上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」(電撃文庫)感想
27 ブギーポップは笑わない
(上遠野浩平/1998年2月/電撃文庫)
ラノベの古典的名作。
私が、ラノベを本格的に読み始めたのは
昨年からです。
また、私は普段、アニメ等を見る習慣は
ありません。
にもかかわらず、「ブギーポップは笑わない」
というタイトルはなぜか知っており、ここ20年
ほど、ずっと頭の片隅にこびり付いていました。
定期的に、世間のあちこちで目にしましたし。
「ブギーポップは笑わない」って、何だろう。
実写映画かな、アニメかな、漫画かな、
ホラー小説かな。
もう20年ほど、ぼんやり持ち続けてきた疑問です。
内容等は一切知らないままに。
タイトル自体の響きも、適度に謎めいていて、
意味ありげでカッコ良く、妙に引っ掛かります。
「何だ、ラノベだったのか」
先日、書店で本書を偶然見付け、思わず
つぶやいてしまった私。
文庫本を手に取り、カバーなどの説明を読むと、
どうやらノベライズではなく、これが原点、
全ての始まりであるらしい。
この度、新たにアニメ化されるため、原作本も
改めて増刷されたということのようです。
2018年4月10日時点で、47版。
スゲエ。きっと、全ラノベ作家の夢ですよね。
ほとんどの作品が、出版時点の瞬間風速が
ピークで、あとは右から左へ読み捨てられてゆく
ラノベ界において(ラノベに限らないけれど)、
驚異的な長持ちぶり。
では、その中身は。
私にとっては、まさに20年越しの謎解きです。
まず、巻頭数ページのカラーイラストを見て、
早くも困惑。(イラストは緒方剛志。)
登場人物の多さにです。何と12名。
主に少年少女。
しかし、絵と名前のみでは性別がはっきり
分からぬ者や(霧間凪)、人間ではなさそうな
者も(ブギーポップ、マンティコア、エコーズ)
混じっています。
うわあ。
読むの面倒くさそうだなあ。
登場人物を追い切るだけでくたびれそう。
早速ひるみつつもページをめくり、
読み進めます。
すると、この小説は登場人物ごとの視点で
別々に描く手法であることが判明。
オムニバス、短編集的な形式。
それぞれの物語では、高校生男女の恋愛模様
などもたくさん描かれ、ラノベらしさも。
文体も、話し言葉風に崩れた箇所が散見され、
この辺ももろにラノベです。
「当時若かった作者も、これを書いた時点では、
よもやこの小説が長いシリーズとなり、その後、
様々な他メディアにまで影響が及んでゆくことに
なろうとは思ってなくて、恐らく純粋な気持ちで
作っていたのだろうなあ」
などと思い、読みながら私は何だか楽しく、
ほほえましくなったのでした。
さて、物語は、そこへ何か巨大な超常現象が
じわり、じわりと不気味に紛れ込んできます。
が、学園自体は、総じて平穏な雰囲気を
保っています。この辺もリアルですよね。
現実における我々の日常も、実は結構強固で、
滅多なことではそうそう壊れないですから。
一部生徒が疑問や危機感を抱いており、
意図せず巻き込まれたり、あるいは積極的に
関わったりしていくわけです。
オムニバス的な短い話は、主人公が毎回
異なるため、終わる度に、そこまでの問題や
苦悩は一旦リセットされます。
そして、次の章からは別の話が始まるので
新鮮です。
それでいて、もちろん、以前の別の話に
出てきた人物も、重複して何度も登場します。
本人が出てきたり、又は話題の中として
名前だけ出てきたり。
「あっ、この子はさっきも出てきたな」
「おっ、あの子が言ってた彼氏って
コイツのことか」
などと気付く度に、巻頭イラストを見返して、
私は名前と人物概要を覚え直していきました。
したがって、前述で懸念した、登場人物を
追いかける苦労はほぼ味わうことなく、
ストレスなしで楽しめました。
また、一つの話に出てくる人物は毎回
限定されており、二人から四人程度に絞られ
ていて、この点でも非常に読みやすかったです。
ああ、ヒット作には、やっぱりヒットする
だけの理由がちゃんとあるのだなあと、
しみじみ納得させられた次第です。
幾つもの多視点に切り分けられた物語は、
やがて一つの中心を目指してギュッと収束を
し始めます。
まるで、均等に切り分けられた丸い
デコレーションケーキの、真ん中に
載せられたイチゴへ迫るような感じ。
まあ、このイメージが浮かんだのは
私だけかもしれませんが(笑)。
徐々に登場人物たちの立ち位置が分かれて
きて、誰と誰が闘っているのかがはっきりと
見えてくるのです。
倒すべき敵も分かります。
恋愛要素は徐々に影を潜め、超常現象が
大部分を占めるようになり、バトル要素が
増えます。高まる緊迫感。
てっきり、終盤で一気に伏線が回収される
のかと思いきや、そういった「種明かし回」は
なく、多くの謎は残されたまま、物語は
クライマックスを迎えます。
しかし、消化不良感はゼロ。
というのも、
「恐らく原因はあの辺にあり、それが
超常現象を生み、ブギーポップ、エコーズ、
マンティコアの役割はそれぞれこんな感じ
なのだろうな」
といった大まかな流れは、明確に
つかめるようになっていたのです。
小説の節目節目に、人物による説明や考察が
挟まれており、それらをつなぎ合わせると、
無理なく一本のシンプルな線になりました。
それこそ、この一冊で完結だったとしても、
十分に満足できる仕上がり。
むしろ、終盤でくどい解説をされるよりも
はるかにすっきりしており、お見事としか。
私たちの現実も、経験した全ての現象に
説明が加えられることなどあり得ません。
折り合いを付けて先へ進むしかない。
本書も、その適度なバランスで幕切れして
いました。
先述の「壊れにくい日常」と同様、やけに
リアルで、ストンと胸に落ちました。
それと、20年前の小説なのに、内容が
さほど古びていない点も驚きでした。
舞台となる学園も、生徒はIDカードを
持たされ、校門のチェックゲートを通過
しないと登校できないシステム。
これ、いまだ現実世界に追い抜かれて
ないですよね(笑)。
まあ、自宅の電話を取り次ぐ場面などには
さすがに時代を感じましたけど。
「今時親子電話でさえないらしい。」という
記述も出てきました。
現代の若者には、きっと何のことだか
分からんでしょうな。
また、登場人物が情報収集に手間取る場面も
ありましたが、現代ならネット検索ですぐ
確かめられるのにね、と感じました。
でも、何だか、自分の青春時代を思い出して、
かえって懐かしかったです。
それに、いずれにせよ、そういう箇所は
ごく一部でしたし。
年月を上手に越えてきた小説だと思います。