腰は入れていません。
須賀は学校の名声を高めている期待の星
なので、教師も強くは出られないのです。
さらには、陽気な憎めないキャラでも
あるため、なおさらです。
それ以外にも、須賀は水泳部の朝練と
放課後練習以外、教室での授業中は机に
突っ伏して寝てばかりいますが、それに
ついても教師は黙認しています。
少女間宮にとって、少年須賀は気に
食わない奴。
時々、間宮の性格をストレートに
指摘してくるところが。
自分が苦手になってしまった水泳に
夢中なところが。
教師からひいきされているところが。
とにかく、かんに障る男。
でも、他人との交流を拒みがちで、
特に目標もない自分と比較し、間宮は
「須賀はすごいな」と敬意も払っています。
小説は、水泳の関東大会、全国大会を
目指して練習する須賀、その須賀を皆で
盛り立てるクラスや学校を舞台として
ゆっくり進んでいきます。
間宮も、須賀とぶつかりながらも徐々に
打ち解けてゆきます。
やがて、他校の選手も登場し、新たな事件
が起こり、話は展開するのですが、文体は
淡々としており、落ち着いています。
話が一定速度で進むため、余り小説っぽく
ないんですよね。起伏がない。
まるで日記を読んでいるかのような。
情景描写が少なめなのも、日記的でした。
何だか、自分用に書いたメモ、手記みたいな
雰囲気で、場面ごとの具体的な説明に乏しい。
「もっと詳しく書いてくれないと、情景が
ちっとも伝わらないよ。私はその場にいない
んだからさ」と、読みながら私は何度も
もどかしくなりました。
学校のプールの構造、大会の会場の広さ、
スイミングスクールの外観等、なかなか
浮かばず、私は頭の中で意識的に補わざるを
得ませんでした。
終盤の盛り上がりもいまひとつ。
文庫本の帯には「大号泣の青春小説」という
コピーもありましたが、私は泣けなかったですね。
もっとも、緩急がない割には、不思議と
そんなに退屈せず、スッと読み通せました。
ストーリーもシンプルで、混乱させられる
こともなく、読みやすかったです。
プロの商品としては、なかなか丁寧に
仕上げられてはいました。
あと、読み始めてすぐ、「あっ、作者は
恐らく女性だな」と感じました。
例えば、せっかくのプールシーンなのに、
女子の水着の描写がほとんどない。色も形状も。
当初など、「あれっ、今、間宮以外は
水着なんだよね。えっ、違うのかな」と、
読み返してしまったほど。
途中、かろうじて「紺色の水着」という
表現が見当たるくらいでした。
女子高校生たちが水着姿でプールに
集まっているなんて、華やかな見せ場の
はずなのに。
また、間宮が着替える場面なども
やけにあっさりしていました。
別に着替えの手順を詳しく描写しろと
までは言わないけれど、例えば、次の授業が
始まりそうだから急いで制服を着たとか、
髪を乾かしたとか、何かあるでしょうと。
でも、素通り。
意図的にそういう描写を避けていると
いうよりも、「そういうのを書くこと」自体を
「思いついていない」様子が伝わってきて。
ああ、どうやら書き手は男目線ではない
ようだな、と気が付いたのです。
読後、ネットで調べたところ、御本人
名義のブログによれば、やはり女性でした。
女子キャラの間宮が、男子キャラの須賀
たちから、どちらかといえば「尽くされてる」
のも女性作者っぽいなと(笑)。
しかも、スポーツマンのかっこいいキャラ
ですしね。
実力も全国レベルのスーパーマンと
きてますから。
格が違う。私も含め、大概の男性読者は
かないません(笑)。
しかも、間宮へ積極的に話しかける
男子キャラたち。
その上、間宮へ細やかな気配りをする
男子キャラたち。
分かりやすいですよね。
男性作者が男性読者向けに書いたラノベだと、
これが真逆になりますから(笑)。
引っ込み思案な少年へ、ぐいぐい迫る美少女。
すなわち、この小説は、何か鏡を見ている
ようで、読みながら私はちょっと面映ゆい
感じもしたのでした。
結局、男も女も、自分からは動きたくないんだなあと。
しかし、見方を変えるなら、間宮は男性読者に
媚びたような少女でもなく、かといって妙に
偏屈な少女でもなく、バランスの取れた
今どきの内気な少女。
読むほどにリアルで、抵抗なくスルスルと
胸の中へ入ってきました。
もしかしたら、それこそが、前述の
読みやすさや退屈しなさにつながったのかも
しれません。
自分の青春時代をちょっと懐かしみつつ、
ああ今年も夏が始まるなあと思った一冊です。